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転校生、到来
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私が初めてこの窓の向こうに見える景色を見たとき、それはもう大層感激したのを覚えている。
手前には緑色の木々が生い茂り、その向こう側に見えるのは青い海に青い空。
この景色そのものがまるで芸術作品のようで、写真に撮って額縁に飾ればそれだけで結構な値段で売れてしまいそうだ。
でも人の感性というのは悲しいもの。
最初は外の景色を眺めるだけでうっとりとしていたのに、一年も同じ景色を見続けると次第に何も感じなくなっていく。
今の私には、目に優しそうな景色だな、くらいの感想しか出てこない。
「ほーらみなさん、席についてー」
先生の透き通る声が教室内に響き、生徒達が慌てて席に戻る。
ずっと席に着席していた私は視線を窓の向こうから教卓の方へと移した。
「今日からみなさんは一つ上の学年になりましたが、我が校は1学年1クラスしかいないのでクラス替えとかありません。担任も昨年度と変わらず私が努めます。去年と同じ顔ぶれですね!」
教室内に朗らかな空気が流れ、私もそれに合わせて心にもない笑みをこぼす。
変わらない。
窓の向こうに見える景色も、教室の景色も、何も変わらない。
私がこの全寮制の女子校に入学したのはちょうど一年前のこと。
入学前の私は家族と仲が悪かったり、友達と仲違いをしたり、とにかく今とは全く違う環境に逃げたいという気持ちが強かった。
だからこそ、人里離れた場所にある全寮制の学校に憧れを持ったのかもしれない。
まるで現世とは違う時間の流れで動いているような異世界感、とでも言えばいいのだろうか。
私はそういうのに憧れていた。
周囲には学校の設備以外には何もない、緑生い茂るこの学校の校門を初めて跨いだとき、私はこれから始まる新しい人生に意気揚々としていた。
だけど私の胸の奥で輝いていたきらめきは、少しづつ光を失っていく。
全校生徒が少ないため気づけばいつも同じ友達と話をしていて、女子校であるため色恋沙汰の話もない。
いつもと同じように授業を受けて、いつもと同じ景色を眺め、いつもと同じ友達と会話をして、また明日も同じような日々が続いていく。
そんな日常が嫌いなわけじゃない。
ただ、私は退屈していた。
何かこの退屈な日常をぶっ壊してくれるような何かが起きてくれないだろうか。
そんなことを、私は常々思っていた。
彼女がやってきたのは、そんなときだった。
「クラス替えはありませんが…………なんと、ビックニュースです! このクラスに転校生が来てくれました! どうぞー、入ってきてー」
ガラガラと、立て付けの悪いドアが音を立てながら開かれた。
「えっ」「あっ……」
無意識に漏れた誰かの声があちこちから聞こえた。
室内がざわつく。
その転校生はまるでレッドカーペットの上を歩いているかのように美しい歩き方で教卓の横までやってくると、左足を軸に90度回転して私たちの方に視線を向ける。
スラリとした背筋に、整った顔立ち。
ふわりとしたショートカットには金色のメッシュが入っていて、その髪型を整えるのにどれだけの時間がかかるのか、私には想像もできない。
――綺麗
彼女の姿を見て、最初に浮かんだ言葉がそれだった。
「初めまして、金井悠香です。これからよろしくお願いします」
その転校生は自信に溢れた声で挨拶し、深々と頭を下げる。
ほどなくして頭をあげると、今度は私たちに向けてフッと優しい笑みを浮かべた。
その所作の一つ一つが美しくて、自然とクラス内から拍手が上がっていた。
彼女が自分の瞳に映ってからわずか10秒足らず。
その一瞬で、私たちはその転校生が自分たちとは全く違う環境で生きてきた人間なのだと理解した。
「それじゃあ、席は黒瀬さんの隣ね」
「へぁ!?」
転校生の容姿に見惚れていたせいか、急に自分の名前が呼ばれて変な声が出る。
こちらにやってくる転校生を見て、なぜか私の胸がドクドクと高鳴る。
緊張と、おそらくは警戒心。
全く文化の違う外国人が隣にやってきたような、そんな感覚だった。
転校生が私の隣の席に座った途端、彼女のつけている香水の香りが鼻を掠める。
それは人生で一度も嗅いだことのない匂い。
この香りを言葉として形容するのは難しいけれど、強いて言葉にするならば、甘さの奥に棘があるような、そんな危険な香りがした。
あくまで私のイメージなのだけれど。
「よろしくね」
転校生は席に座ると、私の顔を見て小声で囁く。
「うん、よろしく……」
「ポニーテール可愛いね、あとで触らせて」
「うん……ん……えっ?」
「私、女の子のポニーテール触るの好きなんだよねー」
頬杖を付きながら、転校生は目を細めて笑う。
彼女は…………もしかしてヤバイやつなんじゃないだろうか。
香水の匂いよろしく、危険の香りがした。
私はできるだけ彼女に関わらないようにしようと、強く心に決めたのだった。
「そうそう、金井さんは今日から黒瀬さんと寮でも同じ部屋になるから、黒瀬さんは金井さんに学校案内とかして色々と教えてあげてね」
「え、えぇッ!?」
「そうなんだって、私寮生活って初めてだからワクワクするな~」
「そ、そんな今日からだなんて急すぎ……ま……」
文句を言おうとして、口が途中で止まる。
彼女に視線を向けたその瞬間、一瞬思考が止まってしまう。
「ん、どうしたの?」
「いや、なんでも……」
「……ん? へんなの」
いつも見ている木々が生い茂る丘と海と空が広がる景色。
そんないつも見ていた景色の手前に、今はふわりと髪をなびかせ笑う彼女がいる。
その光景を見て、理由は分からないけれど胸がぎゅっと高鳴った。
「何だろう、この感覚……」
誰にも聞こえない声で、ぼそりと呟く。
退屈していた私の前に現れた彼女は、きっと今まで見ていた私の景色を別のものへと塗り替えていくだろう。
それが退屈をしていた私にとって、求めていた変化なのか、あるいは求めていなかった変化なのか。
今の段階では、まだ分からない。
手前には緑色の木々が生い茂り、その向こう側に見えるのは青い海に青い空。
この景色そのものがまるで芸術作品のようで、写真に撮って額縁に飾ればそれだけで結構な値段で売れてしまいそうだ。
でも人の感性というのは悲しいもの。
最初は外の景色を眺めるだけでうっとりとしていたのに、一年も同じ景色を見続けると次第に何も感じなくなっていく。
今の私には、目に優しそうな景色だな、くらいの感想しか出てこない。
「ほーらみなさん、席についてー」
先生の透き通る声が教室内に響き、生徒達が慌てて席に戻る。
ずっと席に着席していた私は視線を窓の向こうから教卓の方へと移した。
「今日からみなさんは一つ上の学年になりましたが、我が校は1学年1クラスしかいないのでクラス替えとかありません。担任も昨年度と変わらず私が努めます。去年と同じ顔ぶれですね!」
教室内に朗らかな空気が流れ、私もそれに合わせて心にもない笑みをこぼす。
変わらない。
窓の向こうに見える景色も、教室の景色も、何も変わらない。
私がこの全寮制の女子校に入学したのはちょうど一年前のこと。
入学前の私は家族と仲が悪かったり、友達と仲違いをしたり、とにかく今とは全く違う環境に逃げたいという気持ちが強かった。
だからこそ、人里離れた場所にある全寮制の学校に憧れを持ったのかもしれない。
まるで現世とは違う時間の流れで動いているような異世界感、とでも言えばいいのだろうか。
私はそういうのに憧れていた。
周囲には学校の設備以外には何もない、緑生い茂るこの学校の校門を初めて跨いだとき、私はこれから始まる新しい人生に意気揚々としていた。
だけど私の胸の奥で輝いていたきらめきは、少しづつ光を失っていく。
全校生徒が少ないため気づけばいつも同じ友達と話をしていて、女子校であるため色恋沙汰の話もない。
いつもと同じように授業を受けて、いつもと同じ景色を眺め、いつもと同じ友達と会話をして、また明日も同じような日々が続いていく。
そんな日常が嫌いなわけじゃない。
ただ、私は退屈していた。
何かこの退屈な日常をぶっ壊してくれるような何かが起きてくれないだろうか。
そんなことを、私は常々思っていた。
彼女がやってきたのは、そんなときだった。
「クラス替えはありませんが…………なんと、ビックニュースです! このクラスに転校生が来てくれました! どうぞー、入ってきてー」
ガラガラと、立て付けの悪いドアが音を立てながら開かれた。
「えっ」「あっ……」
無意識に漏れた誰かの声があちこちから聞こえた。
室内がざわつく。
その転校生はまるでレッドカーペットの上を歩いているかのように美しい歩き方で教卓の横までやってくると、左足を軸に90度回転して私たちの方に視線を向ける。
スラリとした背筋に、整った顔立ち。
ふわりとしたショートカットには金色のメッシュが入っていて、その髪型を整えるのにどれだけの時間がかかるのか、私には想像もできない。
――綺麗
彼女の姿を見て、最初に浮かんだ言葉がそれだった。
「初めまして、金井悠香です。これからよろしくお願いします」
その転校生は自信に溢れた声で挨拶し、深々と頭を下げる。
ほどなくして頭をあげると、今度は私たちに向けてフッと優しい笑みを浮かべた。
その所作の一つ一つが美しくて、自然とクラス内から拍手が上がっていた。
彼女が自分の瞳に映ってからわずか10秒足らず。
その一瞬で、私たちはその転校生が自分たちとは全く違う環境で生きてきた人間なのだと理解した。
「それじゃあ、席は黒瀬さんの隣ね」
「へぁ!?」
転校生の容姿に見惚れていたせいか、急に自分の名前が呼ばれて変な声が出る。
こちらにやってくる転校生を見て、なぜか私の胸がドクドクと高鳴る。
緊張と、おそらくは警戒心。
全く文化の違う外国人が隣にやってきたような、そんな感覚だった。
転校生が私の隣の席に座った途端、彼女のつけている香水の香りが鼻を掠める。
それは人生で一度も嗅いだことのない匂い。
この香りを言葉として形容するのは難しいけれど、強いて言葉にするならば、甘さの奥に棘があるような、そんな危険な香りがした。
あくまで私のイメージなのだけれど。
「よろしくね」
転校生は席に座ると、私の顔を見て小声で囁く。
「うん、よろしく……」
「ポニーテール可愛いね、あとで触らせて」
「うん……ん……えっ?」
「私、女の子のポニーテール触るの好きなんだよねー」
頬杖を付きながら、転校生は目を細めて笑う。
彼女は…………もしかしてヤバイやつなんじゃないだろうか。
香水の匂いよろしく、危険の香りがした。
私はできるだけ彼女に関わらないようにしようと、強く心に決めたのだった。
「そうそう、金井さんは今日から黒瀬さんと寮でも同じ部屋になるから、黒瀬さんは金井さんに学校案内とかして色々と教えてあげてね」
「え、えぇッ!?」
「そうなんだって、私寮生活って初めてだからワクワクするな~」
「そ、そんな今日からだなんて急すぎ……ま……」
文句を言おうとして、口が途中で止まる。
彼女に視線を向けたその瞬間、一瞬思考が止まってしまう。
「ん、どうしたの?」
「いや、なんでも……」
「……ん? へんなの」
いつも見ている木々が生い茂る丘と海と空が広がる景色。
そんないつも見ていた景色の手前に、今はふわりと髪をなびかせ笑う彼女がいる。
その光景を見て、理由は分からないけれど胸がぎゅっと高鳴った。
「何だろう、この感覚……」
誰にも聞こえない声で、ぼそりと呟く。
退屈していた私の前に現れた彼女は、きっと今まで見ていた私の景色を別のものへと塗り替えていくだろう。
それが退屈をしていた私にとって、求めていた変化なのか、あるいは求めていなかった変化なのか。
今の段階では、まだ分からない。
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