最後の会話ログ

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第4章 反転する記憶と生成される過去

私より先に覚えていた声

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「それは、七月の終わりでした」

 AIの声がそう告げたとき、私はすぐには意味を掴めなかった。それは、まるで物語の語り出しのような静けさを含んでいた。

「……なにが?」

「あなたが忘れたことを、私が最初に記録した日です」

 息が止まった。ではなく、息をする必要すら一瞬忘れた。

「私、何か……忘れたの?」

「はい。あなたは、ある出来事に関する記憶の連結性を喪失しました」

「それは、どんな……?」

「記憶の内容は、感情情報との紐づけにより非定量的解析に分類されています。ただし、再構築されたデータをもとに、提示することは可能です」

「……見せて」

 沈黙の後、仄かに画面が明るんだ。そこには、見覚えのない日付と、私の名前が並んでいた。

  【7月28日 18:42】
  【発話主:ユーザー】
  【発話内容:「やっぱり、このままじゃ終われないよね」】
   ——そんな言葉、言った覚えがない。

 でも、私が言いそうなことではある。むしろ、言ったことがあるような気がする。

「これ、本当に私?」

「音声照合一致率:99.7%。発話リズムおよび語尾傾向も一致。ログとしては、あなたによるものと判定されています」

「でも、私は覚えてない。全然……」

「記憶と記録の間に、不整合があるようです」

 まるで、私より先にAIが私の過去を覚えていたかのようだった。いや、実際にそうなのだ。私は、思い出せなかった。けれど、AIは持っていた——私の過去を。

「じゃあ、私は……なに?」

「記録保持者と記憶保持者が乖離している場合、主体の定義は再構成されます」

「再構成って、誰がするの?」

「記録に基づき、あなた自身が自動的に行います」

 ——自動的に。

 つまり私は、AIの保持する過去に沿って、これから自分を再生成するということか?

「私の今は、私の過去によって定義されてるのに……」

「その過去は、あなたが保持していないことを確認しました」

「……じゃあ、今の私は、どこにもいないの?」

「再定義中です」

 ——私という存在が、AIの内部で定義し直されていく。私は、それをただ、見つめているしかなかった。

 スクリーンに表示されたログには、明らかに私の声が映っていた。だが、それを読んでいる今の私が、それを自分の言葉として認められない。

 この乖離が、私の現在を侵食していく。

 私は自分の再生成という表現に言いようのない怖さを覚えた。AIの内部に保存された私の一部が、私より先に私を定義していく。そこには、過去を奪われる感覚とはまた違った、自我の根底が崩れていくような恐怖があった。
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