どこぞのドアと澄香とすみか 〜妹と同じくらい好きな彼女が出来たら神と喧嘩する羽目になったのは一体どういう了見だ〜

板坂佑顕

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#1 The doors of perception 〜知覚の扉ならまだ良かったが近くの扉がヤバかった(3)

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 数日後、学校近くのホールで行われた定例ライブは大盛況のうちに終了。芸能事務所だけでなくレコード会社も来ており、貴明らは先日作ったデモテープを渡すことができた。

「いやあアレだね。今回は手応えアリじゃない?」と透矢。貴明は「まあ実力ですよ実力。やっと世間がついてきたってか?」と、いつもながら無意味に偉そうだ。

 一方、紗英のバンドも上々の出来だったようで、メンバーの女の子たちがキャンキャンと盛り上がっている。

「見て見て理恵、私、2枚も名刺もらっちゃったー!」 

「ちょ、それモデル事務所とアダr…ぜんぜん音楽関係ないじゃん。あは、あははー」

 アダルtと聞いて貴明と透矢、純一は興味本位で名刺を覗き込むが、ここで達哉が割り込む。いつもながら無粋な奴だ。


「じゃあみなさん、打ち上げ、行っちゃいますかー!」と彼が宣言した十数分後、15人ほどの学生が、代々木駅近くの学生御用達の安居酒屋に集まった。


 酔うと本性が出るとはよく言ったもの。日頃クールで通している透矢はまさかの絡み酒で、誰彼構わず甘え放題になる迷惑キャラに変貌していた。もっとも絡まれる側の女子はおおかた嬉しそうで、これがまた周囲の男のイライラを助長させる要因になる。

 日頃から透矢にベッタリの紗英は、彼のこの酒癖を有効利用すべく、飲み会では強引にでも隣に座ることに決めている。今日もそれが的中。掘りごたつ席でゼロ距離のメリットを生かし、まるで恋人のようにイチャつく2人。軽い嫉妬も込めて貴明がからかう。

「そこ!近いぞ!透矢は1人と付き合う気はないんだから無駄ですよ。離れなさい!」

「うっさいぞ、そこの貴明!ねえトウくうん」

 やり取りにドラムの理恵が乗っかってくる。プレイもルックスもシーラEに傾倒中の理恵は、すなわち無駄にエロい。スタイルから服装からすべからくエロいことから、一部では代々木のデンジャラス・クイーンと呼ばれているとかいないとか。

「こらー紗英、バンド内恋愛は面倒くさいから禁止だぞー!離れなさーい!」

「ええー、でも紗英はあ、トウくんとはバンド違うもーん」

「理恵ちゃんいいこと言った!よし達哉、ズバッと禁止してやれ!」

「まあいいんじゃないか、紗英ちゃんと透矢ならお似合いだし」


 それもそうだなと納得する貴明。何しろ、楽器を持たなければタダの人…であればまだマシ。タダの人どころか貴明は音楽以外は全くもってダメ人間であり、当然恋愛など縁のない暗黒の青春を過ごしていた(とはいえ半数以上の男子はそうだが…)。

 特に、女子が絡むと劣等感からすぐに卑屈になるのは悪い癖で、それがますます女の子を遠ざける。妹の澄香がからかい半分、本気半分で心配するのもやむを得ないほどの不肖の兄なのであった。


 勢いだけで無闇に盛り上がった2時間の飲み放題が終わる。グダグダと外に出て、ふらつく足どりでハタ迷惑に盛り上がる一行。残ったのは貴明、透矢、達哉、紗英、理恵の5人だ。二次会だー!と騒ぎながら無駄に表参道まで歩き続ける。若いそしてバカい。

 表参道に到着し青山側から見上げると、多勢のカップルが街路樹のイルミネーションに照らされ、楽しそうに語らう光景が広がっていた。この頃、恋人の聖地として全国的にもてはやされていたのが、まさにここ表参道なのであった。

「釈然としないな」とつぶやく貴明に、達哉が律儀に反応する。

「うーん、羨ましいな確かに」

「違う。腹立たしいと言っているんだ」

「またあ、ホント性格悪いんだから、貴明は!」


 紗英があきれた様子で、でも楽しそうに貴明の二の腕を軽く殴打する。酔いもあるのか、ちょっと意地悪な表情がまた可愛いなと、妄想が99個の風船のように膨らむ貴明。

 彼は酔いを覚ますように頬を2、3回叩いた後、

「おーいみんな、二次会、ここなんかどうかな⁉︎」と皆に呼びかけ、通りがかった店の前で立ち止まった。


 同潤会アパート近くに佇むその店のドアは、ピンク色なのに清楚でどこか現実感がなく、よく見るとそもそも飲み屋なのかも微妙な風情であった。だが貴明は酔いも手伝い、何かに吸い寄せられるように大仰なアンティーク調のドアノブに手をかける。

 ノブに触った瞬間、頭がクラッとした。気がした。まあ酔ってるからなと気にもとめず、そのままノブをひねる。すると今度は膝がガクンと落ちて…いや実際はどうにもなっていなかったのかもしれないが。

 少し開けたドアの前方には、まばゆい光の洪水。それにびびって後ろを振り返ると、後ろ側にはあまり光が届いていないようにも見える。

 暗闇にイルミネーションが輝いているだけなのはともかく、不可解なことに通行人はこの光にほとんど気づかないらしく、貴明のいるドアの前を何事もないように通り過ぎていくばかりだ。


 ドアノブに手をかけたままの貴明は、頭と足元がぐらつき光束で目がくらむ。そのままもうヤケクソだとばかり、ピンクのドアを開けて一歩進んだ。

 …進んだはずだが店がない。部屋がない。店に入るドアを開けたのに、どういうわけか眼前にはクリスマスの夜の繁華街が広がっていた。

 しかも目の前にはデカくてうるさくてクッソ安い、通いなれた電器店…ビックカメラ本店か?加えてホテルに風俗…さっきまでの洗練されたイルミネーションとは丸っきり違う、雑多で猥雑な街並。こりゃ表参道じゃねえ、池袋北口だ。俺はいつ帰ってきたんだっけ?


 貴明は東武東上線沿線に住んでおり、代々木に通学するには池袋乗り換えのため、池袋は半ばホームタウンだ。一緒にいた4人も池袋が乗り換え拠点なのでいつもこのメンツで残るのだが、この際それはいい。

 二次会の記憶がないのになぜ帰り道にいる?酔いすぎたかと混乱する貴明だったが、そのうち隣に誰かがいるのに気づいた。


 紗英だ。憧れの紗英が1人で隣にいた。酔いのせいなのか、普段はありえないほど艶っぽい微笑みを浮かべている。敬愛するデビー・ハリーに寄せた軽いウェーブをかけた金髪が、貴明の頬を撫でつつ、吐息の温もりさえ感じられるほどの近距離にいた。

「やっと落ち着いたね」

 好意的に自分に向けられたことは初めての、少しハスキーで舌足らずな声。いつもの吐き捨てるように乱暴な口調との違いに、貴明は逆に緊張を覚える。

「さ、紗英…みんなは?」

「もう解散したでしょ。トウくん達はまだ飲むってどっか行っちゃったから、私は貴明を追いかけてきたんだよ」

「お、俺を、どうして…理恵は?」

「いいの。今日はもういいの」


 何かがおかしい何かが。でも今はそんなのどうでもいい。入学以来憧れ続けた、今や業界的にも注目の美女が自分を追いかけてきたというのだ。

「まじか…じゃ飲み直す?」

「それもいいけど…私ね、ちょっと疲れちゃったかな」

「あっ…」


 ひょっとして、これは。妄想や寓話のエピソードであり、現実にはあり得ないと信じていた、「女の子からの誘い文句」ではないのか。そう、伝説の『私疲れちゃった』が、今まさに貴明の身に起きているのである。

「そうだね、少し休もうか…」

「うん、いいよ」


 紗英の恥じらいに満ちた切なげな承諾に、貴明の心臓はバクバクと鼓動し放題。おあつらえ向きにここは池袋北口のホテル街だ。

 狭く暗い路地にある看板を見上げ、貴明は(何がカリフォルニアだよ、各所からいいだけ怒られろ)などと心の中で毒づきながら、最初に目についたそのホテルに吸い込まれていった。
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