どこぞのドアと澄香とすみか 〜妹と同じくらい好きな彼女が出来たら神と喧嘩する羽目になったのは一体どういう了見だ〜

板坂佑顕

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#1 The doors of perception 〜知覚の扉ならまだ良かったが近くの扉がヤバかった(4)

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 そのホテル「モーテル・カリフォルニア」は、最近中途半端なリニューアルをしたのか、アレな外観から想像するよりも中はずっと綺麗だった。

 無人システムなど初めてでまごつく貴明をよそに、紗英はすいすいと空部屋を選ぶ。エレベーターに乗った途端、いそいそと貴明の手に指を絡めてきた。


「あー、今、慣れてるって思ったでしょ。でも私、噂ほど遊んでないよ」

「そんなこと思ってな…でも紗英、どうして?」

 紗英は答えず寄り添ったまま、2人は433号室にたどり着いた。この手のホテルといえばショッキングピンクの回るウォーターベッドや、何に使うのか?というミラーボールが時代を超えて現役で残っているものだが、ここは比較的普通の部屋。引き出しを開ければ聖書さえありそうな雰囲気の、一見普通のシティホテルだ。

 だが風呂場の壁が擦りガラスなのは、昔ながらの「いかにも」なしつらえの名残なのだろう。


「私、先にお風呂入っていい?」

「ど、どうぞ」

 何から何まで何もかもがわからない。自分には普段悪態しか見せないあの紗英が、今この瞬間、ほんの1枚の薄いすりガラスの向こうでシャワーを浴びている現実。

 貴明はいぶしがる。でもたぶん考えるだけ無駄だ。本人がいいなら問題ない。ここは欲求に身を任せてよし!むしろそうすべきと、都合の良い方向へ気持ちを切り替えた。

 ほどなくして紗英は風呂から上がる。濡れそぼりきらめく金髪がまぶしい。薄手のバスタオルをかぶせただけの細く華奢な体は、入浴で紅潮してますます色っぽい。紗英は抗しきれない魅力を全身から発散し、貴明の隣にちょこんと座った。

「なんだかさ、私いつもあなたに冷たいよね。自分でもどうしてかわからないんだ。照れ隠しなのかも。私ね、きっと本当は、貴明のこと…」

 心臓が破裂しそうだ。いや、この後もっと爆発する状況が待っているはずだ。こんなとこで破裂してどうする。

「私が酷い態度でも貴明は音楽のことはいつも真剣に教えてくれるし、一度だって本気で怒ったことないでしょ。顔は怖いしぶっきらぼうだし話は面倒くさいけど、勝手に受け入れてくれてると思ってるんだ。勝手だよね私」


 紗英はとうとう距離-1cmにまで貴明にくっついた。小ぶりで綺麗な胸の感触が左腕にふわりと伝わる。頭の中に、熱された血液がぐるぐると廻り始めた。


「お、俺もずっと紗英が気になってた。でもこの見た目と性格だし、まともに相手にされてないなって。実際いつも冷たいしさ…」

「ごめんね。ごめんね。本当はあなたに会いたくて、いつもバンドの練習を見てたの。曲をもらった時も、嬉しくて泣いちゃったんだよ」


 消え入りそうな声でそう言い、紗英は顔を赤らめながら、貴明にほんの軽いキスをした。初めて覚える柔らかさと、女の子特有の意味不明なほど甘ったるい芳香がテンションを上げる。ほてった脳を、さらにマーシャル並の絶妙な加減でオーバードライブさせる。


「ととととりあえずお俺もシャワー浴びてくる!」

 ボフッ!と大袈裟な音を立ててベッドを叩き、すごい勢いで立ち上がる貴明。あまりに場違いで小っ恥ずかしい状況にいたたまれなくなった彼は、酔い具合以上の赤ら顔で一目散に浴室に向かった。それを見てくすくす笑う紗英が、いつにも増して愛らしい。


 で・できる。しかもあの紗英と⁉︎

 貴明は初めての高揚感に打ち震え、浴室に入ろうとする。だが頼りない建て付けのドアノブを握った瞬間、またもあのグラッとする感覚に襲われた…気がした。


 その直後、突如視界が暗くなる。自分ではわからないが、あるいはマンガのように鼻血を噴いて倒れたのかもしれない。一生の不覚…


 気がつくとまたも夜の街。二列に真っ直ぐ伸びる街路樹のイルミネーションが見える。ということは、さっきまでいたはずの表参道に戻ったか?不意に後ろから呼ぶ声が聞こえた。


「おーいタカアキー、こんなとこにいたのか!」

 透矢だ。みんなもいる。「急にいなくなるから心配してたんだよ」と不必要に胸を揺らしながら駆け寄ったのは、ドラムの理恵だ。

 俺が急にいなくなった?いや待て、じゃあ紗英は?


「なーにやってんのよあんた。これだから音楽オタクは…」

 なぜか紗英もみんなと一緒だ。しかも平常運転の罵声を伴って。ついさっきまでの可愛い様子は、愉快なほどにみじんも感じられなかった。

「ど、どうなってんだーーー!!」

「おいおい珍しく酔ったな貴明。ほら透矢、近所なんだから送ってやれよ」

 という達哉の言葉を最後に、貴明の記憶はプッツリと途絶えた。


 貴明はその後、数時間なのか数日間なのかわからないほど深い眠りに落ちた。目が覚めたら朝のようで、今日が何日なのかも判然としなかったが、とりあえず学校に行けば何かわかるだろうと部屋を出た。

 12月の埼玉県南地域には珍しく、ぼたん雪がちらつく鼠色の空。曇天の下、よく通うラーメン屋を左に曲がって駅に伸びるいつもの通学路に、1人で歩く5年生くらいの女の子が見える。子どもが学校に通ってるならここは日常だろうと妙に安心する。

 だいたいあの人気者の紗英が、暗く偏屈で冴えない自分に対してあんなこと…ありえないんだ。例えば太陽と月が対等な立場で出会うことなどあるはずがないように。おおかた、酔って爆睡してる間の幸せな夢だったのだろう。

 などと卑屈になりながら、理不尽な未遂体験を頭の中で常識的なセンに修正する。一つだけ、唇にハッキリと紗英の甘い香りが残っているのは不思議ではあったが。とにかくあの夜を全否定しないと自我が保てない気がしていた。

 それよりも何よりも、今気になるのは前方にいる女の子だ。髪や肌の色から察するに欧米系の外国人であろう容姿に、やたらヒラヒラした、場違いなドレスみたいな悪目立ちする服装はこの際まあいい。

 でも近づくごとに感じる、なんとなく見覚えのある白い光を放つような異様な存在感は、一体なんだ?


 貴明は女の子とすれ違う瞬間、ザラつく違和感を拭おうと、ついつい彼女の顔を覗き込む。果たしてその顔には、幼いながらも息を呑むほどに整った美しさがあった。

 だが貴明が真に驚愕し、ある種の恐怖さえ覚えた理由はそこではない。彼女は悪戯っぽい笑顔を浮かべたまま、貴明の目を上目遣いで真っ直ぐ見据えながらこう言い放ったのだ。



「うふふふふ、やっぱりお前、『エクスペリエンスト』だったのね」
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