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エピローグ/後日談
44:お薬の量は守りましょう!④
しおりを挟む「媚薬、か」
「ええ、そう」
「…………。どういうことか、説明してくれるな?」
「……」
恥ずかしい。
もう本当に、自室に走って帰って鍵をかけて閉じこもってしまいたい。
でも嬉しい。抱きしめられて、この距離で見つめてもらえて。
相反するふたつの感情を入り混じらせながら、シアはただもじもじとしていた。
寝台の上に座ったエルナドの腕に横抱きに抱きしめられたままだ。ただじっとシアを見つめてくる、エルナドからじっと注がれ続ける瞳の力の強さに負けおずおずと目線を上げれば、すぐにその美しい黒瞳とかちあった。
予想していたよりも、優しい瞳だった。奥にある藍色の虹彩が星のようにまたたいている。
そう言えば寝衣姿のエルを見るのも久しぶりだわ、と思う。眠る前だからか、軽く右肩で束ねられている黒髪がさらりと落ちてシアに触れている。
いい匂いがする。安心する、愛しい彼の香りだ。
「あなたとずっと……あえなくて」
「……。一緒に寝ているだろう?」
「あなたは……っ、あなたにとってはそうかも、しれないけれど……! わたしにとっては、ただのなまごろしだわ……。その……えっちなおくすりをのんで、その、いろっぽくして、あなたにとつげきする、か……あなたもそのきになって、おそってくれないかなって……おもった、の」
言葉にだすと、とんでもない計画だわ、とシアは自分自身に呆れた。
怒られても当然だし呆れられても仕方ない、と思っていたけれど、エルナドの表情に呆れは見当たらなかった。
ただどこか、怒ったような、恥ずかしそうな、何とも言えない瞳で自分を見ている。
「エル?」
「……なんだ」
「おこった、わよね? ごめんなさい、かんがえが、たらな、くて……」
その言葉に首を振ると、エルナドはそっとシアを寝台に寝かせた。
本当に怒ってはいないようでシアはホッとするけれど、同時に忙しい彼に心配をかけてしまったことへの罪悪感がじくじくと湧いてきた。
「あのね、わかってる、わかってるのよ? あなたのいいたいこと……いつもみたいに、なんでこんなことをしたんだ、よくわからないことに、むやみにつっこんでいくなって、っていいたいんでしょう……?」
慌ててそう言えば、エルナドはフッとその瞳を細めた。
そしてシアの頬を、あやすようにそっと擦る。
「よくわかっているな」
「……でも……でもね、その……エルはずっと、おうめいで、あの、わがままなおうさまの、せいで、まどうぐのことばっかり……!! ……わたし、さみし、かったの……さみしかった」
思ったよりも小声になってしまったけれど、それでも伝えられた。
そのまま、シアは瞳を伏せて一息に告げる。
「……あ、あのね。べつにわたし、あの、ええと、あんな、ことしてるのみられちゃったけれど、あなたとエッチなことがしたいわけじゃないの、ほん、とうよ? ええと、したくないわけじゃなくて、むしろしたいのだけれど、ええと、そういうことじゃなくて……! ひとりで、したけれど、ぜんぜん、ちがう、そうじゃ、なくて、ちがって、いて」
息が上がる。それでも、伝えたかった。
熱い身体同様、心も熱く燃えている。
「エルが、エルがいてくれればよかったの、あなたがほしかっただけ……。わかっちゃった、の。ただ、ぎゅって、してくれるだけでいいの、そばにいて、あなたがほしいの……。それだけで、いい……おねがい……。エルの、こと、かんじたいの……さみしくて」
そう言って、そのままシアは腕を伸ばす。
そして、エルナドの身体をぐい、と引き寄せてその身体をだきしめた。
寝衣を通して伝わってくる、彼の鼓動。あたたかな体温と、しっかりとした体躯に無意識に頬を擦りつけてしまう。反省をするような言葉を吐きながら、それでも媚薬の残る身体は本能のままに彼の身体を求めてしまっていた。
初めて、出会った時。
あの時は知らなかった。彼にとって白が「嫌い」ではなく「憎む」べき相手だったこと。
あの静かな表情の下で、ひどく彼の心が荒れくるっていたことを。
自分に対してひどい扱いをしてもよかったのに、エルナドは、ずっといつでもシアを尊重してくれた。
ひとりの人間として、公明正大、常に冷静であるエルナドを、シアは尊敬し、愛している。
――何も知らずにいた、孤独で無知だったシアの全てを、救いあげてくれた彼を愛しているのだ。
今まさにこうして体温を分けてくれている事実に、ただただ嬉しさと、心配をかけた申し訳なさが募る。
忙しいエルにこんな心労をかけて、迷惑をかけるなんて、と素直に思う。情けなさがじくじくと心を責めるけれど、それ以上にエルにこうして心配されて、触れられている手のひらが嬉しくてたまらない自分はどうしようもない。
ひとしきり、じっとしていた。呼吸がようやく落ち着いてきたような気がする。
「ごめんなさい、……びっくり、させて。でも、うれしいの……あなたにめいわく、かけて……わたし、よろこんじゃってるの……ダメ、ね」
「……。ダメじゃない」
吐息が漏れる。大きな手のひらが頬を指でたどる。
いつも自分を愛し、慈しんでくれるこの手。うっとりと自分の手のひらをその上にあてれば、エルナドはもう片方の手のひらでシアの頬を包んだ。
「ごめんなさい……ほうって、おいて、だいじょうぶ、よ。みずでもあびれば、きっと、おさまる、から」
「シア」
あなたはゆっくりやすんで――そんな言葉を続けようとした瞬間、顔を寄せてきたエルナドの瞳の奥に「この先」を悟って、シアは静かに目を閉じた。
吐息が重なった。柔らかくて、優しくて、甘い。
一度離れて、また口づけられて、そしてゆっくりと離れた。
ああ、ずっと、こうされたかったのだ――という喜びが今、身体中にあふれていく。
「……すまない。ずっと我慢させてしまったんだな。私がこういう機微に疎いから、きみにこんなことをさせてしまった」
「エル……っ、える、ぅ……っ……ううん、わたし、わたしがいけないの」
気遣う言葉と口づけの暖かさに、また涙が頬をつたう。
「あなたがいそがしいの、わかっていたのに。ちゃんといえば、こんな、………ごめん、なさいっ、さみし、かったの……ごめん、なさい……」
「いや、すまなかった。私は寝ているシアを抱きしめられていたが、きみはそうではないものな」
「!」
「……それに、シアはいつも人に囲まれているから、てっきり私などいなくても楽しく過ごしているのかと思っていた」
「え?」
「使用人たちも、皆、きみを可愛がっているしな」
「……た、たしかに、みんなはだいすき、だけれど……あなたへのすきは、ちがうわ?」
「きみを欲しているのは私だけかと思っていたんだ」
「……エルだって、まどうぐの、ことばっかり……」
そんな風に思っていたなんて、と今度はシアが目を見開く番だった。
頬の涙をぬぐわれ、そろりと閉じている唇に舌が這わせられれば、ん、ぁ、と条件反射で口が開いた。瞬間、そのまま噛みつくように勢いよく口づけられて、シアはそのまま寝台に押し付けられるように手首を掴まれる。
「っふ、ぅ、ぅう……っ」
水音が脳内に響くように、エルナドの熱い舌が、シアの口腔を蹂躙するように荒々しく這いまわる。んぁ、あ、あ、と鼻にかかった声が出てしまい、かすかにエルナドが笑ったのがわかった。
誰に言ってもなかなか信じてもらえないけれど、夫はシアとふたりの時は存外によく笑う。目を細めたり、低く喉奥から出るその優しい笑みがシアは好きだった。
激しい口づけから、ゆっくりと唇が離れる。甘い吐息が顔にあたっていた。
エルナドの息もあがっている。もしかして、この口づけで媚薬がうつっちゃったのかしら……とぼんやり思った瞬間、自分の上に乗っているエルナドが薄く唇の端を上げて笑った。
「エル……?」
「……ここまで用意されておいて、さすがに何もしない、というわけにはいかないな」
「そうよ……そう、にきまってるじゃない……だって、こんなに、だいすき、なのに」
そう言ったシアに、エルナドはまた低く息を漏らして笑った。
「シアこそ、私がどれだけ我慢していたか知らないだろう」
「が、まん……? そう、なの?」
「そうだ」
つつ、とシアの首筋にあるほのかな赤い痕に指を置いて、エルナドは耳元で囁いた。
「こんな痕をつけるだけで我慢していた私を、褒めて欲しいくらいにはな」
「!」
さっきまでの穏やかな、シアの身体を心配して慌てていた姿は見る影もない。
じっとりと色香に濡れた声。少しかすれた低い声で囁くエルナドに、シアの背筋がぞくぞくとざわめく。
大きな手のひらがシアの身体に触れ、するりと寝衣が肩から落としていった。
熱い身体が、燃えている。
愛しい夫に身体を預けるように、シアは静かに瞳を閉じた。
(続)
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