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第二章 冒険者
その七 精霊
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――炎王ローグ
ダラン王国の王都リヴィアの冒険者ギルドマスター。
魔法とは違い、精霊に呼びかけることで事象を起こす精霊術を使いこなす。
その中でも火属性との相性が良く、彼が得意としている炎の精霊術は圧倒的な火力を生み出し、街一つ燃やすことすら可能と言われる彼は、畏怖と畏敬の念を籠め、いつしか『炎王』と呼ばれるようになった。
エルフであり、さらに現役の数少ないS級冒険者でもある彼は、ギルドマスターとしても名を馳せている。
見た目は20代後半程度の年齢にしか見えないが、エルフであるため人間の年齢はあてはまらず、実年齢は百歳以上という老人である。人間であれば。
そんな彼は、今日もギルド内で仕事を続けていた。
「事務仕事ばかりじゃなく、たまには身体も動かしたいよな・・・」
一仕事終えた彼は、いつものようにギルド内の様子を見に行くことにした。
放っておくと荒くれ者が暴れ出すことがあるので、睨みをきかせる意味もある。
しかし、そこでふとギルド内に異様な魔力があることに気づいた。
人間とは違う異質な魔力。
(なんだ・・・?これ・・・人間の魔力も持ってるようだが・・・魔獣・・・精霊・・・?・・・)
ローグの自室はギルドの三階にある。しかし、元来エルフは人間よりも魔力に敏感だ。さらに長年鍛えた彼の感覚はその異様な魔力を感じ取った。
(久しぶりに・・・面白そうなことになってるなぁ・・・)
エルフは全体的に整った顔のものが多く、ローグも例外ではない。
しかし、普段ならば野蛮な印象を受けない彼の笑顔は、獰猛な獣を思わせる笑みへと変わっていた。
こんな魔力の持ち主が、ただギルドに来たわけではないだろう。
そんな風に思ったからであった。
しかし、彼の予想は外れることになる。
魔法で強化した彼の聴覚が捉えたのは、特に性格に問題もなさそうな、どころか冒険者にしては礼儀正しいと言っても差し支えない少年の声だった。
やや拍子抜けしながらも、一階へと降りた彼は少年が冒険者として戦えるかどうかを判断する試験の話題が出た時に、「好機!!」と思い、カウンターの奥へ試験担当を呼びに行こうとするティアという受付嬢の肩に手を置いた。
「ティアちゃん、そいつの相手は俺がやるよ」
「ええっ!?ローグさん突然どうしたんですか!!」
そんな感じで周囲の認可を得て合法的に――というと若干意味が違うが――ギルドマスターとしての仕事をサボりつつ体を動かす機会を得た彼は、意気揚々とギルドに設置されている訓練場へと向かったのだった――
◇◇◇◇
「さーて、久々に身体が動かせる!!!全く事務仕事ってのは体が鈍ってしょうがないよ」
「ギルドマスターがそんな感じでいいんですか……」
「いいのいいの。…それに、君だって同じなんじゃないのかい?」
「……どうでしょうね」
やっぱりこの少年は只者じゃないな。
さっきから結構殺気をぶつけてる筈なんだけどな・・・
涼しい顔で受け流される。それに・・・魔力の底が見えない。
本当に少年なのか・・・?なにか別の長命種だと言われた方が納得できるよ。
「さて、それじゃあそろそろ始めようか」
「よろしくお願いします」
「ルール説明しますよー。使うのはお互い刃を潰した剣。魔法や精霊術もありですが……訓練場を壊したりしないでくださいよ?」
特にギルドマスター、と。そんな思念がこっちを睨む受付嬢の目から伝わってくる。
壊したのは一度だけなのに・・・
残念ながらお互いにこんな剣だけど、しょうがないか
「始めッ!!」
「――フッ!!」
魔力で身体強化した肉体を駆使して距離を詰め、剣を振るう。
「―ッ!?」
「「「「「!!???」」」」」
躱された。それは予想していた。
しかし――彼の体は魔力を動かしている様子がない。
まだ魔法を使っていない・・・!?
素の身体能力であれって・・・
S級冒険者であるローグが戦うともなれば、既にギルド内の人はほとんどが訓練場へ観戦に集まっている。
しかし、観戦者の驚きと、ローグの驚愕は見ていることが違った。
前者はローグの一撃を躱したことに。
後者は自身の一撃を魔力を使うことなく素の身体能力で避けられたことに対する驚きだった。
「とんだ化け物が来たもんだね全く・・・」
悪態を吐きながらも、ローグの顔は笑ったまま。
目の前の少年の異常さに冷や汗が流れるが、楽しいことにも変わりはなかった。
「思った通り……強いですね」
新しく冒険者登録をしに来た子供がS級冒険者に何を言っているのか、と。
その場の意見は完全に一致していた。(テイルを除いて)
("集まって")
魔力を籠めて念じるだけで、ローグの周囲には精霊が集まる。
こんな単純な呼びかけに精霊が応じるのは、紛れもなくローグの技量の高さ故だろう。
しかし、その時ローグはおかしなことに気づいた。
精霊は、エルフの様な精霊と近しい種族にしか見えない。
にも拘わらず、目の前の少年は初めて見せる表情をしていた。
目を見開いて驚きを露わにしていたのだ。
その要因は何か・・・咄嗟にローグは考えたが、一つしかなかった。
――即ち、精霊である。
精霊は見える者からすれば、様々な属性に合わせた色の光の球のように見える。
高位の精霊にもなれば、獣や人型など、はっきりとした形を持つようになる。
――が、そのどれもが普通の人間には見えない。
「君は……まさか精霊が見えているのかい?」
「精霊…?まさかそれが……?」
今の呟きは、この場にいる何人に聞こえただろうか。
少なくとも目の前の少年には聞こえたらしい。
そして、彼は言った。
――「まさかそれが」、と。
ローグ自身、変わった格好をしているわけではない。
それに先ほどから変わったことがあるとすれば、精霊以外にあり得なかった。
つまり、目の前の少年は精霊が見えているのである。
もし彼が生まれた時から精霊を見ることが出来たのなら、よほど特異な暮らしをしていない限り、今初めて見たような反応はしないはずだ。下位の精霊はそこまで珍しいわけではないからだ。
ならば、もしかしたら目の前の少年は、最近精霊を見れるようになったのではないか、と。
考えてみたら、その要因はすぐに思い当たった。
少年の魔力に混ざっている精霊の魔力だ。
なんらかの理由で精霊の魔力を得た結果、精霊が見れるようになったのではないか、というのがローグの仮設である。
しかし、精霊の魔力を持っている、というのは本来ありえない。
エルフの中には自身に精霊を宿すものもいる。
ローグ自身もある精霊を体内に宿している。
だが、目の前の少年の様に自分の魔力と精霊の魔力が混ざっているなど、百年以上生きているローグでも聞いたことがなかった。
「……君、名前は?」
「テイルです」
「分かった。俺の部屋に来て欲しい。話したいことがあるから」
「…分かりました」
唐突に終わった戦闘に戸惑う観衆をその場に残したまま、ローグはテイルを連れて自身の部屋へ戻った。
ダラン王国の王都リヴィアの冒険者ギルドマスター。
魔法とは違い、精霊に呼びかけることで事象を起こす精霊術を使いこなす。
その中でも火属性との相性が良く、彼が得意としている炎の精霊術は圧倒的な火力を生み出し、街一つ燃やすことすら可能と言われる彼は、畏怖と畏敬の念を籠め、いつしか『炎王』と呼ばれるようになった。
エルフであり、さらに現役の数少ないS級冒険者でもある彼は、ギルドマスターとしても名を馳せている。
見た目は20代後半程度の年齢にしか見えないが、エルフであるため人間の年齢はあてはまらず、実年齢は百歳以上という老人である。人間であれば。
そんな彼は、今日もギルド内で仕事を続けていた。
「事務仕事ばかりじゃなく、たまには身体も動かしたいよな・・・」
一仕事終えた彼は、いつものようにギルド内の様子を見に行くことにした。
放っておくと荒くれ者が暴れ出すことがあるので、睨みをきかせる意味もある。
しかし、そこでふとギルド内に異様な魔力があることに気づいた。
人間とは違う異質な魔力。
(なんだ・・・?これ・・・人間の魔力も持ってるようだが・・・魔獣・・・精霊・・・?・・・)
ローグの自室はギルドの三階にある。しかし、元来エルフは人間よりも魔力に敏感だ。さらに長年鍛えた彼の感覚はその異様な魔力を感じ取った。
(久しぶりに・・・面白そうなことになってるなぁ・・・)
エルフは全体的に整った顔のものが多く、ローグも例外ではない。
しかし、普段ならば野蛮な印象を受けない彼の笑顔は、獰猛な獣を思わせる笑みへと変わっていた。
こんな魔力の持ち主が、ただギルドに来たわけではないだろう。
そんな風に思ったからであった。
しかし、彼の予想は外れることになる。
魔法で強化した彼の聴覚が捉えたのは、特に性格に問題もなさそうな、どころか冒険者にしては礼儀正しいと言っても差し支えない少年の声だった。
やや拍子抜けしながらも、一階へと降りた彼は少年が冒険者として戦えるかどうかを判断する試験の話題が出た時に、「好機!!」と思い、カウンターの奥へ試験担当を呼びに行こうとするティアという受付嬢の肩に手を置いた。
「ティアちゃん、そいつの相手は俺がやるよ」
「ええっ!?ローグさん突然どうしたんですか!!」
そんな感じで周囲の認可を得て合法的に――というと若干意味が違うが――ギルドマスターとしての仕事をサボりつつ体を動かす機会を得た彼は、意気揚々とギルドに設置されている訓練場へと向かったのだった――
◇◇◇◇
「さーて、久々に身体が動かせる!!!全く事務仕事ってのは体が鈍ってしょうがないよ」
「ギルドマスターがそんな感じでいいんですか……」
「いいのいいの。…それに、君だって同じなんじゃないのかい?」
「……どうでしょうね」
やっぱりこの少年は只者じゃないな。
さっきから結構殺気をぶつけてる筈なんだけどな・・・
涼しい顔で受け流される。それに・・・魔力の底が見えない。
本当に少年なのか・・・?なにか別の長命種だと言われた方が納得できるよ。
「さて、それじゃあそろそろ始めようか」
「よろしくお願いします」
「ルール説明しますよー。使うのはお互い刃を潰した剣。魔法や精霊術もありですが……訓練場を壊したりしないでくださいよ?」
特にギルドマスター、と。そんな思念がこっちを睨む受付嬢の目から伝わってくる。
壊したのは一度だけなのに・・・
残念ながらお互いにこんな剣だけど、しょうがないか
「始めッ!!」
「――フッ!!」
魔力で身体強化した肉体を駆使して距離を詰め、剣を振るう。
「―ッ!?」
「「「「「!!???」」」」」
躱された。それは予想していた。
しかし――彼の体は魔力を動かしている様子がない。
まだ魔法を使っていない・・・!?
素の身体能力であれって・・・
S級冒険者であるローグが戦うともなれば、既にギルド内の人はほとんどが訓練場へ観戦に集まっている。
しかし、観戦者の驚きと、ローグの驚愕は見ていることが違った。
前者はローグの一撃を躱したことに。
後者は自身の一撃を魔力を使うことなく素の身体能力で避けられたことに対する驚きだった。
「とんだ化け物が来たもんだね全く・・・」
悪態を吐きながらも、ローグの顔は笑ったまま。
目の前の少年の異常さに冷や汗が流れるが、楽しいことにも変わりはなかった。
「思った通り……強いですね」
新しく冒険者登録をしに来た子供がS級冒険者に何を言っているのか、と。
その場の意見は完全に一致していた。(テイルを除いて)
("集まって")
魔力を籠めて念じるだけで、ローグの周囲には精霊が集まる。
こんな単純な呼びかけに精霊が応じるのは、紛れもなくローグの技量の高さ故だろう。
しかし、その時ローグはおかしなことに気づいた。
精霊は、エルフの様な精霊と近しい種族にしか見えない。
にも拘わらず、目の前の少年は初めて見せる表情をしていた。
目を見開いて驚きを露わにしていたのだ。
その要因は何か・・・咄嗟にローグは考えたが、一つしかなかった。
――即ち、精霊である。
精霊は見える者からすれば、様々な属性に合わせた色の光の球のように見える。
高位の精霊にもなれば、獣や人型など、はっきりとした形を持つようになる。
――が、そのどれもが普通の人間には見えない。
「君は……まさか精霊が見えているのかい?」
「精霊…?まさかそれが……?」
今の呟きは、この場にいる何人に聞こえただろうか。
少なくとも目の前の少年には聞こえたらしい。
そして、彼は言った。
――「まさかそれが」、と。
ローグ自身、変わった格好をしているわけではない。
それに先ほどから変わったことがあるとすれば、精霊以外にあり得なかった。
つまり、目の前の少年は精霊が見えているのである。
もし彼が生まれた時から精霊を見ることが出来たのなら、よほど特異な暮らしをしていない限り、今初めて見たような反応はしないはずだ。下位の精霊はそこまで珍しいわけではないからだ。
ならば、もしかしたら目の前の少年は、最近精霊を見れるようになったのではないか、と。
考えてみたら、その要因はすぐに思い当たった。
少年の魔力に混ざっている精霊の魔力だ。
なんらかの理由で精霊の魔力を得た結果、精霊が見れるようになったのではないか、というのがローグの仮設である。
しかし、精霊の魔力を持っている、というのは本来ありえない。
エルフの中には自身に精霊を宿すものもいる。
ローグ自身もある精霊を体内に宿している。
だが、目の前の少年の様に自分の魔力と精霊の魔力が混ざっているなど、百年以上生きているローグでも聞いたことがなかった。
「……君、名前は?」
「テイルです」
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