退魔の少女達

コロンド

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銃器の淫魔 1

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海沿いの廃工場に、甲高い足音が響く。
カツカツとヒールで地面を踏む音と共に、ズズズッと何かを引き摺るような音も聞こえる。
日の光が一切当たらない真夜中の廃工場の中を、足音は一切迷うことなく目的地へと移動していく。
そして唯一隙間から光が漏れ出す扉を、足音の持ち主は力強く開け放つ。

「カコさまぁー、お土産っすー」

そう言って扉を開けた女性は、引き摺っていたものを部屋の中心に放り投げる。
軍帽に迷彩色のドレスを身にまとった姿で、その女性は部屋の隅にいる少女に向けてにこりと笑う。
対して、カコさまと呼ばれた部屋の隅にいる少女は驚いた顔で軍帽の女性を見つめている。
黒い髪に黒い瞳、さらに黒いTシャツに黒いスカートと全身黒一色で統一しているその少女は、部屋の中心に投げられた謎の大きな袋と軍帽の女性を交互に見る。

「え、いや、いらないんだけど……」
「えぇー、そんなこと言わないでくださいよー、せめて中身をみてくださいよー」
「やだよ、ヴェートの持ってきたものでしょ。開けるの怖い」
「えぇー……」

ヴェートと呼ばれた軍帽の女性はがっくしと肩を落とす。
それを見てカコは一度ため息をつき、呆れたような顔をしながらも腰を上げた。
手に持っていた小説を机の上に置き、部屋を照らす唯一の光源であるランタンを手に持ち、謎の袋へと近づく。

「お、やっぱり気になります? 気になりますよね?」
「うっさい」

顔を近づけるヴェートをカコは空いている手で押さえつける。
ヴェートは身長が頭二つ分小さい少女の事をとても慕っているようで、少女にアイアンクローをされても一切嫌そうな顔をしない。

そんなやり取りをしていると袋の方がガサゴソと動き始める。

「ーーーーッ! ~~~~~~ッ!!」
「いぃッ!? 喋った!?」

急に暴れ出し、うめき声をあげる袋からカコは一歩遠ざかる。

「おい、何これ!?」
「カコさまに気に入ってもらえると思って!」
「絶対ねぇよ!」

ニコニコと微笑むヴェートに苛立ちを感じつつも、カコは袋に近づく。

「くそー、これだから淫魔は…………なに考えてるかさっぱり分からん……」

独り言のように呟きながら、袋の口を開いた。

「ンーーッ! ンンーーッ!!」

中には両手両足を拘束され、目と口を塞がれた学生服姿の女性が入っていた。

「人じゃん」
「人ですよ、どうぞ」
「どうぞじゃねぇよ」

カコはヴェートの膝に蹴りを入れる。


 ***


「そっかーカコさまは人の精気とか吸ったりしないんですねー」
「そんな事するの世の中でお前らくらいだよ。で、なんで人なんか持ってきたの?」
「マリリアの奴がやられたので、せめて何か手土産を持って来ようと思って」
「それ一番最初に報告すべき事だろ」

ヴェートの顔を睨みつけるも、何一つ合点の行ってない表情を見せつけられ、カコは理解してもらう事を諦めた。

「で、どうだった? 噂の退魔師さん。二人で戦ったのに勝てなかったんでしょう?」
「いや、マリリアの奴が一人で戦いました」
「なんで!?」
「一人でやりたいって言い出したので」

カコは頭を抱える。

「でもあいつ精気を奪う事そっちのけで、終始やりたい放題でした。最後まで楽しそうな顔してましたよ」
「あいつーーッ! 言ったこと何一つできてないじゃないか! 淫魔の中ではそれなりに言葉が通じるやつだと思ってたのにぃ……ッ!」

カコは頭をかき乱す。

「んーーッ!」
「ぁッ……!?」

二人が会話を広げる横で、拘束された女性はなんとか逃げ出そうと暴れまわる。
そして偶然にも女性の頭がカコのふくらはぎに当たり、そのまま体勢を崩し尻餅をついてしまう。

「いたた……」

ちょっとした事故程度に思っていたカコだったが、それを見たヴェートの表情が大きく変わる。

「こいつ……よくもカコさまを……」

歯をくいしばるような怒りの表情で、ヴェートは拘束された女性に近づき、目隠しを力任せに外す。
拘束された女性が数時間ぶりに見た光景は怒りの形相を見せるヴェートと、熱帯びた金属のように形を変えていくヴェートの右手。
その右手が銃のような形に変形した時、女性の顔が恐怖に染まる。
禍々しいヴェートの殺気を前にして、女性は目から涙を流す。

「やめろバカ」

そんな今にも殺してしまいかねないヴェートの頭をカコは軽くチョップする。

「不用意に殺気を出すなって言っただろ。鼻の良い退魔師たちはすぐここに駆けつけるぞ」
「あ、すいません」

ヴェートも反省しているようで、シュンとした顔になる。

「今すぐここから逃げるぞ」

カコの行動は早く、机の上に置いてある小説をカバンの中に詰め始める。

「この子どうします?」

ヴェートが学生服の女性を指差す。

「そんな奴置いて……いや……」

少女は何かを思いついたようにニヤリと口元を歪ませる。

「ヴェート、その子ヤっちゃいなさい」
「ーーッ!?」

ヴェートはともかくカコの事は良識のある人物だと思い込んでいた女学生は、急変する少女の表情に怯える。

「できるだけ手短に、ね」
「あいよ、それは私の得意分野だね」

ヴェートが右手の銃を女学生へ向ける。

「ンンーーッ!? ンンンーーーーッ!!」

女学生は拘束された体を必死にくねらせて、なんとか逃げ出そうと足掻く。

「大丈夫だよ、淫魔の力は人を殺すための力じゃない。安心して、ちょっと昇天するだけだから」

少女は優しい口調でそう言うも、そんな言葉で安心など得られるわけもない。
そして、廃工場の中で乾いた銃声が鳴り響くーー。

「ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛ーーーーッ!」

その直後、銃声を打ち消すような鈍い嬌声が響き渡った。


 ***


「せえええぇいッ!」

サクラの力を込めた一薙ぎが低級淫魔を真っ二つにする。
淫魔の姿が霧のように消え、触手の先に囚われていた女性が重力で地面へと引っ張られる。

「よっと」

だがその体は地面に落ちるより早く、カナが両腕で抱え込んだ。

「サクラッ、私はこの人をなんとかするから、周囲に生き残りがいないか調べて!」
「はいッ!」

返事をするとサクラは駆け出す。
二人は今日この場所、廃工場の手前ですでに十数体の淫魔を倒していた。

(禍々しい殺気を感じたのだけれど、上級淫魔はいないのか……?)

違和感を覚えながらもカナは女性の状態を調べる。
下着姿の女性は気を失ってはいるものの息はしているようだ。
ただそれ以外に個人を特定するものは何も持っておらず、わかる事と言えばカナと同じぐらいの年齢に見えるということぐらい。
よくよく見るとこの女性、対話したことはないが、学校で似たような顔をしている女性と何度か会っているような気もする。

「面倒くさいパターンだぞ、これは……」

彼女の意識にどうやって整合性をつけるのか、カナは頭を抱えた。

(それにしても、女性一人に淫魔が十数体? なんだこの妙な感じ……すごく気持ちが悪い。嫌な予感がする……)


 ***


「あれが例の退魔師二人組? 見た感じそんなに強そうには見えないけど……」
「私の見た感じだと片方はそんなに強くないですが、もう片方はべらぼうに強いです」
「なるほど、じゃあお荷物の方を狙うのが定石かなぁ」
「いい作戦ですね、流石です、カコさま!」
「……はぁ」

ビルの屋上からカコとヴェートは二人の退魔師の姿を眺める。
カコは何でもかんでも持ち上げるヴェートに辟易しているようだった。

「そのカコさまって呼び方やめない? なんか気落ち悪い」
「うーん、じゃあ……カコちゃん?」
「なめてんの? 普通に呼び捨てでいいんだけど」
「そうは言っても、世の中呼び捨てするとしっくりこない名前の人ってどうしてもいるんですよ」
「……で、それが私ってわけ? まぁ……なんか分かるわ」

カコはそれ以上、呼び方については何も言わなくなった。

「それより、ねぇ。どう? この格好」

カコはヴェートの前で、自分の服装を見せびらかせるように一回転する。
さっきの女学生から奪った、サクラたちと同じ制服姿だ。

「良いですね! 可愛いですよ! 服がブカブカなのも、まだ成長すると思い込んでちょっと大きめの服を注文した新入生って感じが出ていて素敵です」
「なんか小馬鹿にされてる気がする」

確かに先ほどの女性の服はカコには大きすぎた。
袖から親指がギリギリ出るくらいで、やや不恰好である。

「まぁいいわ、これで正面から奴らの学校に入れるって訳ね」

自信満々なカコにヴェートはふと疑問を持つ。

「ねぇカコさま。カコさまは一応人間なんですよね、なんで退魔師を敵視するんですか?」
「さぁね、遺伝子レベルで退魔師が嫌いなんでしょ」

カコはヴェートの質問に適当に答える。

「そんなことより……そろそろ、始めましょうか」
「ん? 何をですか?」

首をかしげるヴェートに対し、カコは微笑みながら答える。

「退魔師狩り、だよ」

表情が伝染したかのように、ヴェートもニヤリと微笑んだ。
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