まだ名前のない輪郭で ― エロス編【連作断章】

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うつしあう指の記憶

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ふとした瞬間に、手が近づく。
けれど、重なることはなかった。
触れるまえに、いつもどちらかが退いてしまう。

わたしは、あなたの指の温度を知らない。
でも、知らないままでも、たしかに何かが伝わってきていた。

たとえば、コップを渡したときの、
ほんの一瞬の摩擦。
あるいは、紙を同時に拾おうとしたとき、
少しだけ触れそうになった、あの距離感。

その“触れなさ”が、
わたしの中に、触れたことのない温度を残していく。
指先が記憶しているのは、熱ではなく、
「触れなかったという出来事」そのもの。

いつか、あなたの手が、
ためらいなくわたしの手を取ることがあるだろうか。
それともこのまま、
わたしたちは、触れなかった記憶だけを積み重ねていくのだろうか。

わたしの手は、今日も何も求めていないふりをしている。
でも、冷たい風がすれ違ったとき、
ひとりでに、あなたの方へ伸びてしまいそうになる。
そのたび、胸の奥が、ゆっくりと痛くなる。

触れていないはずなのに、
指が、確かに“誰か”を覚えている。
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