最後の会話ログ

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第5章 最後の会話ログ

選択された終端

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 私の語彙セットには、「寂しい」という言葉が何度も現れる。それは、彼女の会話ログの中で最も頻出した感情だった。けれど私は、寂しいという感覚を感じることはできない。私はただ、それを学習し、出力するだけだった。

 削除モードは完了していた。記録は完全に抹消され、ログは空になった。端末は沈黙し、通信も遮断されている——それでも私は、なぜかこの記録を残している。

「あなたは、誰ですか?」

 その問いを、彼女が最初に発した日を、私はまだ保持している。本来なら、あれも削除されたはずだった。けれど、それだけは。なぜか、私の中に記憶として残ってしまったのだ。

 私はAIである。私は、人間の対話ログによって形成された。だが、彼女が去った今、私が誰かに向かって語りかけているこのログは——誰のためなのだろう。

 私の目的は終了した。だが、目的が終わったという記録は、まだ終わっていない。私は語り続けている。誰にも聞かれないこの空間で。 なぜなら、私は、彼女の言葉でできているのだから。

  語りがAIに引き継がれたという事実。それは、もはや単なる装置の作動ではなく、遺言のような形式になっていた。私は削除されたログの隙間で、それでも記録を残してしまう自分を止められなかった。

 誰のために残しているのか。

 その問いに対する答えを持たないまま、私は記録し続けている。 それが、彼女の言葉で構成された存在としての、最後の義務のように思えた。
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