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ルイザ編
02 アイーシャ
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「沐浴を、冷たいだなんて思ったことはないわ。
とても気持ちのよい朝に、びっくりするくらいすっきり目覚めて、『ああ、生まれ変わった気分!』って思ったことがあるでしょう?
水を浴びるのは、あの状態になるための儀式。
毎日いろいろなことが起こるけれど、いつも自分が同じ気持ちに立ち返れるというのは、すごく心強いことだと思うの」
目の前で、ひとりの聖女が歌うように語っている。
胸に手を当て、陶酔するように発するその言葉は、しかし残念ながら彼女自身のものではない。
ルイザは思わず吹き出した。
「あっはは、アイーシャそれなに?
あんたってばユーナの物真似で仕事をもらうつもりなわけ?」
「もう、ルイザ先輩。
わたしこれでも真面目なんです」
両手を腰に添えて頬を膨らませるそのしぐさも、まるっきりユーナのコピーだ。
徹底しているな、と感心しながらルイザがその頬を指でつつくと、アイーシャはようやく笑った。
大口を開けて心から楽しそうに笑う、彼女本来の笑いかただ。
「なんでからかうんですか~。
ユーナ先輩がいなくなって、わたし、だいぶ焦ってるんですよ。
もっといろんなことを教わりたかったのに」
「物真似ならもう完璧よ。
あの子のことをいつも見ていたアタシが言うんだから、胸を張っていいわ。
……あ、胸にはタオルを五枚くらい詰めたほうがいいと思うけど」
ルイザが冗談のつもりで言う。
だがアイーシャは、本気で検討するかのような顔で服の胸元を気にしながら返した。
「やっぱり、先輩もそう思います?
ユーナ先輩は嫌がっていましたけど、胸の大きさってあると思うんですよね。
なんていうか、聖女っぽさ?」
「そうかしら。
アタシは胸がなくてストンとしているほうが、聖女という感じがするけれど。
性的なアピールは要らないでしょ」
「性的」
その単語が引っかかったらしい。
たぶんまた突飛なことを言い出すのだろうと、ルイザは心のなかで身構えた。
「ユーナ先輩って処女だと思います?」
思ったとおりだ。
ルイザは覚悟のやや上をいくその質問に、内心たじろぎながらも落ち着いた口調で答えた。
「そりゃあ、乙女でしょうよ。
少なくとも教会を辞めるまでは、そうだったはず。
じゃなきゃ、あんな加護の力は使えないわ」
「そうかなあ。
あんなに愛に生きるって言ってたのに、男性を知らないなんてあるとは思えないんですけど。
クロード様っていう人と、絶対やってたと思いません?」
「やってたって、あんた……。
交接……交合……ううん、表現はどうでもいいか。
してないわよ。
あの子は、たぶん口づけひとつしないで、そのクロードとかいう馬の骨に人生を捧げたんじゃないかしら。
そういう子なのよ、ユーナは」
「ふうん」
納得したのかしていないのか、アイーシャはそれきり黙りこんでしまった。
ユーナのあとを引き継いで後輩ひとりひとりと学習の時間を持つようになったが、アイーシャとの時間はこうしてほとんどを無為に過ごすことが多い。
本人が言うには「ユーナ先輩のときも同じ」だったらしいから、彼女にとってはこれが普通なのだろう。
「話題が尽きたなら、アタシは部屋に戻るわ」
「あ、はい。
来てくれてありがとうございました。
もっとユーナ先輩みたいになりたいので、気づいたことがあったらどんどん指摘してください」
学習の方向性が明らかに間違っているが、そこを言ってもアイーシャはきっと聞いてくれないだろう。
ルイザはどうしたものかと思案した。
「先輩? どうかしました?」
「ひとつ宿題を思いついたわ。
アイーシャ、あんた、本気で心からユーナになりきってみたらどうかしら」
「心からってどういう意味ですか?
心をこめてやってるつもりですけど」
そうじゃなくて、とルイザは説明する。
「あんたの憧れているユーナは、結局ここを去ることを選んだでしょ。
その気持ちって想像できる?
アタシは全然できない。
男に抱かれるなんてまっぴらだし、町じゅうの女の子に尊敬される聖女の地位を捨てるのも御免だわ。
でも、あんたがそこまであの子のことを慕っているなら、もしかしたら同じ境地に達することもできるのかなと思って」
「あ~、なるほどです」
本当に理解できたかあやしいところだが、アイーシャは「境地ですね」とこぶしを握って気合いを入れている。
「頑張ります!
あ……なんか違うな。
わたしにできるかわかりませんが、ご期待に応えられるよう全力を尽くしますね」
「はいはい。
あの子の気持ちがわかったら、アタシにも教えて」
ルイザにとっては、ユーナもアイーシャも理解の範疇を越えた存在だ。
自分とは、行動原理がまるで異なる生物のように思える。
だからアイーシャが、すこしでもユーナのことを解き明かしてくれたら儲けものだと考えたのだ。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい、先輩」
おじぎの角度まで真似している後輩の姿に軽く吹き出しながら、ルイザは自室へと戻っていった。
とても気持ちのよい朝に、びっくりするくらいすっきり目覚めて、『ああ、生まれ変わった気分!』って思ったことがあるでしょう?
水を浴びるのは、あの状態になるための儀式。
毎日いろいろなことが起こるけれど、いつも自分が同じ気持ちに立ち返れるというのは、すごく心強いことだと思うの」
目の前で、ひとりの聖女が歌うように語っている。
胸に手を当て、陶酔するように発するその言葉は、しかし残念ながら彼女自身のものではない。
ルイザは思わず吹き出した。
「あっはは、アイーシャそれなに?
あんたってばユーナの物真似で仕事をもらうつもりなわけ?」
「もう、ルイザ先輩。
わたしこれでも真面目なんです」
両手を腰に添えて頬を膨らませるそのしぐさも、まるっきりユーナのコピーだ。
徹底しているな、と感心しながらルイザがその頬を指でつつくと、アイーシャはようやく笑った。
大口を開けて心から楽しそうに笑う、彼女本来の笑いかただ。
「なんでからかうんですか~。
ユーナ先輩がいなくなって、わたし、だいぶ焦ってるんですよ。
もっといろんなことを教わりたかったのに」
「物真似ならもう完璧よ。
あの子のことをいつも見ていたアタシが言うんだから、胸を張っていいわ。
……あ、胸にはタオルを五枚くらい詰めたほうがいいと思うけど」
ルイザが冗談のつもりで言う。
だがアイーシャは、本気で検討するかのような顔で服の胸元を気にしながら返した。
「やっぱり、先輩もそう思います?
ユーナ先輩は嫌がっていましたけど、胸の大きさってあると思うんですよね。
なんていうか、聖女っぽさ?」
「そうかしら。
アタシは胸がなくてストンとしているほうが、聖女という感じがするけれど。
性的なアピールは要らないでしょ」
「性的」
その単語が引っかかったらしい。
たぶんまた突飛なことを言い出すのだろうと、ルイザは心のなかで身構えた。
「ユーナ先輩って処女だと思います?」
思ったとおりだ。
ルイザは覚悟のやや上をいくその質問に、内心たじろぎながらも落ち着いた口調で答えた。
「そりゃあ、乙女でしょうよ。
少なくとも教会を辞めるまでは、そうだったはず。
じゃなきゃ、あんな加護の力は使えないわ」
「そうかなあ。
あんなに愛に生きるって言ってたのに、男性を知らないなんてあるとは思えないんですけど。
クロード様っていう人と、絶対やってたと思いません?」
「やってたって、あんた……。
交接……交合……ううん、表現はどうでもいいか。
してないわよ。
あの子は、たぶん口づけひとつしないで、そのクロードとかいう馬の骨に人生を捧げたんじゃないかしら。
そういう子なのよ、ユーナは」
「ふうん」
納得したのかしていないのか、アイーシャはそれきり黙りこんでしまった。
ユーナのあとを引き継いで後輩ひとりひとりと学習の時間を持つようになったが、アイーシャとの時間はこうしてほとんどを無為に過ごすことが多い。
本人が言うには「ユーナ先輩のときも同じ」だったらしいから、彼女にとってはこれが普通なのだろう。
「話題が尽きたなら、アタシは部屋に戻るわ」
「あ、はい。
来てくれてありがとうございました。
もっとユーナ先輩みたいになりたいので、気づいたことがあったらどんどん指摘してください」
学習の方向性が明らかに間違っているが、そこを言ってもアイーシャはきっと聞いてくれないだろう。
ルイザはどうしたものかと思案した。
「先輩? どうかしました?」
「ひとつ宿題を思いついたわ。
アイーシャ、あんた、本気で心からユーナになりきってみたらどうかしら」
「心からってどういう意味ですか?
心をこめてやってるつもりですけど」
そうじゃなくて、とルイザは説明する。
「あんたの憧れているユーナは、結局ここを去ることを選んだでしょ。
その気持ちって想像できる?
アタシは全然できない。
男に抱かれるなんてまっぴらだし、町じゅうの女の子に尊敬される聖女の地位を捨てるのも御免だわ。
でも、あんたがそこまであの子のことを慕っているなら、もしかしたら同じ境地に達することもできるのかなと思って」
「あ~、なるほどです」
本当に理解できたかあやしいところだが、アイーシャは「境地ですね」とこぶしを握って気合いを入れている。
「頑張ります!
あ……なんか違うな。
わたしにできるかわかりませんが、ご期待に応えられるよう全力を尽くしますね」
「はいはい。
あの子の気持ちがわかったら、アタシにも教えて」
ルイザにとっては、ユーナもアイーシャも理解の範疇を越えた存在だ。
自分とは、行動原理がまるで異なる生物のように思える。
だからアイーシャが、すこしでもユーナのことを解き明かしてくれたら儲けものだと考えたのだ。
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみなさい、先輩」
おじぎの角度まで真似している後輩の姿に軽く吹き出しながら、ルイザは自室へと戻っていった。
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