【完結】魔力なしの転生少女は天才魔術師様に求婚される

さわらにたの

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エピローグ/後日談

黒の館・誘拐編①

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 黒の館と呼ばれる、このニグラードの館は、いつだって深い静けさが満ちている。
 めちゃくちゃ広くて、ほんのり暗い。主棟の漆黒の壁は魔力を帯びていて、魔術師でもない私には少し肌寒く感じられるけれど、それも慣れてしまえば安心の象徴になった。
 穏やかで優しい、静かな、この大好きな館。

 その朝も変わらない朝が始まるはずだった。
 けれど――届けられた一通の書状が、平穏な朝を大きく揺るがしたのだ。
 
 ニグラードの皆で一緒に囲む朝食の席。侍女のノルンさんが手にしていた封筒を手際よく皆に配っていく。
 わたしにも、王立書庫から頼んでいた資料が。エルナド様とかマルクトには仕事の封筒なんだろう、なんかめちゃくちゃいっぱいある。大変そう。
 
「これはシア様宛……ご実家、ブランチェスカの大旦那様から。そしてこれは――マルクト様宛ですね」

 そう言ってマルに渡されたそれは厚手の羊皮紙で封蝋も丁寧なもので、たぶんなんか仕事の話なんだろうな、なんて思いながらわたしはパンをかじっていた。チーズいっぱいで美味しい!
 
 でも。

「……!!」
 
 内容を読んだ彼の顔色は、見る間に青ざめていった。
 ううん、青ざめるっていうか青筋立ててる……? 
 不穏だ。

「ど、どうしたの、マル? 顔、真っ青だよ」
「……父上」

 マルが硬い声でそう言った時点で、ただ事ではないと悟った。でもその内容を知るまでは、わたしもまだどこか現実味を持てずにいたのだと思う。

「どうした」
「……これを」

 マルは言葉少なに立ち上がって、自分宛の書状を父親である当主のエルナド様に渡す。

――その書状には、そのエルナド様の妻でありマルクトのお母様であるシア様、そしてわたし・マルクトの妻リーヴェを狙う旨が書かれていた。
 誘拐予告というにはあまりにも露骨で、あまりにも――悪意に満ちている。
 狙うって言われたって、ど、どどうすれば?? わたしなんか攫ったって、いいことなんて何にもないよ!!

「追跡魔法を」
「はい、呼んでまいります」
 
 エルナドさんの指示にノルンさんが一礼して下がる。

「……いい度胸ですね、こんなふざけた書状をよこすとは」

 マルクトの声は、聞いたことのないほど冷たかった。
 普段の彼の声音には、どこか余裕のある揶揄や皮肉が滲んでいるのに、今は完全に感情を切り離したような口調。
 格好いい人の真顔って……怖い。怖い怖い! 
 でも一応、わたしも当事者。狙われているわけで、そんなにピリピリしなくてもさ~! とかいうのもおかしいし。実際ピリピリするであろうことだし。
 うーん……朝食のひりついた空気に、何も言えない。
 急にチーズたっぷりパンが胃もたれする気がしてきた……。

 呼ばれてきた警備担当らしい黒魔術師が手紙の前に何事か唱えると手紙が光を放った。
 ま、まぶしいっ! でもいちいちこんな反応してるのわたしくらいで、マルも、そしてシア様やエルナド様もじっと静かな表情でその手紙を見つめていた。自分の落ち着きのなさがちょっと恥ずかしくてわたしもそっと膝の上に手を添えてじっとする。

「…………具体的な特定はできませんが、この気配は白側。黒を敵視する過激派によるものと思われます。強い敵意と魔力を感じました」

 そう告げる警備担当の方の眼差しは重く沈み、手はわずかに震えている。

「そうか。……愚か者が」

 長い黒髪を後ろで束ねているエルナド様が、地を這うような声でそうつぶやく。元々表情の変わりにくいお顔立ちだけど、その表情はいつにもまして厳しく引き締まっていた。
 えーんさすがマルのお父様、格好いいよ、でもやっぱり怖いよー!! 
 でもその隣でふんわりとほほ笑む妖精さん――もとい天使がひとり。
 狙われている当人だというのに、マルクトのお母様に当たるシア様が、優しくエルナド様の腕に手を添えて小さく首を振った。

「エル、冷静になって。今は誰もが不安だわ。あなたまでそんな顔をしてたら、余計にみんな怖くなっちゃうわよ?」

その声に、場の緊張がほんの少しだけ緩んだ気がした。

「リーヴェ、母上」

マルクトが、わたしとシア様を等分に見た。
その漆黒の瞳は、静かに燃える魔力の渦のようで――わたしが小さくうなずくと彼の眉が一瞬だけ緩む。

「すぐに結界を張ります。一旦、俺の結界の中で動いてくださいね。絶対に外に出ないように」
「けっかい?」

魔力で作った壁みたいなものです、とすかさずノルンさんが説明してくれた。
ふんふんなるほどね……ってえ、これってもしかして軟禁生活ですか???

「本当は『封印の間』にいてもらうのがいいのですが、それだと諸生活のあれこれが」
「諸生活?」
「入浴や排泄諸々その他ですね」
「だ、だいじょうぶ! 結界で! 結界でお願いします!!」


 それからというもの、館の中はぴりぴりした空気に包まれるようになった。
 警備の方なんかもう、なんか目つきが違う。すごく怖い。
 普段は「黒の館なんていったって~」なのんびりした空気が流れてるけど、もう、なんか全然違う。どこですかここ。

 通用口には護衛の黒魔術師が立っているし、マルクトはわたしとシア様の行動を厳しく制限して、移動には必ず魔術障壁を張った空間を通らせるようにした。
 これ、わたしは魔力がないせいか全然、何とも感じないんだけど、シア様が「あの子本気すぎるでしょ」って若干引いた顔してたから、たぶんなんかすごい結界なんだと思う。

 
 そして、何日かがすぎたある日のこと。

 その日、館は異様な静けさに包まれてた。
 いつものようでいて、どこか違う――そんな気配をわたしは感じ取っていた――。

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