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第三章/赤羽裕璃
Episode041/善と悪(後)
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(69.)
休日の土曜日、僕は異能力者保護団体に呼ばれた。
どうやら研修があるらしい。
ということで、僕は学校に行く時間よりも少し早めに家を出て駅へと向かった。
駅についたら、駅前で少し立ち往生をする。
もうすぐ十月だというのに、さらに曇天だというのに、未だに暑さを感じてしまう。
「待った?」
道の奥から聞き慣れた声がして、僕は携帯から顔をそちらに向ける。
そこには、昨日も学校にいなかった瑠璃が歩いてきていた。
ぼ、ぼぼぼくの恋人である瑠璃が……。
「いや、いま来たところ」
実はナンパ紛いのこともされたが、待ち合わせ中だと言ったら素直に引き下がってくれた。だから言わずとも問題ないだろう。
「それじゃ異能力者保護団体に向かいましょ。まったく、休日だっていうのにかったるいわね」
瑠璃は面倒くさそうに呟いた。
まえは意識していなかったのに、瑠璃の髪から漂ってくる甘い香りに意識が向いてしまう。
いかんいかん、話に集中しなければ……。
「ご、ごめん」
「どうして豊花が謝るのよ?」
「いや、だって……僕の研修のために呼ばれたんでしょ?」
「まあ、そりゃそうだけど。一番豊花と関わりあるのは私だからね。そこは仕方ないわ。それにほら、恋人なんだし」
「恋人……」
瑠璃も、そう思ってくれているのか。それだけで歓喜乱舞してしまいそうな気持ちになる。
でも……あの口づけ以来、これといって恋人らしいことはしていない気がする。
それに、瑠衣みたく純粋な好意とは違って、なにか企みを含んでいる気がしてならない。僕の考え過ぎだろうか?
でも……僕の異能力。直観は特に当たる確率が高い。
この直観だけは当たってほしくない。純粋に瑠璃とカップルになってイチャイチャしたい。
「さて、電車に乗って向かいましょ」
改めて見るまでもなく、瑠璃は顔立ちといいスタイルといいかわいいなぁ……。
ーー豊花、そんな惚けていてどうする。これから向かうさきは、もしかしたらきみの敵対する組織になるかもしれない場所なのだが? 異能力者保護団体と愛のある我が家、瑠璃と裕璃を比較して、どちらが大切なのかよく考えることだ。ーー
「う、うん」
「ん?」
あ、ヤバい声に出しちゃった。
ユタカとの会話に未だ慣れない。自分には普通に聞こえるから、ついつい声に出して答えてしまう。
ーーだいたい、きみは瑠璃や瑠衣のことを美人だとか可愛いだとか評するが、自らも省みたらどうかな? 贔屓目を除いても、端から見たらきみのほうが遥かに美しいぞ。もうちょっと警戒心を強めたほうがいい。ーー
うう……わかっているってば。でも、どうしても自分のことを可愛いと認めるのには抵抗感を覚えてしまう。最初の頃はまだ自分自身だとは思っていなかったから、こんな容姿になれてやったー、って気分だったけど、長いーーかはわからないけど、こうやっていろいろな事件や事案に巻き込まれるたびにこの肢体に慣れてきちゃって、どうにもこの見た目に見慣れてしまったんだよ。だから、自らを可愛いと認めるのは、ちょっと恥ずかしい。
ーーならば、その格好はなんだ。瑠璃は学校制服なのに、きみは可愛らしいワンピースタイプの衣服を身に纏っているではないか。たしか校則では制服と決まっていなかったか?ーー
ぐっ……それは、ちょうど制服をクリーニングに出していて衣服がなかったから、裕希姉ェのお古を借りてきたんだよ。
「あのさ、さっきからなに立ち止まってるのよ。きょうは豊花の研修なんだから、もうちょっとしゃんとしなさい」
「あ、ごめん。いま行くよ」
僕たち+ユタカは無駄に雑談しながら電車に乗り、異能力者保護団体へと向かうのであった。
(70.)
「よく来た。昨日ちょうど、異能力者になったという者から連絡を受けたから、今から来る。瑠璃、おまえが見てやれ。豊花はその後ろで紙とクリップボードを片手に、言われたことを書いていくように」
異能力者保護団体について、大人の姿バージョンの未来さんから言われた第一声はそれだった。
「珍しいですね。こんな頻繁に異能力者が現れるなんて」
近場のソファーに座りながら、瑠璃は未来さんに疑問を呈する。
僕はなんとなくわかる。このあいだ、異能力者数名が刀子さんや舞香さんたちによって殺害されたからだ。異能力者が亡くなっても、異能力霊体はいなくならずに辺りに拡散する。そして、新たな宿主を探して、言い方は悪いかもしれないけど、寄生する。そして、その人物の心の穴にあった異能力を手に入れるのだ。
それはたしか、瑠璃も学んだはずだ。
「ああ、ちょっといろいろあってな」
「いろいろーーああ」
瑠璃もなにかを察したらしい。おそらく僕と同じことを考えているのだろう。
「ほら、豊花」
「はい?」
「新規異能力者のデータを記入する紙だ」
僕は未来さんから、意外と細かな枠がたくさんある用紙とクリップボードを渡された。
「瑠璃は逐一、杉井が記入漏れをしないように、記入する場所をチェックしてやれ」
「わかりました」
瑠璃は頷く。
「もうそろそろ来ると思うから、さきに検査室で待っていろ。案内は私がするから」
自分がここにはじめて来たときと同じ流れなんだな……。
うう、なんだか緊張する。用紙に余計な事とか記入しないといいけど……。
ーー緊張するな。言われたことと、記入欄に書いてあることを埋めればいいだけであろう?ーー
たしかにそうだけどさぁ……。
「ほらほら緊張しない緊張しない。これから異能力者保護団体で働いていくことになるんだから、慣れなきゃいけないのよ?」
「これから異能力者保護団体で働くーー」
ーーはたして、それはそうなのだろうか?
もしも愛のある我が家側についてしまったら、この研修も無駄になってしまうんじゃ……。
ーー深く考えるな、豊花。両方の言い分を考えて決断を下せばいい。いまから悩んだって意味はないであろう?ーー
それもそうか。
瑠璃がソファーから立ち上がり、検査実に向かう。僕はそれをゆっくりとした足取りでついていくのだった。
検査室と書かれた扉の中には、三人の人間がいた。
「えーっと、確認するけど、名前は山本健一(やまもとけんいち)さんね?」
「あ、はい。そうです」
見慣れた検査室の中、まえのときと同じように瑠璃は椅子に座り、対面には同い年(さきに渡されたデータにそう記載されていた)の男性、山本が座っている。
違う点といったら、僕が瑠璃の少し後方に突っ立っていることだけだ。
「あの、能力は片手が刃物になるっていう能力でして、自由に出し入れできるんです」
山本は同年代が検査員だからか、少し戸惑いを見せる。
「一応聞いているから言わなくても大丈夫。だいたいどんな異能力者なのかは事前の連絡で把握しているからね。豊花、一応チェックシートに記載されている項目を確認してみて。多分、そこにはすでに書いてあると思うから」
瑠璃に言われて、渡されている紙に目を通した。
たしかに、そこには『片手を刃にすることが可能。能動的に発動可能で、普段は変えずに済む』と載っていた。
「これから私がする質問に答えたり、簡単なチェックをしたりするからよろしくね。豊花、あなたは私がチェックしていく内容を、項目の欄に記入していって」
「あ、うん。わかった」
「わかりました」
山本と僕は同時に返事する。
相変わらず、瑠璃は相手が客……といえるか患者といえるかはわからないけど、言い方が少々キツいというか、普段どおりなんだな。
「オーラ視の結果は陽性、オーラが消えているし、異能力霊体も見えるから異能力者というのは確定ね。豊花、オーラ視の項目に陽性、異能力霊体の項目に低年齢層の男性と書いて」
普通、オーラが見えないなら陰性じゃなかろうか。まあ、国がそう定めたなら文句を言っても仕方ないけど。
「え、あ、えっと……ここに書けばいいのか」
言われたとおり、さまざまな項目がある欄の一部にそう記入した。
「侵食率は10%未満と書いておいて。さ、あとは神経や精神の検査をするから。豊花もやったことあるわよね?」
「あ、うん……」
多分、あの指を視線で追ったり、言葉につづけてなにかを話す検査だろう。あれで侵食率が把握できるとはあんまり思えないけど、美夜さんみたく第一級特殊異能力捜査員じゃなければ、それだけしないと調べられないのだろう。
「豊花は逐一検査の結果を書いていってね? おーけ?」
「うん、とりあえずやってみるよ」
そして、僕がやったのと同じような検査を山本にも行いはじめた。
僕はその結果を、記入欄があるかぎり逐一チェックしていく。
……こんな研修して、なにになるのだろう。
こんなことをしているあいだにも、裕璃は苦しめられているかもしれないっていうのに。
「ーー豊花! 聞こえてるの?」
「え、ああ、ごめん」
少し考えごとをしていたみたいだ。
最近はどうしてもダメだ。いくら裕璃に恋心はないとはいえ、自分が原因の一端を担ってああなってしまったと思うと、どうにかして助け出したいと考えてしまうんだ。
「はい、書いた用紙をデータベースに登録するから、移動するわよ。いったん一階に戻って山本さんを送ってから一緒に登録に行くわよ。本来ならあなたひとりでやる仕事なんだけど、豊花はまだ研修中だしね」
「あ、うん……」
そういえばこれで終わりじゃなかった。
たしか僕のときは、看護師風の格好をした助手らしき女性が、ひとりでデータベースに登録しに行っていたな……。
「山本さんには最後に指紋認証をしてもらったら、あとは異能力者保護団体申請修了証明書を渡すからね」
「はい、ありがとうございます」
その後、山本を一階にある最終登録室まで連れていき指紋を認証してもらい、異能力者保護団体申請修了証明書なる僕も財布に入れている物を山本に譲渡し、山本の検査は終了した。
山本が帰ったあと、僕は三階に連れていかれることになった。
来たことない階層だが、やはり人気は薄くほとんど誰もいない。
瑠璃に連れられ三階にある『情報登録室』と書かれた部屋に入ると、そこにはいくつかのパソコンが並んでいた。
「じゃあこの席に座って、記入した名前と情報、最終登録室で承認した指紋を統合してデータベースに上げれば完了よ」
「何が何やら……とりあえず、言われたとおりにやってみるよ」
「べつに難しいことなんてなにもないわよ。ただ、データベースは全国共通だから、アップする情報に誤りがないようには注意してね」
「なんだか緊張するんだけど」
強調されると無駄に気が入ってしまう。記入漏れがないかとか気にもなる。
「データベースにあげる前に私がチェックするから、そんなに滅入らなくて大丈夫よ」
「とりあえずやってみるよ」
瑠璃に言われたとおり、まずはパソコンのデータに先ほど記入した用紙の情報を移していく。オーラ視、陽性。異能力霊体、男性ーー異能力霊体にも性別ってあるのか。神経、精神、共に異常なし。ステージ1と推定。本人に悪意は見当たらず。異能力、片手を自由に刃物に変貌させたり戻したりすることが可能。身体干渉系……と。こんな感じかな? あれ、脅威度?
「この脅威度っていうA~Dランクまである記入欄はなに?」
「ああ、それは国が判断するから空欄でいいわ。例えば瑠衣は脅威度C判定とかね。豊花は調べたことないけど、多分女の子になるだけだからD判定でしょうね」
女の子になるだけじゃないんだけどな……。まあ、わざわざ訂正する必要はないか。というか、瑠衣のあの異能力で脅威度Cなのか……。はたして、AやBってどんな異能力者なのだろう?
「さてと、ちょっと変わって?」
「あ、うん」
肩を捕まれ椅子を退かされる。
……何気ない軽い接触なのに、なんだろう、まえよりどぎまぎしてしまう。
「うん……大丈夫そうね。さっきから上の空のときがあったから心配したけど、大丈夫そうじゃない」
「え?」
上の空だった?
……ああ、たしかに今と無関係なことを時折考えてしまっていたけど、瑠璃にもわかるほど顔に出ていたのか。
「もしかしてーー」瑠璃は間をおくと、少し瞳を鋭くした。容易にはわからない程度に……。「裕璃のこと、まだ考えているわけじゃないわよね?」
「え……?」
な、なんで……。
「私は豊花の彼女になったんでしょ? 裕璃にはもう恋もしていない。さらにあの子は自業自得で犯罪者になった。その子について、どうして豊花はまだ気にしているの?」
「う……き、気にしてないよ、べつに」
嘘だ。
第一、異能力霊体に取り付かれたりしなければ、僕があの日声をかけていれば、裕璃はあんな事件を起こさなかったはずだ。
異能力者になるのは自業自得じゃない。なのに、この国は異能力者になったというだけで法律も扱いも何もかも厳しくないか?
なにかが間違っている。
「気にしていないのならべつにいいけど……お願いだから、変な考えはおこさないでね。これは恋人としての頼みごとだから」
「……」
僕はそれに、返事ができなかったーー。
きょうの教習は終わりを告げ、瑠璃と共に自宅に帰る。
なんだろう。瑠璃はたしかに僕のことを大切に思ってくれている気がするけど、恋人という言葉を盾に、僕の行動に制約を設けている気がしてならない。
異能力者保護団体という善の団体。
愛のある我が家という、悪の組織。
僕は瑠璃には内緒で、未だにどちらとも繋がりがある。
今日も僕はそれを言わず、日常に返る。
そして、なにもない日曜日を終え、いつもどおりの月曜日がやってくるのであった。
休日の土曜日、僕は異能力者保護団体に呼ばれた。
どうやら研修があるらしい。
ということで、僕は学校に行く時間よりも少し早めに家を出て駅へと向かった。
駅についたら、駅前で少し立ち往生をする。
もうすぐ十月だというのに、さらに曇天だというのに、未だに暑さを感じてしまう。
「待った?」
道の奥から聞き慣れた声がして、僕は携帯から顔をそちらに向ける。
そこには、昨日も学校にいなかった瑠璃が歩いてきていた。
ぼ、ぼぼぼくの恋人である瑠璃が……。
「いや、いま来たところ」
実はナンパ紛いのこともされたが、待ち合わせ中だと言ったら素直に引き下がってくれた。だから言わずとも問題ないだろう。
「それじゃ異能力者保護団体に向かいましょ。まったく、休日だっていうのにかったるいわね」
瑠璃は面倒くさそうに呟いた。
まえは意識していなかったのに、瑠璃の髪から漂ってくる甘い香りに意識が向いてしまう。
いかんいかん、話に集中しなければ……。
「ご、ごめん」
「どうして豊花が謝るのよ?」
「いや、だって……僕の研修のために呼ばれたんでしょ?」
「まあ、そりゃそうだけど。一番豊花と関わりあるのは私だからね。そこは仕方ないわ。それにほら、恋人なんだし」
「恋人……」
瑠璃も、そう思ってくれているのか。それだけで歓喜乱舞してしまいそうな気持ちになる。
でも……あの口づけ以来、これといって恋人らしいことはしていない気がする。
それに、瑠衣みたく純粋な好意とは違って、なにか企みを含んでいる気がしてならない。僕の考え過ぎだろうか?
でも……僕の異能力。直観は特に当たる確率が高い。
この直観だけは当たってほしくない。純粋に瑠璃とカップルになってイチャイチャしたい。
「さて、電車に乗って向かいましょ」
改めて見るまでもなく、瑠璃は顔立ちといいスタイルといいかわいいなぁ……。
ーー豊花、そんな惚けていてどうする。これから向かうさきは、もしかしたらきみの敵対する組織になるかもしれない場所なのだが? 異能力者保護団体と愛のある我が家、瑠璃と裕璃を比較して、どちらが大切なのかよく考えることだ。ーー
「う、うん」
「ん?」
あ、ヤバい声に出しちゃった。
ユタカとの会話に未だ慣れない。自分には普通に聞こえるから、ついつい声に出して答えてしまう。
ーーだいたい、きみは瑠璃や瑠衣のことを美人だとか可愛いだとか評するが、自らも省みたらどうかな? 贔屓目を除いても、端から見たらきみのほうが遥かに美しいぞ。もうちょっと警戒心を強めたほうがいい。ーー
うう……わかっているってば。でも、どうしても自分のことを可愛いと認めるのには抵抗感を覚えてしまう。最初の頃はまだ自分自身だとは思っていなかったから、こんな容姿になれてやったー、って気分だったけど、長いーーかはわからないけど、こうやっていろいろな事件や事案に巻き込まれるたびにこの肢体に慣れてきちゃって、どうにもこの見た目に見慣れてしまったんだよ。だから、自らを可愛いと認めるのは、ちょっと恥ずかしい。
ーーならば、その格好はなんだ。瑠璃は学校制服なのに、きみは可愛らしいワンピースタイプの衣服を身に纏っているではないか。たしか校則では制服と決まっていなかったか?ーー
ぐっ……それは、ちょうど制服をクリーニングに出していて衣服がなかったから、裕希姉ェのお古を借りてきたんだよ。
「あのさ、さっきからなに立ち止まってるのよ。きょうは豊花の研修なんだから、もうちょっとしゃんとしなさい」
「あ、ごめん。いま行くよ」
僕たち+ユタカは無駄に雑談しながら電車に乗り、異能力者保護団体へと向かうのであった。
(70.)
「よく来た。昨日ちょうど、異能力者になったという者から連絡を受けたから、今から来る。瑠璃、おまえが見てやれ。豊花はその後ろで紙とクリップボードを片手に、言われたことを書いていくように」
異能力者保護団体について、大人の姿バージョンの未来さんから言われた第一声はそれだった。
「珍しいですね。こんな頻繁に異能力者が現れるなんて」
近場のソファーに座りながら、瑠璃は未来さんに疑問を呈する。
僕はなんとなくわかる。このあいだ、異能力者数名が刀子さんや舞香さんたちによって殺害されたからだ。異能力者が亡くなっても、異能力霊体はいなくならずに辺りに拡散する。そして、新たな宿主を探して、言い方は悪いかもしれないけど、寄生する。そして、その人物の心の穴にあった異能力を手に入れるのだ。
それはたしか、瑠璃も学んだはずだ。
「ああ、ちょっといろいろあってな」
「いろいろーーああ」
瑠璃もなにかを察したらしい。おそらく僕と同じことを考えているのだろう。
「ほら、豊花」
「はい?」
「新規異能力者のデータを記入する紙だ」
僕は未来さんから、意外と細かな枠がたくさんある用紙とクリップボードを渡された。
「瑠璃は逐一、杉井が記入漏れをしないように、記入する場所をチェックしてやれ」
「わかりました」
瑠璃は頷く。
「もうそろそろ来ると思うから、さきに検査室で待っていろ。案内は私がするから」
自分がここにはじめて来たときと同じ流れなんだな……。
うう、なんだか緊張する。用紙に余計な事とか記入しないといいけど……。
ーー緊張するな。言われたことと、記入欄に書いてあることを埋めればいいだけであろう?ーー
たしかにそうだけどさぁ……。
「ほらほら緊張しない緊張しない。これから異能力者保護団体で働いていくことになるんだから、慣れなきゃいけないのよ?」
「これから異能力者保護団体で働くーー」
ーーはたして、それはそうなのだろうか?
もしも愛のある我が家側についてしまったら、この研修も無駄になってしまうんじゃ……。
ーー深く考えるな、豊花。両方の言い分を考えて決断を下せばいい。いまから悩んだって意味はないであろう?ーー
それもそうか。
瑠璃がソファーから立ち上がり、検査実に向かう。僕はそれをゆっくりとした足取りでついていくのだった。
検査室と書かれた扉の中には、三人の人間がいた。
「えーっと、確認するけど、名前は山本健一(やまもとけんいち)さんね?」
「あ、はい。そうです」
見慣れた検査室の中、まえのときと同じように瑠璃は椅子に座り、対面には同い年(さきに渡されたデータにそう記載されていた)の男性、山本が座っている。
違う点といったら、僕が瑠璃の少し後方に突っ立っていることだけだ。
「あの、能力は片手が刃物になるっていう能力でして、自由に出し入れできるんです」
山本は同年代が検査員だからか、少し戸惑いを見せる。
「一応聞いているから言わなくても大丈夫。だいたいどんな異能力者なのかは事前の連絡で把握しているからね。豊花、一応チェックシートに記載されている項目を確認してみて。多分、そこにはすでに書いてあると思うから」
瑠璃に言われて、渡されている紙に目を通した。
たしかに、そこには『片手を刃にすることが可能。能動的に発動可能で、普段は変えずに済む』と載っていた。
「これから私がする質問に答えたり、簡単なチェックをしたりするからよろしくね。豊花、あなたは私がチェックしていく内容を、項目の欄に記入していって」
「あ、うん。わかった」
「わかりました」
山本と僕は同時に返事する。
相変わらず、瑠璃は相手が客……といえるか患者といえるかはわからないけど、言い方が少々キツいというか、普段どおりなんだな。
「オーラ視の結果は陽性、オーラが消えているし、異能力霊体も見えるから異能力者というのは確定ね。豊花、オーラ視の項目に陽性、異能力霊体の項目に低年齢層の男性と書いて」
普通、オーラが見えないなら陰性じゃなかろうか。まあ、国がそう定めたなら文句を言っても仕方ないけど。
「え、あ、えっと……ここに書けばいいのか」
言われたとおり、さまざまな項目がある欄の一部にそう記入した。
「侵食率は10%未満と書いておいて。さ、あとは神経や精神の検査をするから。豊花もやったことあるわよね?」
「あ、うん……」
多分、あの指を視線で追ったり、言葉につづけてなにかを話す検査だろう。あれで侵食率が把握できるとはあんまり思えないけど、美夜さんみたく第一級特殊異能力捜査員じゃなければ、それだけしないと調べられないのだろう。
「豊花は逐一検査の結果を書いていってね? おーけ?」
「うん、とりあえずやってみるよ」
そして、僕がやったのと同じような検査を山本にも行いはじめた。
僕はその結果を、記入欄があるかぎり逐一チェックしていく。
……こんな研修して、なにになるのだろう。
こんなことをしているあいだにも、裕璃は苦しめられているかもしれないっていうのに。
「ーー豊花! 聞こえてるの?」
「え、ああ、ごめん」
少し考えごとをしていたみたいだ。
最近はどうしてもダメだ。いくら裕璃に恋心はないとはいえ、自分が原因の一端を担ってああなってしまったと思うと、どうにかして助け出したいと考えてしまうんだ。
「はい、書いた用紙をデータベースに登録するから、移動するわよ。いったん一階に戻って山本さんを送ってから一緒に登録に行くわよ。本来ならあなたひとりでやる仕事なんだけど、豊花はまだ研修中だしね」
「あ、うん……」
そういえばこれで終わりじゃなかった。
たしか僕のときは、看護師風の格好をした助手らしき女性が、ひとりでデータベースに登録しに行っていたな……。
「山本さんには最後に指紋認証をしてもらったら、あとは異能力者保護団体申請修了証明書を渡すからね」
「はい、ありがとうございます」
その後、山本を一階にある最終登録室まで連れていき指紋を認証してもらい、異能力者保護団体申請修了証明書なる僕も財布に入れている物を山本に譲渡し、山本の検査は終了した。
山本が帰ったあと、僕は三階に連れていかれることになった。
来たことない階層だが、やはり人気は薄くほとんど誰もいない。
瑠璃に連れられ三階にある『情報登録室』と書かれた部屋に入ると、そこにはいくつかのパソコンが並んでいた。
「じゃあこの席に座って、記入した名前と情報、最終登録室で承認した指紋を統合してデータベースに上げれば完了よ」
「何が何やら……とりあえず、言われたとおりにやってみるよ」
「べつに難しいことなんてなにもないわよ。ただ、データベースは全国共通だから、アップする情報に誤りがないようには注意してね」
「なんだか緊張するんだけど」
強調されると無駄に気が入ってしまう。記入漏れがないかとか気にもなる。
「データベースにあげる前に私がチェックするから、そんなに滅入らなくて大丈夫よ」
「とりあえずやってみるよ」
瑠璃に言われたとおり、まずはパソコンのデータに先ほど記入した用紙の情報を移していく。オーラ視、陽性。異能力霊体、男性ーー異能力霊体にも性別ってあるのか。神経、精神、共に異常なし。ステージ1と推定。本人に悪意は見当たらず。異能力、片手を自由に刃物に変貌させたり戻したりすることが可能。身体干渉系……と。こんな感じかな? あれ、脅威度?
「この脅威度っていうA~Dランクまである記入欄はなに?」
「ああ、それは国が判断するから空欄でいいわ。例えば瑠衣は脅威度C判定とかね。豊花は調べたことないけど、多分女の子になるだけだからD判定でしょうね」
女の子になるだけじゃないんだけどな……。まあ、わざわざ訂正する必要はないか。というか、瑠衣のあの異能力で脅威度Cなのか……。はたして、AやBってどんな異能力者なのだろう?
「さてと、ちょっと変わって?」
「あ、うん」
肩を捕まれ椅子を退かされる。
……何気ない軽い接触なのに、なんだろう、まえよりどぎまぎしてしまう。
「うん……大丈夫そうね。さっきから上の空のときがあったから心配したけど、大丈夫そうじゃない」
「え?」
上の空だった?
……ああ、たしかに今と無関係なことを時折考えてしまっていたけど、瑠璃にもわかるほど顔に出ていたのか。
「もしかしてーー」瑠璃は間をおくと、少し瞳を鋭くした。容易にはわからない程度に……。「裕璃のこと、まだ考えているわけじゃないわよね?」
「え……?」
な、なんで……。
「私は豊花の彼女になったんでしょ? 裕璃にはもう恋もしていない。さらにあの子は自業自得で犯罪者になった。その子について、どうして豊花はまだ気にしているの?」
「う……き、気にしてないよ、べつに」
嘘だ。
第一、異能力霊体に取り付かれたりしなければ、僕があの日声をかけていれば、裕璃はあんな事件を起こさなかったはずだ。
異能力者になるのは自業自得じゃない。なのに、この国は異能力者になったというだけで法律も扱いも何もかも厳しくないか?
なにかが間違っている。
「気にしていないのならべつにいいけど……お願いだから、変な考えはおこさないでね。これは恋人としての頼みごとだから」
「……」
僕はそれに、返事ができなかったーー。
きょうの教習は終わりを告げ、瑠璃と共に自宅に帰る。
なんだろう。瑠璃はたしかに僕のことを大切に思ってくれている気がするけど、恋人という言葉を盾に、僕の行動に制約を設けている気がしてならない。
異能力者保護団体という善の団体。
愛のある我が家という、悪の組織。
僕は瑠璃には内緒で、未だにどちらとも繋がりがある。
今日も僕はそれを言わず、日常に返る。
そして、なにもない日曜日を終え、いつもどおりの月曜日がやってくるのであった。
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「どうしたものかな」
入院先の個室のベッドの上で、俺は途方に暮れていた。
今回の事故で腕に怪我をしてしまい、元の仕事には戻れなかった。
たまたま保険で個室代も出るというので個室にしてもらったけど、たいして蓄えもなく、退院したらすぐにでも働かないとならない。
そんな俺は交通事故で死を覚悟した時にひとつ強烈に後悔をした事があった。
『こんな事ならダンジョンに潜っておけばよかった』
である。
50過ぎのオッサンが何を言ってると思うかもしれないが、その年代はちょうど中学生くらいにファンタジーが流行り、高校生くらいにRPGやライトノベルが流行った世代である。
ファンタジー系ヲタクの先駆者のような年代だ。
俺もそちら側の人間だった。
年齢で完全に諦めていたが、今回のことで自分がどれくらい未練があったか理解した。
「冒険者、いや、探索者っていうんだっけ、やってみるか」
これは体力も衰え、知力も怪しくなってきて、ついでに運にも見放されたオッサンが無い知恵絞ってなんとか探索者としてやっていく物語である。
注意事項
50過ぎのオッサンが子供ほどに歳の離れた女の子に惚れたり、悶々としたりするシーンが出てきます。
あらかじめご了承の上読み進めてください。
注意事項2 作者はメンタル豆腐なので、耐えられないと思った感想の場合はブロック、削除等をして見ないという行動を起こします。お気を悪くする方もおるかと思います。予め謝罪しておきます。
注意事項3 お話と表紙はなんの関係もありません。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
MP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
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