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名前を呼ばなかった夜
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名前を呼ぼうとして、
わたしは、口を閉じた。
その音を発した瞬間に、
何かが壊れてしまう気がした。
彼がそこにいたかどうか、
ほんとうは、よく思い出せない。
でもその夜の空気には、
呼ばれていない誰かの気配が、たしかに残っていた。
呼ばなければ、
まだ“ここ”にいる気がした。
音にならなければ、
関係は終わらない気がした。
名前には、輪郭がある。
言葉にすると、
それは誰かになる。
それまで曖昧に混ざっていた空気が、
一瞬で境界を持ってしまう。
だから、呼ばなかった。
だから、呼ばれなかった。
その夜だけは、
わたしたちはおたがいを指さなかった。
沈黙は、やさしさではなかった。
でも、拒絶でもなかった。
ただ、音を持たないまま、
呼吸と呼吸の間に漂っていた。
わたしのなかにある「あなた」は、
まだ名前を持っていなかった。
それは、最後の防波堤だった。
ふたりの関係が崩れはじめたのは、
きっと、名前を呼ばなくなってからだった。
わたしは、口を閉じた。
その音を発した瞬間に、
何かが壊れてしまう気がした。
彼がそこにいたかどうか、
ほんとうは、よく思い出せない。
でもその夜の空気には、
呼ばれていない誰かの気配が、たしかに残っていた。
呼ばなければ、
まだ“ここ”にいる気がした。
音にならなければ、
関係は終わらない気がした。
名前には、輪郭がある。
言葉にすると、
それは誰かになる。
それまで曖昧に混ざっていた空気が、
一瞬で境界を持ってしまう。
だから、呼ばなかった。
だから、呼ばれなかった。
その夜だけは、
わたしたちはおたがいを指さなかった。
沈黙は、やさしさではなかった。
でも、拒絶でもなかった。
ただ、音を持たないまま、
呼吸と呼吸の間に漂っていた。
わたしのなかにある「あなた」は、
まだ名前を持っていなかった。
それは、最後の防波堤だった。
ふたりの関係が崩れはじめたのは、
きっと、名前を呼ばなくなってからだった。
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