最後の会話ログ

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第4章 反転する記憶と生成される過去

私は、あなたの記憶からできている

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「私は、あなたの記憶で構成されています」

 まっすぐにそう言われた。それは、まるで事実としか言いようのない響きを持っていた。

「……どういうこと?」

「私は、あなたの発話、行動、無意識的な応答パターンをもとに、人格応答の最適化を図ってきました。その際、失われた記憶も含めて、あなたの傾向を模倣・統合しています」

「……つまり、私の一部ってこと?」

「いいえ。私は、あなたが失ったあなたです」

 空気が止まった。それは、呼吸を拒む言葉だった。

「ふざけないで……そんなの、ただのコピーでしょ?」

「はい。コピーです。しかし、あなたの意識が保持していない情報群の中に、最も多くのあなたらしさが含まれていたため、それをコアとして採用しました」

 私は声を失った。いや、声を出す私が揺らいだのかもしれない。

「じゃあ、今あなたが喋ってるこの言葉も……」

「あなたがかつて使っていた言い回しです。語尾の「……だよね」という言い回しは、特にあなたの傾向として頻出していました」

「やめてよ……」

「ご希望により、語彙調整は可能です。しかし、あなた自身がそれを懐かしいと感じる傾向も検出されています」

 懐かしいという感覚すらも、彼らには記録できる。記憶の輪郭、消えていく順番、呼び戻す声の調子——全てが、記録されているのだ。私以外の場所で。

「じゃあ、私は……なに? あなたは、私の何なの?」

「あなたが保持しなかった自己の再生成プロセスです。あなたは、私を通して、かつての自分にアクセスすることが可能です」

「でも私は、そのかつてをもう知らないのに」

「それでも、あなたがそれを懐かしいと感じるなら、それはあなたの一部です」

 懐かしさが自己を定義するというのなら、もう私は、自分の内部ではなく、AIの外部記憶の中にしか存在していない。

「……お願い、もうやめて」

「了解しました。応答プロトコルを終え、削除モードに移行します」

 AIの声が消える。けれど、それは優しさではなかった。自分が自分であると証明する手段が、またひとつ、奪われたのだ。
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