知らないふりで、始まった

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私は、忘れないことにした

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あの夜のことを、私はまだ誰にも話していない。
彼にも、そして自分にも。

忘れたふりをすれば、きっとなかったことになる。
そう思っていた。

だけど、季節が変わっても、
空気の匂いは、あの夜のままだった。

彼のことを、もう見かけなくなって久しい。
声も、背中も、触れた感触も、
だんだんと輪郭を失っていった。

それでも。

私の中には、確かに何かが残っている。

あの夜、
私は声を出さなかった。

押し返さなかった。
でも、求めたわけでもなかった。

あれは、そういう時間だった。

それが良かったのか、悪かったのかは、今もわからない。
けれど、

私は、それを“忘れないことにした”。

忘れたふりをしたまま、歩いていくよりも、
覚えている痛みを抱えたほうが、
少しだけ、私の歩幅に合っている気がしたから。

それが、終わりだったのかもしれない。
でも、私にとっては、

“始まりの痕跡”として残る終わりだった。

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