【後日談有り】わたしを孕ませてください! ー白の令嬢は、黒の当主の掌で愛に堕ちるー

さわらにたの

文字の大きさ
56 / 94
エピローグ/後日談

10.はじめてのお留守番(3)

しおりを挟む
 エルナドが王都へと発ってから、数日。
 当主不在の広く静かなニグラード邸は、使用人たちのシアへの気遣いであふれていた。

「奥様、お一人では寂しいでしょう? 今朝も俺が構い倒しますからね!」
「もう、バルクったら」
 
 そう言って朝食の席でぐいぐいと料理を勧めてくるのは、料理長のバルクホルンだった。
 恰幅のいい厳つい風貌に反し、焼きたてのパンをどれにするか選ばせてくれるそのバスケットを持つ手つきは実に優しい。

「こっちのパンはリンゴ入り、こっちはナッツ。どちらも奥様のお好みに合わせましたよ! ほらほら、いい匂いでしょう?」
「ふふ、ありがとう。じゃあ、両方いただくわ」
「かしこまりました、美しく可憐で麗しい奥様。”奥様に食べていただけるなんて嬉しい!”とパンたちも言っておりますね」
「もう、バルクったら! どうしていちいちあなたはそうなのよ……。エルがいたら、はたかれてるわ」
「坊ちゃんにはたかれるのはご褒美ですからねぇ」

 呆れるシアの声に、バルクホルンは恭しく一礼する。
 “寂しさを紛らわすため”というよりは、彼の素なのだろうが、その明るさと優しさがありがたかった。





 日中は、書類に追われる時間が続いている。
 老執事・ヴィッセルの指導のもと、当主代行としての仕事を学びつつ、シアは実務に取り組んでいた。

「この書類は、館の薬草庫に関する申請ですね。保存棚の追加工事の件――」
「ええと、ルーからの書類なのね……。了解、これは承認印でいいのかしら」
「そうですね。ここと、ここに」

 一枚一枚の文書にきちんと目を通し、内容を理解し、必要に応じて追記や訂正も行う。
 判断を誤れば誰かの負担になる。だからこそ、手は抜けない。
 忙しいだろうに傍についていてくれるヴィッセルの指示で、シアはなんとか仕事をこなして覚えていった。

「いつもこんなに多いの? エルも大変ね」
「申し上げにくいのですが、これでもいつもの半分以下でございますね。今回本当に大事な決済は王都の坊ちゃんのところへ回しておりますので」
「は……半分? これで……?」
「ええ。ですがシア様のおかげで、屋敷は滞りなく回っております」

 あまりの膨大さに眩暈を覚えそうになる。いつもこれをこなしている夫の有能さをかみしめながら、自分にできることをやろう、とシアは意気込んだ
 
 そんなある日のこと。

「奥様は、非常に丁寧で努力家ですね」

 不意にヴィッセルにそう言われ、シアはきょとんと目を見開いた。
 そんなこと、初めて言われた。実家である白の家・ブランチェスカにいた頃は、教師も父親もシアの魔力や結果にだけ興味を払っていた。多い魔力量やスコアそのものを褒められたことはあったが、このように褒められたことは一切なかったから。

「そ、そう、なのかしら?」
「奥様の丁寧さは大きな強みです。それに発想が柔軟で素直。坊ちゃんに教えていた時以来ですな、ここまで教えがいのあるお方は」

 ヴィッセルの瞳の奥――肩眼鏡がきらりと瞬く。長年ニグラードを守り続けてきたであろう彼にここまで褒められ、シアの中には照れくさいやらむず痒いやら、色々な気持ちが沸き起こってきた。

「……ありがとう、ヴィッセル」

 自然と口元がほころぶ。
 以前の、結婚1年を記念した披露パーティー。
 他家の女性令嬢に「子供のよう」とあざけられ、こんな自分にエルの隣は似つかわしくないかしら、と少し落ち込んだ時もあったけれど。

「わたしね、もっとニグラードの女主人にふさわしくなりたいの。エルの役に立ちたいし、この家の役にも立ちたい。外見のことばかり気にしていたけれど、ふさわしさって、きっとそうじゃないのよね。気品、立ち振る舞い、それに志。誇れる家に、誇らしく立っていたいの」

 そう言ってヴィッセルを見上げると、老執事はなぜかニコニコと微笑んでいた。
 以前、エルナドをほめちぎっていたあの時のようなまなざし。まるでそう、孫を見るような。

「シア様は、すでにふさわしいお方です。世界一の奥方様ですよ」
「えっ……ヴィッセル、どうしたの? 何か変なものでも食べたの?」
「いたって健康ですよ、奥様。そしてきっと坊ちゃんもそう思っておられますから。自信をお持ちください」
「え、ええっ……。だと、いいのだけれど」
「“めろめろ”ですからな」
「め、めろ……めろ……? そ、そうかしら……?」

 頬を染めて首をかしげるシアに、ヴィッセルは優しい笑みを浮かべた。

「ええ、間違いありませんよ。坊ちゃんは奥様を見つめるとき、本当に穏やかで優しいお顔をなさいます。ご両親といらっしゃった、昔のように」
 
 その言葉に、シアは静かに微笑んだ。
 自分は彼の「家族」になれたのだろうか。そんな思いが胸の奥にこみ上げ、じんわりとあたたかな何かが満ちてくる。

 それはとても幸せなぬくもりだった。




 ■




 夜。
 シアは夫婦の寝室の寝台の上で、書庫から持ち込んだ本を読み漁っていた。
 いつかの日を思い出す。彼とまだ、「子作り」のための準備に明け暮れていた時のこと。
 あの時は、書庫の本が読めることがただただ嬉しくて、彼との準備のこともまだ全然わかっていなくて――。
 まだ一年しか経っていないのに、ここで過ごした日々があまりにも目まぐるしく、あの時のことが遠い昔のように思える。

 読みたい本、読まなければならない本はいくつもあった。
 “黒”の常識、歴史、魔道具や薬理学。
 ふと気がつくと、いつも夜更けだった。月が薄く雲間に浮かぶ頃、シアはランプの明かりを消して布団にくるまる。けれど、ひとりの寝台はさみしくて冷たく、どうしてもなかなか寝付けずにいた。

「……エル……」

 掠れた声が、毎日暗がりに溶けていく。

 いつもなら、自分のほんの小さな寝返りにも反応して、そっと伸ばされる大きな手があった。
 シアは、エルナドの手のひらが大好きだった。長い指、ほっそりとしているけれど確かに男らしさを感じるその角ばった手。あらぬ場所をまさぐりながら悪戯に伸びてくる時も、背や頬を撫で、ただ甘やかに優しく触れる時も、あの手はいつも雄弁に「愛している」と伝えてくれる。

(いつも、こうやって抱きしめてくれるのよね)

 ぎゅう、と両腕を自分で抱き、シアは身を縮ませる。
 さみしさに潰されないように日中は意図的に彼のことを考えないようにしていたけれど、それでも寝室で横になると思い出すのは優しい夫のことばかりだった。
 夢の淵からでも、エルナドの指先は迷わずシアの髪を梳き、頬に触れ、背を撫でてくれる。
 ぴたりと身体を寄せ合えば、長い黒髪がさらりと触れ、あたたかくて頼もしい胸が受け止めてくれるのだ。
 そこには、確かな安心と愛があった。

(……エルの腕の中って、どうしてあんなに安心できるのかしら)

 すっぽりと包まれて、心まで温かくなるあの感覚。
 思い出すたびに、胸の奥がきゅうっと締めつけられる。

「……だめね、わたし」

 ひとりごとを呟きながら、シアはうつぶせのまま枕に顔を埋め、ふと顔を起こした。
 行儀が悪いけれど、と思いながら掛布をくしゃくしゃにして抱きつくようにする。
 ひとりの時、どうやって自分は眠っていただろう。
 もう、思い出せないくらいに孤独な日々は遠くにあった。


(でもきっとエルは、わたしがいなくても大丈夫なのよね。ちゃんと自分の仕事をして、まっすぐ前を見て、努力して、成果を出している……)

 そんな彼を誇らしく思う気持ちと、取り残されたような心細さとが綯い交ぜになる。

(でも、わたしは――ううん、わたしも頑張るの)

 気丈に言い聞かせてみても、心の底の空白は埋まらなかった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

【完結】呪いを解いて欲しいとお願いしただけなのに、なぜか超絶美形の魔術師に溺愛されました!

藤原ライラ
恋愛
 ルイーゼ=アーベントロートはとある国の末の王女。複雑な呪いにかかっており、訳あって離宮で暮らしている。  ある日、彼女は不思議な夢を見る。それは、とても美しい男が女を抱いている夢だった。その夜、夢で見た通りの男はルイーゼの目の前に現れ、自分は魔術師のハーディだと名乗る。咄嗟に呪いを解いてと頼むルイーゼだったが、魔術師はタダでは願いを叶えてはくれない。当然のようにハーディは対価を要求してくるのだった。  解呪の過程でハーディに恋心を抱くルイーゼだったが、呪いが解けてしまえばもう彼に会うことはできないかもしれないと思い悩み……。 「君は、おれに、一体何をくれる?」  呪いを解く代わりにハーディが求める対価とは?  強情な王女とちょっと性悪な魔術師のお話。   ※ほぼ同じ内容で別タイトルのものをムーンライトノベルズにも掲載しています※

婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜

紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。 連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。

襲われていた美男子を助けたら溺愛されました

茜菫
恋愛
伯爵令嬢でありながら公爵家に仕える女騎士イライザの元に縁談が舞い込んだ。 相手は五十歳を越え、すでに二度の結婚歴があるラーゼル侯爵。 イライザの実家であるラチェット伯爵家はラーゼル侯爵に多額の借金があり、縁談を突っぱねることができなかった。 なんとか破談にしようと苦慮したイライザは結婚において重要視される純潔を捨てようと考えた。 相手をどうしようかと悩んでいたイライザは町中で言い争う男女に出くわす。 イライザが女性につきまとわれて危機に陥っていた男ミケルを助けると、どうやら彼に気に入られたようで…… 「僕……リズのこと、好きになっちゃったんだ」 「……は?」 ムーンライトノベルズにも投稿しています。

勘違い妻は騎士隊長に愛される。

更紗
恋愛
政略結婚後、退屈な毎日を送っていたレオノーラの前に現れた、旦那様の元カノ。 ああ なるほど、身分違いの恋で引き裂かれたから別れてくれと。よっしゃそんなら離婚して人生軌道修正いたしましょう!とばかりに勢い込んで旦那様に離縁を勧めてみたところ―― あれ?何か怒ってる? 私が一体何をした…っ!?なお話。 有り難い事に書籍化の運びとなりました。これもひとえに読んで下さった方々のお蔭です。本当に有難うございます。 ※本編完結後、脇役キャラの外伝を連載しています。本編自体は終わっているので、その都度完結表示になっております。ご了承下さい。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

一目惚れは、嘘でした?

谷川ざくろ
恋愛
代打で参加したお見合いで、「一目惚れです」とまさかのプロポーズをされた下級女官のシエラ・ハウエル。 相手は美しい公爵、アルフレッド・ベルーフィア。 疑わしく思いつつも、病気がちな弟の治療と領地への援助を提示され、婚約を結んだ。 一目惚れと言っていた通り溺愛されて相思相愛となり、幸せな結婚生活を送るシエラだったが、ある夜、夫となったアルフレッドの本音を聞いてしまう。 *ムーンライトノベルズ様でも投稿しています。

冷酷な王の過剰な純愛

魚谷
恋愛
ハイメイン王国の若き王、ジクムントを想いつつも、 離れた場所で生活をしている貴族の令嬢・マリア。 マリアはかつてジクムントの王子時代に仕えていたのだった。 そこへ王都から使者がやってくる。 使者はマリアに、再びジクムントの傍に仕えて欲しいと告げる。 王であるジクムントの心を癒やすことができるのはマリアしかいないのだと。 マリアは周囲からの薦めもあって、王都へ旅立つ。 ・エブリスタでも掲載中です ・18禁シーンについては「※」をつけます ・作家になろう、エブリスタで連載しております

処理中です...