【後日談有り】わたしを孕ませてください! ー白の令嬢は、黒の当主の掌で愛に堕ちるー

さわらにたの

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エピローグ/後日談

17. 時を越えて(1)

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エルナドに過去の女!? みたいな話ですが
ドロドロな話ではないです

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 ニグラード邸にある重厚な扉に守られた書庫には、今日も静かな灯りがともっていた。
 背の高い本棚に囲まれたその一角。シアはいつものひじ掛け椅子に腰を下ろし、一冊の本を膝に乗せている。
 任せられた仕事も終え、ひとり穏やかに過ごす時間は、この書庫に来るのがシアの日課だった。

 結婚してすぐのころからの通いなれた場所。
 最初はただ、制限されていない本が嬉しくて嬉しくて。
 エルナドの著書である魔道具の本、それに黒の魔術についての本を良く手にしていた。
 今となっては詩集や随筆、個人的に興味のある薬学の本。さらには王都の料理事情まで、意外と幅広いここの蔵書をシアは楽しむようになっている。

(ここにあるものは、全部エルの大事な本……なのよね)

 以前ノルンに言われた「旦那様はこちらの書庫の本を総て目を通しておられますので」という一言が蘇る。幼い頃から読んでいたとはいえ、どれだけ優秀なのだろうを目が回る心地がした。
 シアも読書家ではあるつもりだが、あの夫には追いつける気がしない。

「すごいわ……やっぱり」

 ぽつりとつぶやいた声は、誰にも聞かれることなく書庫に沈む。ふだんならノルンが供にいてくれることも多いのだけれど、今日は侍女たちの用事があるらしく不在だった。
 
(あと一冊くらい、読めるかしら)

 いつものように棚から気の向いた一冊を選ぶ。
 薬草学の本だろうか、少し古びた装丁に時間の重みを感じながらページをめくろうとした、そのとき。

 ひらり、と。ページの間から、乾いた紙が風もないのに落ちた。
 床にひとつ、静かに降りたその紙。
 何かのメモ書きだろうか、と何の気なしに拾ったシアは目を見開いた。
 
 流麗でどこか艶めいた筆跡。
 エルナドのものではない、そしてもちろん、シアでもない。
 薬草の書きつけの書類でみているルーのものでも、用事の言づけて目にしたことのあるノルンのものでもなかった。

 少しかすれたインク。古びた紙に書かれていた文字は。

『エル 愛しているわ。ずっと、ずっと』

(な、なに……これ……??? 恋文、かしら?? 恋文、よね??)

 顔から、すっと血の気が引いた。思わず紙を持つ手が震える。

 知らない筆跡が綴る、夫への愛。
 あまりにも強い「愛」の表現は、冗談ではなさそうだった。
 明確に、あなたを愛していると、それだけを語る言葉。


 頭が真っ白になる。
 シアは結婚してから今まで、エルナドから他の女性の話など聞いたことがなかった。
 誠実な人だし、女の影など一切なかったから。
 しかし出会う前、十近くも年上の当主様、と聞いて「きっと女性経験も豊富だろうから」なんて考えていた自分を思い出し、そうよね、と胸に手を当てる。

(そう……よね、いないわけ、ないわよね。だって男性の結婚適齢期をかんがえたって、何もなかったらおかしいわ。それに、エルだもの。あんなに格好いいんだもの。魔術師としても優秀で、若くして家を継いで、落ち着いていて、強くて……)

 夫を思い出しシアは熱くなる頬に手を当てた。
 惚れすぎている自覚はある。でも本当に、エルナドは格好いいのだ。  

(それに、最初の夜――あんなに手慣れていたんだもの……)

 わけもわからず服を脱いで抱き着いた自分に「まずは服を着なさい」と穏やかに言い放ち優しく諭してくれた彼の姿が思い出される。そしてその後の、蕩かされるようなめくるめく夜。
 自分の前に女性関係があったことなんて、わかっていたはずだった。
 むしろ、何もないほうがおかしいとも思う。
 けれど、それでも、「実際に何かあった」という現実が、こうして紙一枚で突きつけられるとは思わなかった。

(――恋人の、ひとりや、ふたりや、さんにんや、よにん……ごにん、ろくにん、はさすがに多いかしら?)

 混乱する脳裏をぐるぐると言葉が巡る。
 手にした紙をそれでも放せない。ああ、どうしてこの本を選んでしまったのだろう。
 今日書庫に来たのが、間違いだったんだわ、とシアの心は散り散りに乱れていた。
 そっとその紙だけを手にして、本を閉じて元の位置に戻す。

 気づけば足は、無意識に書庫を出ていた。
 廊下の灯りが眩しくて、少しだけ顔を伏せる。
 まだ誰にも見られていないはず――でも、それでも表情が戻らなかった。

『愛しているわ』

 心の奥にぬるりとした何かが居座る。
 かつての彼を想って書かれたであろう、その愛の言葉が、自分の中でどうしてこんなにも重く、痛く、苦しく響くのだろう。



 自室に戻ると、手にした紙を迷って自室の本の合間に挟む。
 そして行儀が悪いとはわかっていながら、服のまま、自室のベッドにもぐりこんだ。 
 普段は夫婦の寝室を使うせいか、柔らかで寝心地はいいけれど、どこか違う感触。

(何でもないこと、そう、なんでもない事よ。でも……なんだか、嫌)


 大好きな人の過去に、傷ついてしまう。
 愚かだと分かっていても、愛しているからこそ気になってしまう。
 嫉妬というより、不安という名の毒が、胸の奥にぽたりと落ちた気がした。


(……だってこの人が、まだ――まだ、おひとりだったら? もしかして、エルはその人と添い遂げたくて、それでも王命でわたしと結婚するために別れた、なんてことだって……ないとは言い切れないじゃない!)


 結局、脳内の妄想はどんどん膨れ上がっていく。
 シアは毛布の中で小さく身体を丸め、気づけばそのまま、浅い眠りに落ちていた。




(続)

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