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第四章 国難
その二十六 忍び寄る悪意
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ララティアがゆっくりと瞼を持ち上げる様子を見て、テイルは息を吐き胸を撫で下ろした。
他人に対して英霊の島で獲得した『能力』を行使するのはこれが初の事。
深い安堵を感じたのもある種当たり前のことだっただろう。
テイル自身、『能力』を信頼してはいる。
だが、あまりにも『経験』と『実績』が足りない。
『能力』は戦闘以外に有用なものも少なくない。
これからはもっと実践する必要がある――と考えたところで。
アガラ―トが涙を浮かべる様を見て、ようやく頬を緩めた。
「おお……ララッ!ララ!!」
「ん…う……お、お父様……?」
「あぁ……!!良かった!良かった!!」
アガラ―トの呼びかけに対し、ララティアは目を見開いて戸惑うような声を出した。
この場でララティアの覚醒を最も喜んだのは間違いなくアガラ―トであった。
威厳を纏った『王』の姿は既になく、整った相貌を崩して歓喜する様は、間違いなく『父』としての姿であった。
元弟子がイジメた過去があったといえど、その様子にはテイルも思わず笑みを浮かべた。
アガラ―トの傍らに控えていたレインもまた、目尻を潤ませて微笑んでいた。
「……複雑な感じか?」
「……うん」
喜んでいいのか怒ればいいのか分からない、という様子のルンに対して、テイルは苦笑した。
やはり幼い頃の悪印象はそう簡単には拭えないだろう。
ただ……ただ、目の前の父親に抱き着かれている女性の姿を見て、テイルには『悪人』という印象は抱けなかった。
少なくとも、話を聞いて勝手に想像していた『性格の悪いお嬢様』という姿には重ならない。
「まぁ……まずはゆっくり話すべきだと思うぞ」
「うん……でも、テイルもちゃんと話してよ?」
「……むぅ」
そうだった、と思わず嘆息した。
自身も未だ三年の間に起こったこと、成したことを話していなかった。
どう話せばいいのか、ルンにも謝らなければ……しかしそんなことを考えつつも、目の前の光景を見ると――
(英霊の島に行ったのも……悪いことじゃ、無かったよな)
そう思えた。
少なくともあのまま王女が死んでしまうよりは。
自分の『能力』も役に立ったのだな、と。
魔獣が跋扈するあの島に行ったことに。
『力を得た』。それ以外の意味があった――そう思えた。
◇◇◇
欠けた月が冷たい光を落とす夜。
とある館の豪奢な部屋の中。
贅を尽くした長椅子に、貴族然とした服を纏う禿げ頭の太った男が腰掛けていた。
魔力を消費して光を放つシャンデリアの魔道具の下、男は片手に持つ豪華な意匠のグラスを弄び、紅く煌めく葡萄酒を喉に流した。
その瞳には自身の明るい未来に対する想いが光を放ち、爛々と輝いていた。
口元は僅かに歪み、酷薄な笑みを湛えている。
――そんな時、何の前兆もなく。
葡萄酒が跳ねる音だけが微かに漂う部屋に、扉が開け放たられる音が響いた。
男が突然の出来事にビクリと肩を震わせる。
駆け込んできた黒い影を、男は苛立たし気に睨みつけた。
「ガラジーナ様!」
「何だ!!」
「ラナード様から……!『目標に仕掛けた呪いが消えた』と……」
「なにッ!?」
無駄な装飾を省いた黒い衣装を纏う男が齎した報告に、太った男――ガラジーナ・グレイシアは、あらんかぎりに目を見開いた。
やや呆然としながらも、ガラジーナは重々しく口を開いた。
「その呪いとは……『不起の呪い』のことなのだな?」
「はい……その通りです」
「何故だッ!?何故あの呪いが解ける!?決して解けない呪いではなかったのか!!」
怒鳴り散らすガラジーナに、黒衣の人物もやや怯えを見せる。
目の前の太った男――ガラジーナが国王に次ぐ権力者であると理解してのことであった。
ガラジーナはそんな様子に目もくれず、一人何事かを呟き、慄く様に毛の少ない頭を振る。
ともすれば滑稽なその様にも、黒衣の人物は戦々恐々として何も言えずにいた。
「このままでは……計画も何も無意味ではないか……!!まずどうやって呪いを……?おいッ!!どうやって、どうやって呪いを解いたのか調べろ!!」
「――!―はっ!」
黒衣の人物が部屋を去った後も、ガラジーナは苛立たし気に――見ようによっては恐れる様に――顔を顰めていた。
平民の数日分の給与にも匹敵する葡萄酒を呷り、不味いものを飲んだかのような顔で声を震わせる。
「このままでは……このままでは終わらせんぞッ!!」
その言葉は、聳える館の一室に重く響いた。
他人に対して英霊の島で獲得した『能力』を行使するのはこれが初の事。
深い安堵を感じたのもある種当たり前のことだっただろう。
テイル自身、『能力』を信頼してはいる。
だが、あまりにも『経験』と『実績』が足りない。
『能力』は戦闘以外に有用なものも少なくない。
これからはもっと実践する必要がある――と考えたところで。
アガラ―トが涙を浮かべる様を見て、ようやく頬を緩めた。
「おお……ララッ!ララ!!」
「ん…う……お、お父様……?」
「あぁ……!!良かった!良かった!!」
アガラ―トの呼びかけに対し、ララティアは目を見開いて戸惑うような声を出した。
この場でララティアの覚醒を最も喜んだのは間違いなくアガラ―トであった。
威厳を纏った『王』の姿は既になく、整った相貌を崩して歓喜する様は、間違いなく『父』としての姿であった。
元弟子がイジメた過去があったといえど、その様子にはテイルも思わず笑みを浮かべた。
アガラ―トの傍らに控えていたレインもまた、目尻を潤ませて微笑んでいた。
「……複雑な感じか?」
「……うん」
喜んでいいのか怒ればいいのか分からない、という様子のルンに対して、テイルは苦笑した。
やはり幼い頃の悪印象はそう簡単には拭えないだろう。
ただ……ただ、目の前の父親に抱き着かれている女性の姿を見て、テイルには『悪人』という印象は抱けなかった。
少なくとも、話を聞いて勝手に想像していた『性格の悪いお嬢様』という姿には重ならない。
「まぁ……まずはゆっくり話すべきだと思うぞ」
「うん……でも、テイルもちゃんと話してよ?」
「……むぅ」
そうだった、と思わず嘆息した。
自身も未だ三年の間に起こったこと、成したことを話していなかった。
どう話せばいいのか、ルンにも謝らなければ……しかしそんなことを考えつつも、目の前の光景を見ると――
(英霊の島に行ったのも……悪いことじゃ、無かったよな)
そう思えた。
少なくともあのまま王女が死んでしまうよりは。
自分の『能力』も役に立ったのだな、と。
魔獣が跋扈するあの島に行ったことに。
『力を得た』。それ以外の意味があった――そう思えた。
◇◇◇
欠けた月が冷たい光を落とす夜。
とある館の豪奢な部屋の中。
贅を尽くした長椅子に、貴族然とした服を纏う禿げ頭の太った男が腰掛けていた。
魔力を消費して光を放つシャンデリアの魔道具の下、男は片手に持つ豪華な意匠のグラスを弄び、紅く煌めく葡萄酒を喉に流した。
その瞳には自身の明るい未来に対する想いが光を放ち、爛々と輝いていた。
口元は僅かに歪み、酷薄な笑みを湛えている。
――そんな時、何の前兆もなく。
葡萄酒が跳ねる音だけが微かに漂う部屋に、扉が開け放たられる音が響いた。
男が突然の出来事にビクリと肩を震わせる。
駆け込んできた黒い影を、男は苛立たし気に睨みつけた。
「ガラジーナ様!」
「何だ!!」
「ラナード様から……!『目標に仕掛けた呪いが消えた』と……」
「なにッ!?」
無駄な装飾を省いた黒い衣装を纏う男が齎した報告に、太った男――ガラジーナ・グレイシアは、あらんかぎりに目を見開いた。
やや呆然としながらも、ガラジーナは重々しく口を開いた。
「その呪いとは……『不起の呪い』のことなのだな?」
「はい……その通りです」
「何故だッ!?何故あの呪いが解ける!?決して解けない呪いではなかったのか!!」
怒鳴り散らすガラジーナに、黒衣の人物もやや怯えを見せる。
目の前の太った男――ガラジーナが国王に次ぐ権力者であると理解してのことであった。
ガラジーナはそんな様子に目もくれず、一人何事かを呟き、慄く様に毛の少ない頭を振る。
ともすれば滑稽なその様にも、黒衣の人物は戦々恐々として何も言えずにいた。
「このままでは……計画も何も無意味ではないか……!!まずどうやって呪いを……?おいッ!!どうやって、どうやって呪いを解いたのか調べろ!!」
「――!―はっ!」
黒衣の人物が部屋を去った後も、ガラジーナは苛立たし気に――見ようによっては恐れる様に――顔を顰めていた。
平民の数日分の給与にも匹敵する葡萄酒を呷り、不味いものを飲んだかのような顔で声を震わせる。
「このままでは……このままでは終わらせんぞッ!!」
その言葉は、聳える館の一室に重く響いた。
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