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49.評判
しおりを挟む案の定、次の日から『ふじの湯』は、女性客で溢れかえることになった。
その原因となったのが・・・。
「あら、マモルさん」
個人宅まわりを終えて戻って来た俺は、入り口に入ったところで、シンシアさんにバッタリ会った。
「シンシアさんこんばんは。来てくれたんですね」
シンシアさんとベイルさんは、宿屋の仕事があるので、特に午後からはさすがに『ふじの湯』へ行くのは難しいと言っていたのだ。
それで、そのうち午前中にも空けるようにしますと言ったら、じゃあその時まで待つからとも言われていた。
「そうなのよ!ホントは忙しいんだけどね、今朝ミーナにミズ湯のことを聞いて、いてもたってもいられなくなってしまってね、旦那に任せてちょっと抜けて来ちゃったのよ!」
湯上がりの、少し上気してほんのり桜色の頬にタオルをポンポンと当てながら、興奮気味に言ってきた。
「そ、そうなんですね。ど、どうでした?ミズ湯は」
けっして、人妻の色気にあてられたわけではないが、俺は少し吃りながら聞いた。
「そうねえ・・肌はしっとりスベスベになるし、何より全身良い香りに包まれる感じがして、とっても良かったわ。ホラ!」
シンシアさんが、襟元を少し開いて近づけて来る。
「あ、あ~、そ、そうですね!いい香りがしますっ」
慌ててのけぞりながら、俺は応えた。
「あはは!どうしたのそんなに慌てて?」
「いえ、べ、別になんでもないです!」
「まあいいわ。早く帰って、お客さんとかみんなに教えなきゃ。明日も入りにくるわね!」
シンシアさんは、掌をひらひらと振って宿へ戻って行こうとした。
「あ。す、すいません!申し訳ありませんが、ミズ湯は今週いっぱいの期間限定ですので!」
果物屋から仕入れた数ではそれが限界だったのだ。
それに、マンネリになるより希少性を高めた方が、今後のためにも良いと思ったのもある。
「あら、そうなの?!・・それは残念ね」
「すいません」
「別に謝らなくてもいいわよ。でも尚更早くみんなに教えなきゃ。じゃあね!」
そう言って、シンシアさんは走りだし・・。
「どうしたんですか?」
シンシアさんが2、3歩進みかけて、またしても立ち止まった。
「そういえば、アレなんだけど・・」
振り返ったシンシアさんが、『ふじの湯』の二階を指差して言った。
「アレ、ですか?」
「そう。あのエールだけどね、冷えたやつ」
「はい。あれが何か?」
「エールを冷やすとあんなに美味しいと思わなかったわ」
「そうですか、気に入って頂いてよかったです」
「気に入ったわ!それで相談なんだけど、ベイルの宿で扱っているエールも、あんな風に冷やしてもらえないかな?」
「あ~そういうことですか」
確かにあれは、かなり画期的なことだったみたいだものな。
この世界の魔法には、当然冷却系の魔法は存在する。
ただし、それはあくまで攻撃手段として用いられるだけで、飲み物にそれを応用するなんてことは、誰も考えつかない使用法だったみたいだ。
というか、そもそもそんなことに魔力を無駄遣いすること自体が、ありえないことらしい。
「すいません。ご希望に添いたいのはヤマヤマなんですが、商業ギルドからこの村内ではふじの湯以外の店で、あのエール・・というか、冷えた飲み物自体を出すことは禁止されているんです」
あまりに強力な商品なため、元祖のふじの湯で出すのは仕方ないにしても、俺が勝手にいくつかの限られた店に協力してしまったら、そうでない店が立ち行かなくなってしまう危険性が高いかららしい。
かといって、全部の店のエールを冷やしてまわるわけにもいかないし(それもやってやれないことは無いとは思うけど)、商業ギルドとしては、会員の商売の保護も考慮してということみたいだ。
「そうなの?ん~それはちょっと納得いかないけど、仕方ないか・・ベイルの宿も商業ギルドの会員だしね」
「なんかすいません」
「そんないちいち謝らなくてもいいって、じゃ、今度こそ行くわね!」
「はい、また後で」
俺は、後ろ手に手を振るシンシアさんに、頭を下げた。
・・・という経緯があって、ミズ湯の評判はあっという間に村内に広がったのだ。
それにしても、女性たちの美の探究心の凄さ・・いやいや、素晴らしさよ・・・。
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