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つらい記憶を忘れられない
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「本当にごめん。どんな決断でも受け入れる」
彼は浮気を認め、土下座をしています。
あとはわたしが、「婚約破棄しましょう」と言うだけで、この婚約は終わりを迎えます。
でも……涙が流れるばかりで言葉になりません。
浮気は絶対に許せないのに。
好きになって婚約した彼と離れるのがつらくて、浮気された記憶を消してしまいたいと思いました。
頭を叩けば記憶がなくなってくれるなら、わたしは喜んで叩くことでしょう。
でも、そんなことは起こりません。
浮気された記憶は残り続けます。
「わたし……きっとこのまま一生つらいよ」
思わず彼に言っていました。
もう充分に責めて、彼も謝っているのに。
「一生つらいのが変わらないなら、なんで婚約破棄しないといけないの?」
「……そばにいるともっとつらい思いをさせてしまう」
「同じだよ? 別れても減らない。それなら別れなくてもいいんじゃない? ……あっ」
不意に、わたしは思いつきました。
天啓を得たとはまさにこのことかもしれません。
「そうだよ、なかったことにしない?」
「え? 何を?」
「婚約! つらいことを忘れられないなら、あなたと婚約したことのほうを忘れればいいんだ」
わたしは自分の思いつきに興奮しました。
婚約を忘れる。
浮気されてつらいのは婚約したせいです。
だったら、婚約したことを「なかったこと」にすればいい。
「今からわたし忘れるから、もう婚約したことなんて絶対言わないでね」
「え、それは――」
「じゃあいくね、せーのっ」
はい、忘れました。
わたしは婚約などしていません。
誰と結婚の約束もしていない、ただのわたしです。
目のまえの男性に話しかけます。
「あ、こんにちは。わたしのうちでどうされたのですか? 業者のかた?」
「……」
「消防設備の点検かな。問題なしですか?」
「……本気で?」
本気で?
設備点検に何か重大な問題でもあったのでしょうか。
去年の点検では、たしか何も指摘されなかったはず。
火事なんかはめったに起こらないことですが、もしものときに備えておくのが大切です。
「問題があるのは報知器ですか? それともベランダの避難するほう? 費用は管理会社で持ってくれると思いますから、気になることは全部言ってくださいね?」
「えっと……」
「あっ、部屋が散らかってるのは見ないで。女の子のひとり暮らしって男の人が思ってるほどちゃんとしてないから。……って、そのお仕事されてるともう慣れっこかもしれませんね」
「……ええ、見慣れています」
男性は立ち上がり、
「点検は問題ありませんでした。すみません、きれいなかただなと思って見とれてしまいました」
「きゃっ、ナンパされちゃった。お兄さんもすてきですけど、きっとモテるんでしょう? わたし、大事にされたいから、モテるかたはちょっとな~」
「はは、そうですか。あ、ナンパしたこと、会社のほうに言わないでおいてくださいね。それでは」
「はーい、お疲れさまでした」
男性が玄関から出ていきました。
すてきな人だとは思いましたが、心のどこかに引っかかるものがあったので、さようならです。
涙まで出てきました。
きっと前世か何かで、ご縁があったのでしょうね。
彼は浮気を認め、土下座をしています。
あとはわたしが、「婚約破棄しましょう」と言うだけで、この婚約は終わりを迎えます。
でも……涙が流れるばかりで言葉になりません。
浮気は絶対に許せないのに。
好きになって婚約した彼と離れるのがつらくて、浮気された記憶を消してしまいたいと思いました。
頭を叩けば記憶がなくなってくれるなら、わたしは喜んで叩くことでしょう。
でも、そんなことは起こりません。
浮気された記憶は残り続けます。
「わたし……きっとこのまま一生つらいよ」
思わず彼に言っていました。
もう充分に責めて、彼も謝っているのに。
「一生つらいのが変わらないなら、なんで婚約破棄しないといけないの?」
「……そばにいるともっとつらい思いをさせてしまう」
「同じだよ? 別れても減らない。それなら別れなくてもいいんじゃない? ……あっ」
不意に、わたしは思いつきました。
天啓を得たとはまさにこのことかもしれません。
「そうだよ、なかったことにしない?」
「え? 何を?」
「婚約! つらいことを忘れられないなら、あなたと婚約したことのほうを忘れればいいんだ」
わたしは自分の思いつきに興奮しました。
婚約を忘れる。
浮気されてつらいのは婚約したせいです。
だったら、婚約したことを「なかったこと」にすればいい。
「今からわたし忘れるから、もう婚約したことなんて絶対言わないでね」
「え、それは――」
「じゃあいくね、せーのっ」
はい、忘れました。
わたしは婚約などしていません。
誰と結婚の約束もしていない、ただのわたしです。
目のまえの男性に話しかけます。
「あ、こんにちは。わたしのうちでどうされたのですか? 業者のかた?」
「……」
「消防設備の点検かな。問題なしですか?」
「……本気で?」
本気で?
設備点検に何か重大な問題でもあったのでしょうか。
去年の点検では、たしか何も指摘されなかったはず。
火事なんかはめったに起こらないことですが、もしものときに備えておくのが大切です。
「問題があるのは報知器ですか? それともベランダの避難するほう? 費用は管理会社で持ってくれると思いますから、気になることは全部言ってくださいね?」
「えっと……」
「あっ、部屋が散らかってるのは見ないで。女の子のひとり暮らしって男の人が思ってるほどちゃんとしてないから。……って、そのお仕事されてるともう慣れっこかもしれませんね」
「……ええ、見慣れています」
男性は立ち上がり、
「点検は問題ありませんでした。すみません、きれいなかただなと思って見とれてしまいました」
「きゃっ、ナンパされちゃった。お兄さんもすてきですけど、きっとモテるんでしょう? わたし、大事にされたいから、モテるかたはちょっとな~」
「はは、そうですか。あ、ナンパしたこと、会社のほうに言わないでおいてくださいね。それでは」
「はーい、お疲れさまでした」
男性が玄関から出ていきました。
すてきな人だとは思いましたが、心のどこかに引っかかるものがあったので、さようならです。
涙まで出てきました。
きっと前世か何かで、ご縁があったのでしょうね。
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