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エピローグ/後日談
12.はじめてのお留守番(5)
しおりを挟むラグーノ王国、王都にある魔道具研究所。
そこの厳かな雰囲気の会議室には、魔道具開発を担う魔術師と、王城に務める役人たちが集まっていた。
白い壁面に魔道具で映された設計図と数値が、精緻な線で浮かび上がっている。
その前に立ち、説明を続ける男――エルナド・ニグラードの声に淀みはなかった。
黒の長髪はすっきりと後ろで束ねられ、研究者であることを示す白衣は凛々しい。だがその表情には、かすかに連日の研究と試作の疲労が滲んでいた。
「――以上が、第五機構の再設計案になります。稼働率は前回比で十二パーセント向上。魔力消費の効率も見直しました。陛下のご要望である『遠方の者に声を届ける』という機能を保持しつつ、消耗を最小限に抑えてあります。通常の魔力量保持者であれば、陛下想定の距離まで届く試算です」
「ふんふん……なるほどねぇ」
会議室の特等席ともいえる中央の席でにこやかに頷いているのは、この国の「絶対王」・ヴィンスフェルト。
虹色のその瞳は、キラキラと好奇心に瞬いている。
会議室の長机の上には、試作機のひとつ――『遠くに音を届ける魔道具』とその説明書となる書類が積まれていた。
「以上です。何か質問はございますか、陛下」
「今のところはないよ。さすがだねぇ、魔道具の申し子・ニグラード卿。完璧だよ」
「……恐れ入ります」
王に褒められても、エルナドの表情は一切くずれなかった。
この”褒め”のあとに続く「でも、さぁ」からの王の無茶振りは定番化している。
魔道具開発の職に就いて以来、エルナドはこのヴィンスフェルトの“無茶振り”にずっと付き合ってきた。
今さら言うな、最初から言えと、不敬ながら何度思ったことか。
ただこの優秀な王の投げてくる案は、突飛に見えて核心を突いていることが多く、無視できない程度に良案なことが多い。
そして結局、また試作品を作ることになるのだ。
エルナドが王都に来て、すでに三週間。
昼夜問わず研究に没頭し続け、さすがに部下たちも疲労困憊気味である。
次の「でもさぁ」が出れば、さすがに小言の一つや二つでもぶつけてやろうとは思っていた。
「……そうだねぇ。うーん、いったん休憩にしよっか!」
ぱちん、と気安い調子で王は手を叩く。
珍しい展開だ、と思いながら、一旦エルナドは深く息を吐きだした。
会議は一時中断。
食事をとろうにも、中途半端な時間で、エルナドは会議室に用意された自席で腕を組み目を伏せた。
シアは、元気にやっているだろうか。
王都に来てからというもの、こうした合間の時間に考えるは、常に屋敷のことばかりだった。
信頼のおける使用人たちも一緒だ。特に心配はしていないが、シアはああ見えて無鉄砲だし、最近はまともになったが常識の欠如からか、時々突拍子もない行動に出ることもある。
(――元気でいてくれれば、それでいいが)
そう自分に言い聞かせながら、数日前に出した一通の手紙が胸をよぎる。
私信のつもりが、結局、報告書のようになってしまったそれ。
伝えたいことが山ほどあって筆を取ったが、文字にしようとすると上手くいかない。どれもそれも書くほどのことではないのでは、とそう思ってしまい、結局淡々と現状を報告しただけになってしまったーー
「エルナドくーん! ねえねえ、ちょっとだけいい?」
ハッと顔を上げれば、ぶんぶんと手を振る貴賓席の王。
会議が始まる前に話しておきたいことでもあるのだろうか、と近寄って一礼する。ちょいちょい、と手招きされて一歩近寄れば、ワクワクする少年のような顔で、王は声を潜めてエルナドに囁いた。
「エルナドくん、ほんっとに変わったよねぇ。シアちゃんのおかげかな? 結婚生活、どう? 楽しい?」
「……。たのしい、ですが……?」
あまりの唐突な話題に、反射的に眉を寄せた。
何と答えていいかわからず歯切れの悪い言葉になる。
王の背後に立つ黒騎士の顔かたちは兜に隠れて見えないが、『王の無茶振りトークに付き合わされて可哀想に』という視線を投げかけているのが雰囲気でわかった。
エルナドの反応が面白いのか、座ったまま自分を見上げている王はニコニコしている。
「エルナドくんってさ、前はほんとに”ただ精密で強力な魔道具”をつくることしか考えてなかったでしょ。作ること自体しか考えてないっていうか、すごいものが作れればそれでいいだろ!って感じだったよねぇ。まぁ、それはそれですごいんだけどさ」
「……」
そこまでの自覚はないが、確かに自分は「魔道具」を道具としてはあまり考えていなかった、とは思う。
エルナド自身、魔力は潤沢な体質で、魔道具がないと生活に困るわけではない。
魔道具の権威ともいわれるニグラードの一族としてのプライドと、純粋に魔道具というものを開発することが好きなだけだろうと言われればそれはそうだった。
「でも今は、“それを使う誰か”を思って設計してる。今回の魔道具も、ちゃんと使うことを想定して作ってるんだなぁってわかるもんねぇ。優しくなったよ、うんうん、いい事だなぁってそれだけ伝えたくて」
「……。自覚はありませんが」
「そうなの? まぁでも、愛する人がいると男は変わるってホントだね。あーあ、いいなぁ。僕もお嫁さん欲しいなぁ」
そう言って笑う絶対王に、背後の黒騎士と思わず顔を見合わせる。
自分に王のような「未来視」はないが、この王の伴侶は大変だろうなと、それだけは確信できた。
■
結局会議は、王の無茶ともいえる提案をなんとか収める形で終了した。
会議室からいったん自室へと戻りながら、エルナドは考えを整理する。歩きながら考え事をするのは癖のようなものだった。
提案された無茶振りは、ふたつ。「小型化」と「消費魔力の軽減」。
前者に関しては、すでに案があった。分離するという案を、優秀な部下の一人が出してくれていた。
理にかなっている。だが、問題は後者だった。
現在の設計では消費魔力が大きすぎるんじゃないかなぁ、誰でも使えるようにして欲しいんだよね、とは王の言葉だ。
(魔力量が“少ない者”の感覚――使用者の視点、か。)
幼い頃から他人にも他社にも興味がなく、あらゆる物事に冷めた目線を向けていた。――たしかに、シアと暮らすようになってから、“誰か”を思うようになったかもしれない。
研究所の職員、部下たちにもどこか穏やかに接せられるようになった。
シアと結婚し、自分が変わったとはなんとなく思っていたが、どこがと言われると悩ましい。だが自分で考えているよりも、大きな変化があったのかもしれなかった。
研究所に用意された自室にて、いったん白衣を脱いで椅子に深く腰を下ろす。
仮眠をとってから、再び研究室に向かわなくては。
まだやるべきことは山ほどある。
ほう、と息を吐き、天井を見上げた。そこに、彼女の姿があるわけでもないのに――。
(……シアは、元気だろうか)
つい、いつも考えてしまう。
出立の時のあの泣きそうな顔を思い出すと胸が締め付けられるような心地がする。
だが、シアが意外と強かでしっかりしていることも、もう充分知っている。
自分の不在などすんなりと受け入れて、日常を謳歌しているかもしれない、と思えばそう思えてきた。
執事のヴィッセルに侍女のノルン、そして料理長のバルクハルトに薬師のルー。自分を「坊ちゃん」と呼び、幼い頃から可愛がってくれた四人が、自分と同じようにシアのことを非常に可愛がっているのをエルナドは知っている。
あの愛らしい笑顔で、今日も誰かと笑っているに違いない。
それでいい。
そう、思っていたけれど。
(……。ダメだな、私は)
額に手を当てる。
シアのことを思うと、「さみしがっていて欲しい」とはっきり思ってしまうのだ。
それが彼女の幸せでなくても。
自分はこんなに、狭量な男だっただろうか。
自分がいないことを、彼女に憂いていて欲しい。会いたいと恋しがって欲しい。
そんな、歪んだ思いが止まらない。
人としてどうなのだ、とは思う。だが人だからこそ、こう思うのだとも思う。
シアと結婚して、愛し合って、確かに自分は変わったのだろう。
自分の醜い本能めいた部分を突きつけられることが増えている。
こんなことを考えながらため息を吐くようになるとは、一年前の今頃は到底思っていなかった。
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