3 / 3
二章
しおりを挟む
知的障害者を主に雇っている清掃業者の臨時社員として働き、五番街のとある公園のトイレ掃除を終えたのは、午後二時過ぎだった。トイレ掃除だけでもかなりの体力を使うのだが、それ以外にも知的障害者の社員への指導が大変だったのか、トイレ掃除が終わった頃になると、志貴は幾分ふらついていた。
現在、志貴の目には、街がモノクロになったりカラーになったり、まるで蛍光灯が点滅するかのように画質が切り替わっている。これは決して疲れているからではなく、以前からそうであり、それはまるで映画のワンシーンかのような映像で、街の景色を普段から見ていた。
志貴は次の依頼の待ち合わせ場所へと向かっていた。楊の店の花籠は六番街との境にあるチャイナタウンで営業している。
楊とは一年前、ある依頼をきっかけで知り合うこととなる。そのときの依頼というのは、半グレから店をただで明け渡せと脅されていたことだった。もし明け渡さなければ、みかじめを毎月払い続けろとも言われていた。普通であれば警察に相談すれば解決する問題であるが、そう出来ない事情があった。
楊はわけありで困っている不法就労者を店で雇っていた。それ以外にも、他の店に紹介したりなど働き口を見つける手伝いなどもしていたが、それを従業員として潜入していた半グレの一味にバレてしまう。ただで明け渡すわけにもいかず、みかじめ料は正直言って毎月払える金額とはいえない。それでほとほと困っていたところ、偶然志貴の事務所のことを知り、事情を説明して助けを求めた。
そこで事情を理解した志貴は、半グレグループを徹底的に調べ上げ、麻薬取引があることを突き止める。取引日時と場所を匿名で警察に知らせたのち、半グレグループの大半が逮捕され、半グレグループは壊滅する。逮捕されていない元半グレメンバー全員の所在も突き止め、気づかれないよう尾行を重ね、犯罪行為の証拠を入手し、再度匿名で情報提供を済ませ、半グレメンバー全員の逮捕が完了する。
その後、志貴は楊の店で働いている不法就労者と面談をして、人に危害を加えるような犯罪者がいないかどうかひとりずつ確認していくと、弁護士を探して、正式な形で働けるように手続きを手伝っていった。
このとき本来なら弁護士のものも合わせると、とてもじゃないが、楊に払える依頼料ではなかった。そこでこのときの報酬は、半年ほどタダ飯を食わせてもらうこととなった。毎日どんなメニューでもタダだと、さすがに楊の店も厳しい状況になるが、そんなことはせず、志貴はたまに顔を出してご馳走してもらう形を取った。このときに助けてくれた弁護士も、どうやら志貴と同じような形で報酬として、たまに店に立ち寄り、昼飯などをご馳走してもらっていたようだ。
志貴はお昼休みに公園内で弁当をもらって昼飯を済ませていたのだが、午後の依頼の待ち合わせ場所を思い出すと、急に腹が減ってきた。
依頼の話が終わったら花籠で晩飯にしようと、口腔内で唾液が溢れ出てくるのを感じながら、どんな料理を食べようか考えていく。花籠はこじんまりとした店だが、中国各地方の料理に精通していて、客に料理を提供する。何の料理を食べようかいろいろ迷っていた。炒飯、水餃子、麻婆豆腐、小籠包など、美味しい料理を食べるところを想像しながら歩いていると、もう三時近く。志貴の視線の先には、六番街の境であるチャイナタウンの姿があった。
チャイナタウンはどこかアングラな空気に包まれていた。事務所近くの周辺と同じく薄汚い建物が並んでいる。中国本土と変わらず簡体字や繁体字が並び、どの道を通っても煙草を吸っている人ばかりだ。赤色に緑の文字が入っている看板や、灰色がかかった本来白い壁とのコントラストが、紫煙と混じり合い、ハードボイルドな空気を醸し出す。
志貴は時間を確認すると、午後三時。待ち合わせにはまだ時間がある。志貴は歩調を速めると、今度は市場があるところへ向かった。
市場ではいろんな言葉が飛び交っていた。北京語や上海語、広東語などの中国の各方言や韓国語など、アジアを中心としたあらゆる言語が同時に飛び交い、小さな子どもから老人まで幅広い年代の人たちが商いをしている。また他の外国人の姿も多く、志貴は二メートル近いスキンヘッドのロシア人らしき男性とぶつかり、大きくよろめいてしまった。相手はボソッと何かを呟いたが、志貴の顔を見ることなく、そのまま人混みの中へと消えていった。志貴はいつものことのように、不満な様子を一切見せず、市場の野菜売り場に目をやった。
このところ、志貴は自分で料理をすることがなくなっていた。依頼先で今日のように弁当を余分にもらうことが多く、自分で何かを作る必要がなくなっていたのだ。元々料理は得意な方で、以前沙代にも振る舞ったことがある。志貴も久しぶりに何か料理が作りたくなり、良い食材がないか探していた。トマト、カボチャ、スイカなど、季節に関係なく、いろんな野菜が並んでいる。野菜以外にも香辛料なども見ていたのだが、ぼろぼろの薄汚れた服を着た十歳にも満たない少年に、木彫りで出来た古代中国の武将の人形を買わないかとしつこく声をかけられたので、逃げるように市場から外へと抜け出した。
この市場で商いをしている者は必死だ。ちゃんと商売をしている者もいるが、相手を騙して少しでも儲けようと考えている奴もいる。ここで売られているブランド品が偽物であることを、志貴は知っている。ある程度知識がある人間なら当然分かることだが、偽物を買う人間は少なくない。カモが引っかかってるのを見ると、また引っかかってるよと心の中で呟いてしまう。ちゃんとした店で買いなよと思っても、声をかけて忠告するなんてしない。だって、それはその人個人の責任なのだから。
市場の喧騒とした空間から外へと出ると、また殺伐とした光景へと逆戻りだ。市場のすぐ近くなのに、凄く静かだ。たまたま通りかかったところで自動販売機を見つけると、ブラックの缶コーヒーを買った。そして、苦くて黒い液体を、口の中に流し込んだ。志貴はコーヒーを飲んでいると、どこか心が落ち着く感じがした。
しかし、突然志貴の背中に緊張が走る。背後から何者かが近づいてくるのを、一秒単位で感じ取る。
この辺りは場所によって、治安が悪かったりする。不良やいろんな外国人がこの辺りに流れてきてるのもあり、カツアゲがあったり、最悪死体が転がってたりすることもある。監視カメラの数を増やして対策などするものの。こういったいざこざは定期的に起こる。そして、次は自分の番なのかもしれないのだ。だからこそ、ここで暮らす誰もが隠れた殺気を持ち合わせている。
何者かが近づいてきても、志貴は気づかないふりをする。襲いかかってくる敵を油断させるには、この方法が一番だ。プロならこんなところで無駄な殺しはしない。それに相手が単なる不良程度なら、銃を所持している確率も少ないだろう。また所持していたとしても、銃の扱いに慣れてる者はごく稀だ。闘争心を隠しつつ、相手の隙を突けば、自分の身を守ることは志貴にとって充分可能だ。
相手の歩み寄る速度は依然と変わらない。そのことは志貴にも伝わっていた。そして、相手と自分との距離が一メートル未満になった瞬間、自分の肩に手が触れた感覚を感じ取る。そっと優しく肩を叩く感覚が。振り返ると志貴のよく知ってる顔がそこにはあった。
伏見宏壱。志貴とは同い年で高校の同級生。大学在学中に国家公務員試験に合格後、研修や別の地域での勤務を経て、現在カグヤの刑事課に所属している。
楊の依頼の件にも関わっていて、実のところ、匿名という形にしてもらう代わりに、志貴は彼に半グレの麻薬取引日時に関する情報を渡していた。
黒のミディアムヘアー、眼鏡を掛け地味なネクタイをしている姿は、いかにも公務員らしい。志貴より少し背が低く痩せている。寒い風が吹き付けるなか、久しぶりの再開にお互い笑みを浮かべる。
「やっぱり志貴か!久しぶり」
「よお~、エリートさん!こんなところで何やってんだい?」
「ちょっと仕事でな。それで今は昼休み取ってるとこ。おまえこそどうしてここに?」
「依頼人との待ち合わせがこの近くなんだ。待ち合わせにはまだ時間があるのだけど、ほら、前食べに行った中華料理屋あったでしょ。あそこで待ち合わせ」
「うん?あっ、何かそんなとこ食べに行ったような気もするな。でもさあ、わざわざ出向かなくても、事務所で良かったんじゃないのか?」
「依頼人の指定なんだ。それにうちの事務所を薦めてくれたのが、今から行く店の店主らしくてね。この人も元依頼人」
「てことは、探偵の仕事か。いつもの、え~と、なんだ、あの雑用いろいろ押し付けられるやつではないわけね。いつもの」
「雑用押し付けられるって何だよ。便利屋って言いたいんだろ。別にいつもじゃないよ。おれだって好きでこんな仕事してるわけじゃないんだから」
「そうか。それは悪い……え~と、ところでさあ、す、杉浦さんは元気にしてる?」
「杉浦さん?あっ、沙代ちゃんのこと?いつも冷たくあたってくるよ。棘のある言葉でズキッズキッとね」
「それはおまえの方だろ!少しは女の子に優しくしろよ。いつもおまえの方から揶揄ってるじゃないか」
「それはお互い様さ。だってこんな仕事してたらさあ、冗談言い合ってないとやっていけないんだもん。あっそうそう。沙代ちゃん、どうも恋愛に興味があるっぽいんだ。本人は否定してたけど、誰か紹介して欲しそうだった」
「マジ!へぇ~、杉浦さん、彼氏いないのか。てっきりいると思ってたんだけど」
「何か妙に食いついてきたね。沙代ちゃんのことが気になるの?」
「バカ!恥ずかしいことを訊くなよ。でも、おまえ本当に馬鹿だよな。あんな可愛い人がそばにいるのにさ」
「だったら、おれがもらっていいの?」
「彼氏を選ぶのは杉浦さんの自由だけど、おまえはダメ」
「クソっ、みんなしておれに冷たくあたりやがって。でもさあ、男には興味ないかもよ」
「……確かに。そのパターンもあるな」
「それだったら、おれたちは完全に対象外だよ」
「そんなことよりここ寒いな。もう四月だってのに、何だこの寒さは。あっそうそう、おれ今からお昼なんだけど、一緒にどう?」
「昼飯はもう食べたんだ。でも、小腹が空いてきたな」
「おれはそんなに腹が減ってないから、喫茶店とかどう?」
「別にいいよ」
「確かこの近くにあったな。じゃあ、行こうか」
宏壱に導かれながら、暖かい喫茶店へと向かうため、錆びついた細い道を歩いていく。飲食店と雑貨店が並ぶこの一帯を、黒のコート姿の二人組が歩いてる光景は、とても異様だった。明らかに日常生活に溶け込めそうなふたりであったが、このときばかりは、場所のせいもあって、危険な男たちのように見えてしまう。冷たい風が吹き付けるなか、目的地へと重たい足を運ぶ。
レンガ造りの外観の喫茶店が目に入ると、早速中に入り、奥の窓際の席に座った。煙草の煙が立ち込めるなか、志貴は外の様子を眺める。宏壱の方はチーズケーキを頬張りながら、そんな志貴の様子を見ていた。
「食べないのか?」
「いや……」
志貴は窓の外を眺めた途端、食欲が薄れていった。不思議なものだと、このとき志貴は思った。窓ガラス越しに外を眺めることが、過去の記憶を呼び覚まし、まるでモノクロフィルムを見ている感覚になってしまうのだから。
「でも、変わったな」
「何が?」
「おまえのことさ。高校の頃は冗談を言うようなタイプではなかっただろ。去年久しぶりに会ったときからここずっと、何だかすごく楽しそうにしてるなって思ってね」
「何かさあ~、俺が高校の頃、ずっと根暗だったように聞こえるんだけど……」
「そういうつもりで言ったわけじゃないさ。別におまえがボッチな寂しいやつだとは思わなかったし、どちらかというと、人気があった方だと思う。でも……」
「でも?」
「何かみんなと距離をおいてた気がする。後一歩踏み込まないみたいな。遠慮してたんじゃないか。自分が孤児だからって。そんなことだったら、別に気にしなくても良かったんだ」
「もう昔のことだ。忘れたよ」
「あまり昔のことを語りたがらないな。高校を卒業した後のことは特に」
「そうだな」
志貴がコーヒーに手をつけず、どことなく暗い表情になっていることに気づいて、宏壱は申し訳なさそうな表情になった。
「すまん。何だか辛気臭い話になってしまった」
「構わないさ。まあ、お互い大人になったんだし、こういう話になって当然だろ」
「そうか。じゃあ、別の話題に変えようか」
「伏見君が杉浦さんに惚れてるって話?」
「おいっ!その話を蒸し返すな」
「ハハハハっ!」
志貴の表情が明るくなり、宏壱も安心したようだ。ケーキを食べ終わると、小さなマグカップに入ったコーヒーを啜った。
「ケーキいらないから食べていいよ」
志貴はそう言うと、チーズケーキの乗った皿を宏壱の方に押した。再び外に顔を向けると、意外な人物の顔を目撃する。
通りには通行人の誰よりも大きい、セーラー服姿の人物が確認出来た。スミレだ。志貴は思わずむせてしまった。
「おい、大丈夫か?」
「ゴホッゴホッ、ああ大丈夫。待ち合わせの時間も近いし、そろそろ行くわ」
志貴はコーヒーを一気に飲み干すと、お互い手振りで別れを告げ、スミレに見つからないように周囲を確認しながら外に出た。
花籠に着いたのは一〇分前だった。この辺りも先程宏壱と出会った場所と同様、少し寂れている。白に赤文字で書かれた看板が目に入ると、早速中へと入った。
夕食にはまだ時間が早いため、お店の中は空いていた。まだ二十歳いってるかいってないかぐらいのポニーテールの女の子に、片言の日本語で「どこでもいいので、座ってください」と言われたので、志貴は楊を呼んでくれと頼んだ。一番奥の席に座ると、料理人らしい小太りな男がこちらに近づいてくるのが見えた。この辺りでは珍しく、人懐っこい表情をした人物だ。志貴は微笑みながら手を振った。
「やあ、楊さん。お久しぶり!元気にやってますか?」
「諫山さん、本当にお久しぶりです。あのとき、諫山さんには本当にお世話に……」
「何度も聞きましたよ、そのセリフ。もうだいぶ前のことじゃないですか。こっちもタダで飯をご馳走になりましたから、お互い助けられたんですよ」
「ハハハハッ!」
「あっそうそう、依頼人との待ち合わせがここなんですが、いいですか?」
「構いませんよ。では、どうぞごゆっくり」
楊はテーブルに熱い烏龍茶を注いだ茶碗を置くと、厨房の方へと戻っていった。志貴は烏龍茶に手をつけず、依頼人が来るのを待った。
待ち合わせ時間から二十分が過ぎた後、ようやく依頼人が姿を現した。店の扉が開く音が聞こえ、黒のスーツを着た中年の男の姿が目に入る。痩せ型で白髪混じりの髪を七三に分けている。男は奥の席に座っている志貴の姿に気がつくと、ゆっくりと近づいてきた。テーブルのそばまで来ると、微笑みながら志貴に右手を差し出した。
「あなたが諫山さんですか?」
「ええ」
「遅くなってすみません。ここに来る前に少しトラブルがありましたので、あっ申し遅れました。陳と申します」
「話は伺ってます。どうぞお座りください」
握手を交わし陳が座ると、志貴は手振りで茶を出すように店の従業員に言った。陳に熱い烏龍茶が行き渡ったのを見ると、すっかり冷えてしまった茶を一口啜った。
志貴は茶菓子でも用意しようか尋ねたが、陳は結構と答えた。陳の舌をあまり使わない滑らかな日本語の発音に、あまり外人らしくない印象を志貴は持った。
「早速ですが、依頼人の件についてお伺いしたいのですが」
「分かりました」
陳はポケットからスマホを取り出すと、テーブルの上に置き志貴の方へと近づけた。
スマホの画面には、青のチャイナドレスを着た女性が写っている。歳は二十代前半といったところか、黒のロングヘアーでかなりの美人だ。
「この女性。彼女を探して欲しいのです。名前は愛玲」
志貴は陳の顔を見た後、再び愛玲の写真に目を向けた。男なら誰もが目を向けてしまうほどの美貌を、この女性は持ち合わせている。女に飢えた男であれば尚更だ。
「彼女について詳しく説明してもらえますか。年齢とか身体的特徴とか」
「歳は二十歳。身長は一六〇後半ぐらいでしょうか」
志貴には愛玲が沙代より年下に見えなかった。自分たちよりも少し年上のような、そんな大人っぽさが写真から溢れていた。
「歳は二十歳。背は沙代ちゃんより少し背が高いぐらいか……あっそうそう、どうしてあなたが探しているのか、理由を教えてもらえないでしょうか。あなたとの関係や、その他もろもろも。後、あなたのフルネームや、身分証明に関する書類、後パスポートの確認を……」
「ハハハハッ!」
陳は高笑いをすると、何やら普通话らしい言葉でボソボソ呟いた。しわの寄った優しい顔が、突然悪人面へと変わり、志貴を嘲笑うかのような笑みを浮かべた。
「茶番はお終いにしましょうか、諫山さん。私はね、あなたに依頼をしてるわけじゃないんですよ。命令してるんです」
陳はそのように言うと、テーブルに置いたスマホを手に取り電話をかける。電話が繋がると志貴にスマホを渡した。耳に当てると志貴の知ってる人物の声が聞こえてきた。
「……志貴君?」
「沙代ちゃんか⁉︎無事か?」
「うん、何とか。事務所に怖い人たちが入ってきて、別の場所に連れて行かれて、こんな状態。何が何やらさっぱりで、わたし……」
「大丈夫。落ち着いて。必ず迎えに行くから。約束の餃子も忘れずにね」
「うん、待ってる。だから、必ず助けに来てね。それと、志貴君も気をつけて……キャーッ!」
「沙代⁉︎沙代‼︎」
通話が途切れると、志貴は陳を睨んだ。従業員は全員厨房にいるみたいで、志貴たちの様子に気づいていない。
「今日がエープリルフールだからといって、冗談があまりにキツすぎる」
「冗談じゃないさ。おかしな動きを見せれば、あの女の命が消えるだけだ」
「おい、おまえ!」
陳と名乗っている男が立ち上がり、志貴の手からスマホを取り返す。そして、志貴のポケットからスマホを取り出すと、志貴の顔に向けた。
「ロックを解除しろ」
志貴は言う通りにスマホのロックを解除すると、陳は志貴の使っているアプリを調べて、その中に匿名性セキュリティーの高い通信アプリの存在を確認する。アプリを開き、ユーザーIDを確認すると、自身のスマホと合わせて連絡先を登録する。登録し終わると、陳は志貴にスマホを返した。
「出来る限り早く彼女を見つけてください。彼女がカグヤに来ていることは我々も掴んでいたのですが、そこから足取りが追えなくなりましてね。だからこそ、我々は探偵役が必要になったのです。期限は今日も合わせて三日としましょう。本当なら一刻も早く彼女を見つけて欲しいところですが、この期限は我々の誠意と思ってください。分かってると思いますが、もし警察に知らせでもしたら、そのときは……もし見つけましたら、先程アプリに連絡先を登録しておきましたので、そちらから連絡ください。後、逃げ出さないように監禁も忘れずに。では、期限まで忘れずに。それでは」
陳はそう言った後、ニヤリと笑い店を出た。店内は静まり返り、志貴は打ちひしがれた様子だった。厨房の方から楊が姿を現し声をかけた。
「もう終わったようですね。何か食べますか?」
「いや」
志貴は目の輝きを失ったまま、静かに店を出ていく。楊はそんな志貴を心配そうに見つめていた。
現在、志貴の目には、街がモノクロになったりカラーになったり、まるで蛍光灯が点滅するかのように画質が切り替わっている。これは決して疲れているからではなく、以前からそうであり、それはまるで映画のワンシーンかのような映像で、街の景色を普段から見ていた。
志貴は次の依頼の待ち合わせ場所へと向かっていた。楊の店の花籠は六番街との境にあるチャイナタウンで営業している。
楊とは一年前、ある依頼をきっかけで知り合うこととなる。そのときの依頼というのは、半グレから店をただで明け渡せと脅されていたことだった。もし明け渡さなければ、みかじめを毎月払い続けろとも言われていた。普通であれば警察に相談すれば解決する問題であるが、そう出来ない事情があった。
楊はわけありで困っている不法就労者を店で雇っていた。それ以外にも、他の店に紹介したりなど働き口を見つける手伝いなどもしていたが、それを従業員として潜入していた半グレの一味にバレてしまう。ただで明け渡すわけにもいかず、みかじめ料は正直言って毎月払える金額とはいえない。それでほとほと困っていたところ、偶然志貴の事務所のことを知り、事情を説明して助けを求めた。
そこで事情を理解した志貴は、半グレグループを徹底的に調べ上げ、麻薬取引があることを突き止める。取引日時と場所を匿名で警察に知らせたのち、半グレグループの大半が逮捕され、半グレグループは壊滅する。逮捕されていない元半グレメンバー全員の所在も突き止め、気づかれないよう尾行を重ね、犯罪行為の証拠を入手し、再度匿名で情報提供を済ませ、半グレメンバー全員の逮捕が完了する。
その後、志貴は楊の店で働いている不法就労者と面談をして、人に危害を加えるような犯罪者がいないかどうかひとりずつ確認していくと、弁護士を探して、正式な形で働けるように手続きを手伝っていった。
このとき本来なら弁護士のものも合わせると、とてもじゃないが、楊に払える依頼料ではなかった。そこでこのときの報酬は、半年ほどタダ飯を食わせてもらうこととなった。毎日どんなメニューでもタダだと、さすがに楊の店も厳しい状況になるが、そんなことはせず、志貴はたまに顔を出してご馳走してもらう形を取った。このときに助けてくれた弁護士も、どうやら志貴と同じような形で報酬として、たまに店に立ち寄り、昼飯などをご馳走してもらっていたようだ。
志貴はお昼休みに公園内で弁当をもらって昼飯を済ませていたのだが、午後の依頼の待ち合わせ場所を思い出すと、急に腹が減ってきた。
依頼の話が終わったら花籠で晩飯にしようと、口腔内で唾液が溢れ出てくるのを感じながら、どんな料理を食べようか考えていく。花籠はこじんまりとした店だが、中国各地方の料理に精通していて、客に料理を提供する。何の料理を食べようかいろいろ迷っていた。炒飯、水餃子、麻婆豆腐、小籠包など、美味しい料理を食べるところを想像しながら歩いていると、もう三時近く。志貴の視線の先には、六番街の境であるチャイナタウンの姿があった。
チャイナタウンはどこかアングラな空気に包まれていた。事務所近くの周辺と同じく薄汚い建物が並んでいる。中国本土と変わらず簡体字や繁体字が並び、どの道を通っても煙草を吸っている人ばかりだ。赤色に緑の文字が入っている看板や、灰色がかかった本来白い壁とのコントラストが、紫煙と混じり合い、ハードボイルドな空気を醸し出す。
志貴は時間を確認すると、午後三時。待ち合わせにはまだ時間がある。志貴は歩調を速めると、今度は市場があるところへ向かった。
市場ではいろんな言葉が飛び交っていた。北京語や上海語、広東語などの中国の各方言や韓国語など、アジアを中心としたあらゆる言語が同時に飛び交い、小さな子どもから老人まで幅広い年代の人たちが商いをしている。また他の外国人の姿も多く、志貴は二メートル近いスキンヘッドのロシア人らしき男性とぶつかり、大きくよろめいてしまった。相手はボソッと何かを呟いたが、志貴の顔を見ることなく、そのまま人混みの中へと消えていった。志貴はいつものことのように、不満な様子を一切見せず、市場の野菜売り場に目をやった。
このところ、志貴は自分で料理をすることがなくなっていた。依頼先で今日のように弁当を余分にもらうことが多く、自分で何かを作る必要がなくなっていたのだ。元々料理は得意な方で、以前沙代にも振る舞ったことがある。志貴も久しぶりに何か料理が作りたくなり、良い食材がないか探していた。トマト、カボチャ、スイカなど、季節に関係なく、いろんな野菜が並んでいる。野菜以外にも香辛料なども見ていたのだが、ぼろぼろの薄汚れた服を着た十歳にも満たない少年に、木彫りで出来た古代中国の武将の人形を買わないかとしつこく声をかけられたので、逃げるように市場から外へと抜け出した。
この市場で商いをしている者は必死だ。ちゃんと商売をしている者もいるが、相手を騙して少しでも儲けようと考えている奴もいる。ここで売られているブランド品が偽物であることを、志貴は知っている。ある程度知識がある人間なら当然分かることだが、偽物を買う人間は少なくない。カモが引っかかってるのを見ると、また引っかかってるよと心の中で呟いてしまう。ちゃんとした店で買いなよと思っても、声をかけて忠告するなんてしない。だって、それはその人個人の責任なのだから。
市場の喧騒とした空間から外へと出ると、また殺伐とした光景へと逆戻りだ。市場のすぐ近くなのに、凄く静かだ。たまたま通りかかったところで自動販売機を見つけると、ブラックの缶コーヒーを買った。そして、苦くて黒い液体を、口の中に流し込んだ。志貴はコーヒーを飲んでいると、どこか心が落ち着く感じがした。
しかし、突然志貴の背中に緊張が走る。背後から何者かが近づいてくるのを、一秒単位で感じ取る。
この辺りは場所によって、治安が悪かったりする。不良やいろんな外国人がこの辺りに流れてきてるのもあり、カツアゲがあったり、最悪死体が転がってたりすることもある。監視カメラの数を増やして対策などするものの。こういったいざこざは定期的に起こる。そして、次は自分の番なのかもしれないのだ。だからこそ、ここで暮らす誰もが隠れた殺気を持ち合わせている。
何者かが近づいてきても、志貴は気づかないふりをする。襲いかかってくる敵を油断させるには、この方法が一番だ。プロならこんなところで無駄な殺しはしない。それに相手が単なる不良程度なら、銃を所持している確率も少ないだろう。また所持していたとしても、銃の扱いに慣れてる者はごく稀だ。闘争心を隠しつつ、相手の隙を突けば、自分の身を守ることは志貴にとって充分可能だ。
相手の歩み寄る速度は依然と変わらない。そのことは志貴にも伝わっていた。そして、相手と自分との距離が一メートル未満になった瞬間、自分の肩に手が触れた感覚を感じ取る。そっと優しく肩を叩く感覚が。振り返ると志貴のよく知ってる顔がそこにはあった。
伏見宏壱。志貴とは同い年で高校の同級生。大学在学中に国家公務員試験に合格後、研修や別の地域での勤務を経て、現在カグヤの刑事課に所属している。
楊の依頼の件にも関わっていて、実のところ、匿名という形にしてもらう代わりに、志貴は彼に半グレの麻薬取引日時に関する情報を渡していた。
黒のミディアムヘアー、眼鏡を掛け地味なネクタイをしている姿は、いかにも公務員らしい。志貴より少し背が低く痩せている。寒い風が吹き付けるなか、久しぶりの再開にお互い笑みを浮かべる。
「やっぱり志貴か!久しぶり」
「よお~、エリートさん!こんなところで何やってんだい?」
「ちょっと仕事でな。それで今は昼休み取ってるとこ。おまえこそどうしてここに?」
「依頼人との待ち合わせがこの近くなんだ。待ち合わせにはまだ時間があるのだけど、ほら、前食べに行った中華料理屋あったでしょ。あそこで待ち合わせ」
「うん?あっ、何かそんなとこ食べに行ったような気もするな。でもさあ、わざわざ出向かなくても、事務所で良かったんじゃないのか?」
「依頼人の指定なんだ。それにうちの事務所を薦めてくれたのが、今から行く店の店主らしくてね。この人も元依頼人」
「てことは、探偵の仕事か。いつもの、え~と、なんだ、あの雑用いろいろ押し付けられるやつではないわけね。いつもの」
「雑用押し付けられるって何だよ。便利屋って言いたいんだろ。別にいつもじゃないよ。おれだって好きでこんな仕事してるわけじゃないんだから」
「そうか。それは悪い……え~と、ところでさあ、す、杉浦さんは元気にしてる?」
「杉浦さん?あっ、沙代ちゃんのこと?いつも冷たくあたってくるよ。棘のある言葉でズキッズキッとね」
「それはおまえの方だろ!少しは女の子に優しくしろよ。いつもおまえの方から揶揄ってるじゃないか」
「それはお互い様さ。だってこんな仕事してたらさあ、冗談言い合ってないとやっていけないんだもん。あっそうそう。沙代ちゃん、どうも恋愛に興味があるっぽいんだ。本人は否定してたけど、誰か紹介して欲しそうだった」
「マジ!へぇ~、杉浦さん、彼氏いないのか。てっきりいると思ってたんだけど」
「何か妙に食いついてきたね。沙代ちゃんのことが気になるの?」
「バカ!恥ずかしいことを訊くなよ。でも、おまえ本当に馬鹿だよな。あんな可愛い人がそばにいるのにさ」
「だったら、おれがもらっていいの?」
「彼氏を選ぶのは杉浦さんの自由だけど、おまえはダメ」
「クソっ、みんなしておれに冷たくあたりやがって。でもさあ、男には興味ないかもよ」
「……確かに。そのパターンもあるな」
「それだったら、おれたちは完全に対象外だよ」
「そんなことよりここ寒いな。もう四月だってのに、何だこの寒さは。あっそうそう、おれ今からお昼なんだけど、一緒にどう?」
「昼飯はもう食べたんだ。でも、小腹が空いてきたな」
「おれはそんなに腹が減ってないから、喫茶店とかどう?」
「別にいいよ」
「確かこの近くにあったな。じゃあ、行こうか」
宏壱に導かれながら、暖かい喫茶店へと向かうため、錆びついた細い道を歩いていく。飲食店と雑貨店が並ぶこの一帯を、黒のコート姿の二人組が歩いてる光景は、とても異様だった。明らかに日常生活に溶け込めそうなふたりであったが、このときばかりは、場所のせいもあって、危険な男たちのように見えてしまう。冷たい風が吹き付けるなか、目的地へと重たい足を運ぶ。
レンガ造りの外観の喫茶店が目に入ると、早速中に入り、奥の窓際の席に座った。煙草の煙が立ち込めるなか、志貴は外の様子を眺める。宏壱の方はチーズケーキを頬張りながら、そんな志貴の様子を見ていた。
「食べないのか?」
「いや……」
志貴は窓の外を眺めた途端、食欲が薄れていった。不思議なものだと、このとき志貴は思った。窓ガラス越しに外を眺めることが、過去の記憶を呼び覚まし、まるでモノクロフィルムを見ている感覚になってしまうのだから。
「でも、変わったな」
「何が?」
「おまえのことさ。高校の頃は冗談を言うようなタイプではなかっただろ。去年久しぶりに会ったときからここずっと、何だかすごく楽しそうにしてるなって思ってね」
「何かさあ~、俺が高校の頃、ずっと根暗だったように聞こえるんだけど……」
「そういうつもりで言ったわけじゃないさ。別におまえがボッチな寂しいやつだとは思わなかったし、どちらかというと、人気があった方だと思う。でも……」
「でも?」
「何かみんなと距離をおいてた気がする。後一歩踏み込まないみたいな。遠慮してたんじゃないか。自分が孤児だからって。そんなことだったら、別に気にしなくても良かったんだ」
「もう昔のことだ。忘れたよ」
「あまり昔のことを語りたがらないな。高校を卒業した後のことは特に」
「そうだな」
志貴がコーヒーに手をつけず、どことなく暗い表情になっていることに気づいて、宏壱は申し訳なさそうな表情になった。
「すまん。何だか辛気臭い話になってしまった」
「構わないさ。まあ、お互い大人になったんだし、こういう話になって当然だろ」
「そうか。じゃあ、別の話題に変えようか」
「伏見君が杉浦さんに惚れてるって話?」
「おいっ!その話を蒸し返すな」
「ハハハハっ!」
志貴の表情が明るくなり、宏壱も安心したようだ。ケーキを食べ終わると、小さなマグカップに入ったコーヒーを啜った。
「ケーキいらないから食べていいよ」
志貴はそう言うと、チーズケーキの乗った皿を宏壱の方に押した。再び外に顔を向けると、意外な人物の顔を目撃する。
通りには通行人の誰よりも大きい、セーラー服姿の人物が確認出来た。スミレだ。志貴は思わずむせてしまった。
「おい、大丈夫か?」
「ゴホッゴホッ、ああ大丈夫。待ち合わせの時間も近いし、そろそろ行くわ」
志貴はコーヒーを一気に飲み干すと、お互い手振りで別れを告げ、スミレに見つからないように周囲を確認しながら外に出た。
花籠に着いたのは一〇分前だった。この辺りも先程宏壱と出会った場所と同様、少し寂れている。白に赤文字で書かれた看板が目に入ると、早速中へと入った。
夕食にはまだ時間が早いため、お店の中は空いていた。まだ二十歳いってるかいってないかぐらいのポニーテールの女の子に、片言の日本語で「どこでもいいので、座ってください」と言われたので、志貴は楊を呼んでくれと頼んだ。一番奥の席に座ると、料理人らしい小太りな男がこちらに近づいてくるのが見えた。この辺りでは珍しく、人懐っこい表情をした人物だ。志貴は微笑みながら手を振った。
「やあ、楊さん。お久しぶり!元気にやってますか?」
「諫山さん、本当にお久しぶりです。あのとき、諫山さんには本当にお世話に……」
「何度も聞きましたよ、そのセリフ。もうだいぶ前のことじゃないですか。こっちもタダで飯をご馳走になりましたから、お互い助けられたんですよ」
「ハハハハッ!」
「あっそうそう、依頼人との待ち合わせがここなんですが、いいですか?」
「構いませんよ。では、どうぞごゆっくり」
楊はテーブルに熱い烏龍茶を注いだ茶碗を置くと、厨房の方へと戻っていった。志貴は烏龍茶に手をつけず、依頼人が来るのを待った。
待ち合わせ時間から二十分が過ぎた後、ようやく依頼人が姿を現した。店の扉が開く音が聞こえ、黒のスーツを着た中年の男の姿が目に入る。痩せ型で白髪混じりの髪を七三に分けている。男は奥の席に座っている志貴の姿に気がつくと、ゆっくりと近づいてきた。テーブルのそばまで来ると、微笑みながら志貴に右手を差し出した。
「あなたが諫山さんですか?」
「ええ」
「遅くなってすみません。ここに来る前に少しトラブルがありましたので、あっ申し遅れました。陳と申します」
「話は伺ってます。どうぞお座りください」
握手を交わし陳が座ると、志貴は手振りで茶を出すように店の従業員に言った。陳に熱い烏龍茶が行き渡ったのを見ると、すっかり冷えてしまった茶を一口啜った。
志貴は茶菓子でも用意しようか尋ねたが、陳は結構と答えた。陳の舌をあまり使わない滑らかな日本語の発音に、あまり外人らしくない印象を志貴は持った。
「早速ですが、依頼人の件についてお伺いしたいのですが」
「分かりました」
陳はポケットからスマホを取り出すと、テーブルの上に置き志貴の方へと近づけた。
スマホの画面には、青のチャイナドレスを着た女性が写っている。歳は二十代前半といったところか、黒のロングヘアーでかなりの美人だ。
「この女性。彼女を探して欲しいのです。名前は愛玲」
志貴は陳の顔を見た後、再び愛玲の写真に目を向けた。男なら誰もが目を向けてしまうほどの美貌を、この女性は持ち合わせている。女に飢えた男であれば尚更だ。
「彼女について詳しく説明してもらえますか。年齢とか身体的特徴とか」
「歳は二十歳。身長は一六〇後半ぐらいでしょうか」
志貴には愛玲が沙代より年下に見えなかった。自分たちよりも少し年上のような、そんな大人っぽさが写真から溢れていた。
「歳は二十歳。背は沙代ちゃんより少し背が高いぐらいか……あっそうそう、どうしてあなたが探しているのか、理由を教えてもらえないでしょうか。あなたとの関係や、その他もろもろも。後、あなたのフルネームや、身分証明に関する書類、後パスポートの確認を……」
「ハハハハッ!」
陳は高笑いをすると、何やら普通话らしい言葉でボソボソ呟いた。しわの寄った優しい顔が、突然悪人面へと変わり、志貴を嘲笑うかのような笑みを浮かべた。
「茶番はお終いにしましょうか、諫山さん。私はね、あなたに依頼をしてるわけじゃないんですよ。命令してるんです」
陳はそのように言うと、テーブルに置いたスマホを手に取り電話をかける。電話が繋がると志貴にスマホを渡した。耳に当てると志貴の知ってる人物の声が聞こえてきた。
「……志貴君?」
「沙代ちゃんか⁉︎無事か?」
「うん、何とか。事務所に怖い人たちが入ってきて、別の場所に連れて行かれて、こんな状態。何が何やらさっぱりで、わたし……」
「大丈夫。落ち着いて。必ず迎えに行くから。約束の餃子も忘れずにね」
「うん、待ってる。だから、必ず助けに来てね。それと、志貴君も気をつけて……キャーッ!」
「沙代⁉︎沙代‼︎」
通話が途切れると、志貴は陳を睨んだ。従業員は全員厨房にいるみたいで、志貴たちの様子に気づいていない。
「今日がエープリルフールだからといって、冗談があまりにキツすぎる」
「冗談じゃないさ。おかしな動きを見せれば、あの女の命が消えるだけだ」
「おい、おまえ!」
陳と名乗っている男が立ち上がり、志貴の手からスマホを取り返す。そして、志貴のポケットからスマホを取り出すと、志貴の顔に向けた。
「ロックを解除しろ」
志貴は言う通りにスマホのロックを解除すると、陳は志貴の使っているアプリを調べて、その中に匿名性セキュリティーの高い通信アプリの存在を確認する。アプリを開き、ユーザーIDを確認すると、自身のスマホと合わせて連絡先を登録する。登録し終わると、陳は志貴にスマホを返した。
「出来る限り早く彼女を見つけてください。彼女がカグヤに来ていることは我々も掴んでいたのですが、そこから足取りが追えなくなりましてね。だからこそ、我々は探偵役が必要になったのです。期限は今日も合わせて三日としましょう。本当なら一刻も早く彼女を見つけて欲しいところですが、この期限は我々の誠意と思ってください。分かってると思いますが、もし警察に知らせでもしたら、そのときは……もし見つけましたら、先程アプリに連絡先を登録しておきましたので、そちらから連絡ください。後、逃げ出さないように監禁も忘れずに。では、期限まで忘れずに。それでは」
陳はそう言った後、ニヤリと笑い店を出た。店内は静まり返り、志貴は打ちひしがれた様子だった。厨房の方から楊が姿を現し声をかけた。
「もう終わったようですね。何か食べますか?」
「いや」
志貴は目の輝きを失ったまま、静かに店を出ていく。楊はそんな志貴を心配そうに見つめていた。
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
私の優しいお父さん
有箱
ミステリー
昔、何かがあって、目の見えなくなった私。そんな私を、お父さんは守ってくれる。
少し過保護だと思うこともあるけれど、全部、私の為なんだって。
昔、私に何があったんだろう。
お母さんは、どうしちゃったんだろう。
お父さんは教えてくれない。でも、それも私の為だって言う。
いつか、思い出す日が来るのかな。
思い出したら、私はどうなっちゃうのかな。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる