あなたのいない未来で

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忘れたくなかった記憶で

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彼は、思い出せなくなっていた。
彼女が最後に笑ったときの表情。
ふたりで歩いた道の角度。
すれ違ったときの指先の距離。

記憶が、音もなく削れていく。
それでも彼は、そこに留まろうとする。
覚えていたいと願っていたことが、
ひとつずつ名前を失っていく。

思い出そうとするたびに、
彼女の輪郭がぼやけていく。
視界の端にあったあの髪の揺れさえも、
今は、風だったのかもしれないと疑ってしまう。

未来の彼には、
彼女の痕跡しか残っていない。
触れることも、確かめることもできない。
ただ、その“いなさ”だけが鮮やかに沈んでいる。

彼は、
あの日の午後に戻りたいと思っている。
戻って、彼女の横顔をもう一度見つめたい。

でも、記憶はいつも違う場所から始まり、
思っていた景色には辿りつかない。
気づけば、彼女がいない場所ばかりを
何度も繰り返し見ている。

それでも、
忘れたくなかった。

たとえそれが、
本当の記憶ではなかったとしても。

記憶であろうとすることで、
彼はまだ、彼女に触れていられる気がしていた。
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