退魔の少女達

コロンド

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不穏 3

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「ふぁ……っ、あっぐぅ……ッ!」

狐面の少女はその場に倒れたまま自身の下半身を強く押さえつける。
遠目で見てもわかるほど袴を濡らしており、お面の合間から見える口元からはよだれを垂れ流していた。
およそ正気を保てているようには見えない。

「早く助けなきゃ……っ!」
「サクラだめ」

前に出ようとするサクラをカナが静止させる。

「今ここに淫魔の領域が展開されている。おそらく対魔術における結界のようなもの」
「それは……この禍々しい気配の塊みたいなものですか?」

退魔師である二人にはそれが感覚的に見えていた。
サクラ達が立っている場所と少女が立っている位置はわずか数メートル程度。
だが少女との間には見えない壁のような境目がある。

「そう、サクラもこの領域の内側に入れば、あの少女と同じようになる」

それはもはや、サクラが予測していた視線で相手を支配する能力以上の力だった。

(あの淫魔の力が成長している……?)

カコから生まれた淫魔は生まれたばかりで、これから能力が成長していく可能性がある。
成長しきった淫魔の力であれば直接視線を送らなくても、ある程度近くにいるだけで相手を支配できるのかもしれない。
とはいえ、その能力が施設外にまで届くなどあまりにも規格外すぎる。

「と、とにかく今はあの子を助けなきゃ!」

サクラは一度淫魔について考えるのをやめ、少女を助けることだけに頭を使う。

「……そうだ、私自身が領域の中に入らなければいいんですよね」

サクラは意識を集中させ、自身の右手に刀の形をイメージする。
するとイメージ通り、精気により作り出された刀が現れる。

「よし、行けるっ!」

十分な量の精気を補給され、今なら問題なく力を使うことができる。
サクラはその刀を前方に向けて切りつける。
振られた刀は形を変え、鞭のようにしなり伸びる。
刃はなくなり、もはや刀と呼べる形ではなくなるがそれでいい。

「ぐっ、えぇい!」

その鞭のように姿を変えた刀を少女に絡ませ、魚釣りの感覚で一気に引き寄せる。
少女の体が浮き、引き寄せられた少女をカナがキャッチする。

「もう……やり方が乱暴」
「す、すいませんっ!」
「ううん、機転が効いて助かるよ。ありがとうサクラ」

何はともあれ少女を淫魔の領域外に出すことに成功した。
カナは少女の仮面をずらし、様子を確認する。

「……ま……に……」
「うん、なに?」

苦悶の表情を浮かべながら何かを呟く少女。
その少女の口元にカナが顔を近づける。

「まま……に……」
「ままに……? 何か伝えたいことがあるの?」

カナはさらに少女に顔を近づける。

その瞬間、少女はカッと目を見開かせ、真っ赤に充血した瞳でカナを睨む。

「――王女様の、仰せのままに」

少女はまるで人が変わったかのようにそう呟くと、いきなりカナの首元に噛み付いた。

「――ッ!? うああッ!!?」
「カナ先輩ッ!? こ、このっ!」

何が起きたか理解しきれていないサクラだったが、危機を感じて少女を突き飛ばす。
地面を転がる少女をよそに、サクラはカナを抱き寄せた。

「大丈夫ですか、カナ先輩!?」
「だい……じょうぶ、大したケガじゃない。それより……」

二人はゆっくりと立ち上がる少女の姿を見据える。
少女はどこかうっとりとした表情でこちらを見つめていた。

「先輩……あの子……」
「うん、淫魔と同じ気配がする」

退魔師である二人には、少女が纏う異様な気配を察知することができた。
それは本来人間からは感じることのない、淫魔だけが持つ不快感の塊のような気配。
少女が領域の中に入っていたほんのわずかな時間の中で、何かをされたことは明白だった。

「あれは……洗脳、でしょうか? いやでも……あの淫魔にそんな能力はなかったような……」

カコから生まれた淫魔がそのような能力を持っていた覚えはない。
だが、サクラには一つ心当たりがあった。
それはカコ自身のクイーンとしての能力。
彼女は人を強制的に魅了させるような能力を持っていた。

「カコちゃんの力……? いや、でも……何かが違う」

彼女の力は決して一瞬で、それも傀儡のように操る力ではなかったはずだ。
考えても答えが出ないサクラの横で、カナが口を開く。

「あの子に噛まれた時、一瞬だけど私とは違う誰かの意識が入ってきた。淫魔を崇拝するような強い思念に頭の中をかき混ぜられるような、そんな感覚。サクラがすぐに助けてくれたからなんとかなったけど、あのままだったらきっと私も……」
「そ、それは……っ! もう一人のクイーンの能力です!」

知覚しているものを強制的に共有させる能力。
ではこの事態はシエラの力によるものなのだろうか。

「いや、あのクイーンの力は建物の中から外に、それも無差別で一瞬で洗脳するような力じゃなかったような……」

やはりそれもどこか違う。
そんなことができるのなら、あの迷宮のような地下施設を作る必要などない。
施設に近づくもの全てを洗脳すればいいのだから。

「淫魔の力でも、カコちゃんの力でも、あのクイーンの力でもない……じゃあこの力は一体……?」

サクラが考えあぐねている横で、カナがポツリと呟く。

「じゃあ、その力がなんらかの理由で一つになっているとしたらどう?」
「――そ、そんなッ!?」

あの生まれたばかりの淫魔は子供の姿をしていた。
まだ成長途上の姿。
そして成長する過程で、二人のクイーンの能力を吸収したとしたら。
あまりにも強い力で、人の意思を直接捻じ曲げるような力を得るかもしれない。
そんな想像がサクラの脳裏をよぎる。

「サクラ! 前!」
「え?」

思案を巡らせ注意を疎かにしていたサクラがふと前方を見上げると、少女が悪魔のような形相で迫っていた。

「ぐがぁああああッ!!」

獣のように迫り来る少女。
そこにもはや理性はない。

「私が出ます!」

サクラは刀を構え、カナの前に立つ。
そして少女に向けて刀を振り抜いた。

「ぎぃいいッ!」
「くっ、刃が……通らない……ッ!」

刀は少女の両手で受け止められた。
精気で作り出された刀は人を直接切ることはできない。
少女の中に入り込んだ淫魔の力だけでもかき消せないかと思ったが、どうやらそれも無理らしい。
鍔迫り合いのような形で、サクラと少女は対峙し続ける。

「ぐううっ、重い……女の子の力とは……思えない……っ!」
「サクラ、そのままお願い」

少女の力を抑えるので手一杯で返事すらままならない中、サクラの視界の隅にカナが入り込む。
カナは少女の背後に回り込むと、少女の首筋の辺りに右手を当てる。

「解呪!」

その掛け声と共に、青白い光が視界を覆う。

「あ”……あ”ぅ……」

少女の力が目に見えて弱まっていく。
次第に少女はうめき声を上げながら、その場に倒れた。

「よし」
「す、すごい……」

サクラは屈んで少女の様子を伺う。
意識を失っているが呼吸は感じる。
そして何より彼女からはもう淫魔の気配を感じなかった。

「すごいですカナ先輩! どうやったんですか?」
「なんてことはない解呪の対魔術。サクラも覚えておくといいよ」
「覚えておくといいよ……って言われたって……」

サクラはその手の術を一切使えない。
まだ退魔師の基本である武器の具現化能力しか教わっていない。

「じゃあ帰ったら教えてあげるね」
「はい……でも、今はまず……」

少女の無事を確認した二人は同時にこの呪いの根源、さっきまでいた研究施設の方を見据える。

「この事態をなんとかしないと、だね」
「……ですね」

禍々しい気配は今なお目の前に広がっている。
数歩歩けば、少女と同じように呪いに蝕まれてしまうだろう。

「ねぇサクラ。私は今から、ツバキ達を助けにあの施設の中にもう一度潜入するつもり。だからサクラはこの事態を本部に報告して――」
「嫌です。私も行きます」

確固たる意思を持って、サクラはカナの瞳を見つめる。

「いや、サクラ……これは想定外の事態なんだよ。誰かが報告をしないと」
「嫌です。カナ先輩が行くなら私も行きます。だってこんなの……こんな強い力を持った相手、たとえ先輩でも一人じゃどうにもならないですよ!」
「あぁもう……」

面倒くさそうな顔でカナは頭をかく。
サクラを説得する方法を考えるが何も思い浮かばない。
こういう頑固な部分が出るとサクラは一歩も引かないことをカナはよく理解していた。

「うぅん……あれ、カナ様? サクラ様?」

二人がいがみ合う中、重い体を持ち上げ狐面の少女が目を覚ます。

「どうされました……ってわぁッ! なんですかこの、なに、この……何が起きているんですか!?」

少女もこの禍々しい淫魔の領域に気がついたらしく、分かりやすく驚いた様子を見せる。

「呪いで暴走していた時のことは覚えていないようだね。まぁその方がいいか」
「……いた」
「え?」
「そうだ、彼女がいるじゃないですか!」

サクラは目を輝かせて少女に近づき、少女の手を勢いよく掴む。

「あのッ、この事態を本部……でしたっけ? に伝えてください! 緊急事態なんです。私たち以外はみんなあの領域の中に囚われていて、これは貴方にしかお願いできないんです!」
「え、私にしか…………はいッ! この私めにお任せください!」

少女は頼られることに飢えているのか、お面の向こうの瞳を輝かせ返事をする。
そこでカナはサクラが何をしたかったのか理解する。

「カナ先輩。これで報告役は彼女の仕事になったので、私がここに残る理由はなくなりましたね」
「はぁ……ほんと、面倒くさい後輩だなぁ」

悪口を言ったつもりだったのに、言われた側はニコニコと嬉しそうな表情を見せる。
カナはもう一度深いため息をつき、そして負けを認めた。

「纏え、対呪の光」

そう呟き、額の前で拳を強く握りしめるとカナとサクラの体が暖かい光に包まれる。

「こ、これは?」
「一時的に呪いの類を防御する退魔術。行くんでしょ?」
「……はいッ! ついて行きます!」

今から地獄に行こうとしているのに、その反応はまるで散歩に行く前の子犬だ。

(……でも、サクラが隣にいてくれて良かった)

実のところカナもまた、恐怖していた。
サクラがいる手前、自分が泣き言を口にするわけにはいかない。
今こうして胸を張って前を歩けるのは間違いなくサクラのおかげだった。

(……ありがとうサクラ)

恥ずかしくて直接口にできないその言葉を、心の中でそっと呟いた。



そして二人は淫魔の領域に足を踏み入れる。
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