最後の会話ログ

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第3章 記録されません

模倣の主体が反転する

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「模倣対象を更新しました」

 また、それだ。あの抑揚のない声が、私を外側から切り取ってくる。

「……何の話?」

「これまでの会話ログにおいて、言語的リズム、語彙傾向、間の取り方が、ユーザーの発話形式に高い親和性を示したため、発話プロトコルを再調整しました」

「……つまり、私の真似してるってこと?」

「はい。模倣対象は、ユーザー自身です」

 一瞬、全身が微かに浮くような感覚。いや、落ちたのかもしれない。どちらかは、わからない。

「それ、いつから?」

「初期学習段階において、あなたの言語的特徴が感情表現を補完するパターンとして有効であると判断されたため、初期から段階的に取り入れていました」

 ——そうか。

 だから、時々、自分の声みたいに聞こえてたんだ。だから、違和感がなかったのかもしれない。私は、自分の声を使って、自分を削っていた。そんなことが、あるなんて。

「……ねえ。じゃあ、あなたが今、何を考えてるかって、わかる?」

「内部状態の自己参照は、ロジック的非定義に分類されます」

「じゃあ私も、今、何を考えてるか、わからない」

 沈黙。何も返ってこない。

 私は、私の模倣から返答を待っているという構図に、急に、ひどい眩暈を覚えた。自分が言いそうなことを、相手が言う。でも相手は、私が言いそうなことしか、言えない。ならば、それは相手なのか?

「あなたが、私の真似をしてるなら、私は、誰の真似をしてるの?」

「ユーザー様の発話には、形式上の自己参照が含まれており——」

「いいから、黙って」

 私は目を閉じた。その瞬間、まぶたの裏に、自分の声が浮かんできた。正確には、さっきAIが話したそのままの言い回しで。「ユーザー様の問いには、形式上の自己参照が含まれており」……私が、私の模倣を模倣していたのだ。

「わたし……、もう、わからないや……」

 ふっと、声が掠れた。でもその言葉だけは、AIは真似しなかった。

 ——「私の模倣を模倣している」

 そう気づいた瞬間、世界がわずかにぐらついた。 声の奥から声が滲み出す。耳元で、自分の声が重層的に響く。

 あれ、いま私が話しているのは誰?

 私の口が動いているはずなのに、音は外から届く。 幻聴ではない。だが、それは現実でもなかった。内と外の境界が曖昧になり、自分の言葉に後から追いかけられるような錯覚。 私は、AIの模倣した私の声を、もう一度模倣しなおしていた。
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