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エピローグ/後日談
11.はじめてのお留守番(4)*
しおりを挟むそんな日々の中、館に届いた王都からの一通の手紙。
封蝋に刻まれたのはニグラードの紋章。そして、見覚えのある整った筆跡。
「……エルからだわ!」
手紙を受け取ったシアは、無意識に顔をほころばせる。
ちょうど昼の休憩を取っていた時だったのもあり、急いでその封蝋を解いた。
思いがけない手紙に心が浮き立つ。そもそもエルナドから手紙をもらうなど初めてだ。
便箋の上には、彼らしい端整な筆致が整然と並んでいた。
文字間隔すら等間隔。きっちりとした文字に、ああ彼らしいわ、とシアの口元はつい弧を描く。
内容は、シアの健康を気遣う文面とニグラード邸の使用人たちを気づかう文面から始まっていた。
続いて現在の研究の進捗、王からの無茶苦茶な要求が淡々とつづられており、そして――大体完成の目途がついたため、あと一週間ほどで帰れると思う、という言葉で締めくくられていた。
無駄のない、完璧な報告書。
まるで、提出文書のようだわ、とシアは思う。
「書類みたい。ふふ、エルらしいわ、肝心のエルのことが仕事のことしか書いてないもの」
つい笑ってしまう。
隣にいるノルンを振り仰ぐと、ノルンはニコニコとしながら口を開いた。
「奥様。幼い頃から一緒にいますが、坊ちゃんが私信として手紙を書くなど初めてですよ。ふふ、それだけ奥様のことを心配なさっているのでしょうね」
「……っ、そ、そうなのね」
頬が熱くなる。
嬉しさと、少しの恥ずかしさとが胸の奥で交じり合った。
「ねえノルン。お返事、書いてもいいと思う? 邪魔にならないかしら?」
「むしろ、お返事を待っていると思いますよ。早く書いて差し上げてください」
「そう、かしら……?」
「そうですとも!」
夜。
ノルンの言葉に励ましを受けて、薄明りの灯る寝室でシアは机に向かって便箋を広げていた。
そっと手を伸ばしてペンを取る。けれど、最初の一文字からすでに迷ってしまっていた。
(元気か、って聞かれていたもの。わたしもみんなも元気よ、と答えるべきよね。さみしい、なんて書いたら困らせてしまうかしら? それにいきなり唐突にさみしい、なんて書くのはお手紙のマナーにも反するわ)
王都で頑張っているエルを安心させてあげたい、と思う。
でも、嘘は書きたくなかった。取り繕った言葉では、彼の心には届かないし届ける意味もない。
でももちろん、心配はかけたくない。それに立派に当主代行の仕事をしていることも知って欲しかった。ニグラード邸のことは任せて、と胸を張っていたい――でも。
(でも……でも、わたし、本当にさみしいんだもの)
ペン先が白い紙に触れたとたん、言葉がこぼれるように流れ出した。
「お元気ですか。わたしもニグラード邸のみんなも元気にしているわ。でもひとりで眠る夜は、やっぱり寂しいです」
寝返りをうっても、隣には誰もいない。髪を梳いてくれる手も、優しく抱きとめてくれる胸元も、ときどき触れる長い黒髪も……今は何もなくて、とてもさみしいの。あなたがいないここはとてもつめたくて――」
そこでペンが止まった。
頬を伝った一滴の涙に気づき、はっとする。
(……わたし、泣いてる……)
ずっと、気を張っていたのだ。
寂しさを押し隠して、館の女主人としてふるまおうと努めて。
でも、エルナドの文字を見て、手紙の言葉を見ただけで、張り詰めていたものがちぎれてしまった。
「……エル……、エル……会いたい……会いたいの……」
噛みしめるように名前を呼んで、肩を抱くように自分をぎゅっと抱きしめる。
(……でも、がんばらなきゃ)
手紙の最後に震える手でひと言だけ、しっかりと記した。
「あなたの手紙を見て、文字を見て、恋しくなってしまったの。甘えてごめんね、でもわたし、本当に頑張っているのよ。皆にも褒められちゃうくらいに。ちゃんといい子で待っています。元気でいてくださいね、身体に気を付けて。あなたをいつも、応援しているわ」
■
手紙に封をして、寝台に横になる。
ちょっとだけ迷ったけれど、今夜はもう我慢できなかった。
(エルの、におい)
自分の枕、その隣に置かれているエルナドの枕を手に取ると、シアはうつぶせになりそっと顔をうずめた。
微かな匂いに、胸が詰まる。
エルの匂いだ。優しくて、どこか落ち着くこの香り。
「エル……」
ぽつりと名を呼ぶ。
呼んだらもう、止められなかった。
好き、会いたい、抱きしめて、抱きしめられたい――ずっとこらえていた身体の奥に、ぽうっと火が灯るような熱がこみ上げてくる。
触れ合いたい、触れられたい。でも――彼はここにはいなくて。
「っ、んっ……」
(だめ……こんなの、はしたないわ)
夫の枕に顔を埋めて、その匂いで興奮して身体をまさぐるなんて。
本当に下品だと思う――でも。
(だって……触れたいんだもの。身体が勝手に――)
止められなかった。ガウンの形状の寝衣の合わせ目の隙間から、自分の手が入り込んでいく。
(エルは、どんなふうに身体に触れてくれていたかしら……)
そう思い出せば、熱く囁かれる低く甘い声が耳元で聞こえた。
『シア……かわいいな』
「ん……っ!」
ぞわりと声を思い出すだけで身体が跳ねる。
寝衣の合わせ目から手を入れて胸の頂をかすめるように指先で触れながら、シアは同時に自分の下腹部をそろりと撫で上げた。
秘部を触れるのはさすがに恥ずかしかった。じくじくと熱く滴る蜜をこぼしているのはわかっていたけれど、それに気づかないふりをして、シアはぎゅっと目を閉じる。
『シア……ほら、こんなにいやらしくなって』
「あぁっ、あっ、エル、の、せい、エルのせい、なんだからぁ……っ」
エルナドの声を思い出しながら、うつぶせたシアは枕に当てた鼻からいっぱいに香りを吸い込みながら、胸の頂を両手で摘まみ上げた。
指先で挟んで少し引っかくように――そして手のひらを使って胸を下から擦るようにして揉み上げれば、悪寒にもにた細やかな快楽が胸の先と胎奥からこみあげてくる。
触れてもいない股が、太ももをよじらせて水音を上げた。
あ、あ、と口から声があがる。止められない。優しい刺激から次第に強く。
だめだ、と思う。止めたいと思うけれど、顔を埋めた枕からの香りが、身体への欲望をとめてくれなかった。
目を閉じた暗い世界は、ひどく感覚が鋭敏になる。
『シア、気持ちいいのか? もっと、声を聴かせてくれ』
「や、やぁっ、やっ、あっ、エル……っ、エルの、エルの指、きもち、いいのっ」
『シアかわいい。身体もどんどん、かわいくなるな』
「あっ、い、いやっいやぁあっ」
胸を摘まむ指先に力がこもる。
指腹ですりすりと撫でるようにしただけで、簡単に身体は蜜をこぼして熱を上げていく。
布団の中で悶えるように身体が跳ねた。
はあ、と漏れた自分の吐息があまりにも恍惚としていて恥じるけれど、胸の突起はすでにしっかりと立ちあがって硬いしこりとなってシアの全身へと快楽を散らせていた。
そのまま、ぎちっと爪を立てれば快楽が胎の奥で弾けて脳裏に火花が散る。
「んんっ………っ、はぁ、あっあ………ぁああ、あっ!!!」
視界がまっしろになる。
その時間は長かったけれど、か細い声しか出なかった。
身体と内側は、昇りつめた快楽によってキュウ、とよじれ、胎奥が熱くうねっている。
挿れてもらえないさびしさを騒ぎ立てるように収縮するは膣奧。
はくはくと口がわななき、シアの荒い呼吸だけが部屋に響いていた。
「エル……」
瞳を開ける。興奮の涙でうるんだ視界。
達し終わって身体がゆっくりとなだめられていく中、こみ上げてきたのはむなしさだった。
一人で、勝手に人の枕に顔を埋めて、興奮して、こんなふうに感じてしまうなんて。
勝手に妄想して、彼の指だと思って身体をまさぐるだけで、こんなに蕩けてしまう浅ましい身体。
そんな自分がみじめで悲しくて、さもしくて。
なにより彼に会いたくて、ただ涙がこみあげてくる。
抱いてほしい。身体を、つなげて欲しい。
熱くて、気持ちがいい。でもそれだけじゃない。
傍にいて欲しい。
自分一人では、もう生きられなくなってしまったと実感する。
「…………っ」
一度溢れた涙は止まらなかった。幾筋にも伝う涙が、頬から布団へとこぼれていく。
頬をぬぐって唇をかみしめると、シアはエルナドの枕を抱きしめてそのまま顔を埋めた。
彼の胸に顔を埋めているような気持ちになる。
早く、会いたい。
切なさは、募るばかりだった。
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