どこぞのドアと澄香とすみか 〜妹と同じくらい好きな彼女が出来たら神と喧嘩する羽目になったのは一体どういう了見だ〜

板坂佑顕

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#6 Your song will fill the air 〜愛しい歌声が思うさまハートに火をつけた(1)

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 ライブ前日の土曜日は、クリスマスイブであった。透矢は朝から3人と時間差掛け持ちの鬼畜デート、純一も彼女とディズニーランドということで、ライブ前日にも関わらずバンド練習は中止。貴明が所在なくグダグダしていると、澄香から電話がかかってきた。

 奴らのせいで暇でしょうがねえ、などと愚痴っていると、澄香はキュピーンと思いついたように「暇なら澄香に付き合うべきですっ!」と、なぜか大乗り気だ。

 部屋にいてもな、と貴明は澄香の買い物に付き合うことにし、いけふくろうで落ち合った。


「な、本当に俺でよかったの?クリスマスなんだし彼氏とさあ」

「だーかーらー、彼氏なんていないって言ったでしょ!今日はアリサもデートだって言うし、お兄ちゃんなら欠員補充や台車的見地からもちょうどいいの」

「荷物持ちならまだしも台車扱いて。どんだけ買うつもりだよ」

 
 相変わらず憎まれ口を叩き合いながらも、澄香はいつになく楽しそうである。クリスマスのきらびやかなショーウィンドウに、長めのポニーテールが揺れてきらめく。

 澄香の髪型は綺麗なストレートが基本だが、先日、斉藤由貴のポニーテールの話をしてからは髪をまとめることが多くなっていた。今日は適当に縛るのではなく、きっちりスタイリングして赤い髪飾りまでつけた、本気のポニーテールだ。


「ふん♪ふふん♪ふん♪」

 髪型アピールのため、澄香は鼻歌まじりで、これ見よがしに貴明の目の前で髪を振る。

「澄香、髪が鼻に…くしょん!」

「む!今日の澄香はひと味違うと思わないの?」

「いつもどおり元気だぞ?」


 澄香は心底がっかりした表情で、

「むむー!このヨゴレ兄に女心の理解を求めた私が間違ってたよ…」

「わけわかんねえなあ、ははは」

 貴明はカラカラと笑いながら、変拍子のような想定外のタイミングで言った。


「そういや、澄香はポニーテール似合うんだな。顔がちっちゃいからかな?それならきっとショートもいいと思うぞ」

 不意打ちで髪型を褒められ、逆に焦る澄香。


「こ、ここで?このタイミング?本当にこの鈍感兄貴は…もう!」

「んだよ、何言っても怒られる日か、ははー」


 無神経な貴明だがごく稀にこういうクリティカルヒットを繰り出すことがある。そんな時澄香の心は、不用意にもプラスの方向に乱されてしまうのであった。


 そうこうしながら、2人は最初の目的地である東急ハンズに到着する。が…

「うっわ見て、ハンズすっごい混んでる」

「こ、これは…先に飯にしないか?」

 ハンズでサクッとプレゼントを選ぶつもりだったが、あまりの混雑に心折れて予定変更。メニューは貴明のゴリ押しでラーメンになった。


「…お兄ちゃん。なんですかこの行列は。これならハンズでも同じじゃないのカナ?」

「何を今さら。ここでは日常だろ」

「だいたいクリスマスなのにラーメンってさあ…ブツクサ」

「まだ言うか、お前も好きだろ大勝軒」


 東池袋随一のこの名店で食べるなら、2時間待ちも辞さぬ覚悟が必要。だがこの日は到着が早かったおかげか、1時間かからずに入れそうだ。

「お兄ちゃん。澄香はお腹が空きました。きゅう」

 並んで30分を過ぎた頃、澄香はそう言って貴明にしなだれかかってきた。この兄妹的には普段のじゃれ合いだが、何しろ相手は超がつく美少女だ。貴明としては、行列にいる大多数のソロ男子からの視線がすこぶる痛かった。気がした。

「わ、わかった。ちょ離れなさい」

「えー、だってさあ、お腹ぺっこぺこー」

 と言いながらますます抱きついてくる澄香の可愛い仕草に、周囲の視線の痛さが増す。澄香は自分の魅力に全くもって自覚がないので、時折こういうことが起きる。


「あは、あははは、困った妹だなあ、あはは」

 残念ながらここでの妹アピールは解決にならないばかりか、ある意味逆効果であろう。そろそろガチでいたたまれなくなって来たところに、「お2人さんどうぞー」という店員の言葉が聞こえ、貴明は救われた。


「お兄ちゃん!澄香はねえ…もりそば大盛!」

「よしなさい。いつもどおり並か、むしろ減らしてもらえ。絶対に食べきれない」

「ええ、憧れなのになあ。じゃあやめとくよ」

「よし偉いぞ。すみません注文…俺は中華そば大盛。あとこっちはもりそば並」「大盛」


 15分ほどして頼んだものが出てくる。ちょうど空腹もピークだ、今日は大盛で正解だったな…と思いつつ、澄香のメニューを見て噴出寸前の貴明。

「ヴフォッ!おま、それ大盛じゃ…」

「そだよ、大盛って付け足したもん。聞いてなかった?」


 澄香の顔の3倍サイズの巨大な麺の玉が、大きな丼にあふれんばかりの勢いで盛り付けてある。

「わー、すごいねお兄ちゃん!一度食べてみたかったんだー。見た目がいいよね」

「やっちまったな…愚か者が。俺は知らんぞ」

 
 最初こそ「美味しいね!美味しいねお兄ちゃん!」と大喜びで麺をすすっていた澄香だったが、三分の一を食べた頃からあからさまにペースがガタ落ちになる。泳いだ目で無駄に水を飲む時間が多くなり、約半分を残したところでおもむろに箸を置き、精いっぱいの作り笑顔を浮かべた。


「あー美味しかった!ご馳走さま。ねえお兄ちゃん。澄香はお腹いっぱいでとっても幸せです。さてどうでしょう」

「阿呆なのかー⁉︎だから言ったじゃねえか、ここの大盛はヤバいんだよ。特にもりそばは元々麺が多いんだからよー、てか俺も大盛でギリギリなのに、どうすんだよコレ?」

「お兄ちゃん?澄香、食べ物を粗末にしてはいけないと思うんです」


 澄香は無意味に爽やかな笑顔で、半分、すなわちまだまだ並盛に近いほども残っているもりそばを貴明に差し出す。結果、もりそばは酢が決めてだよねーと自らに言い聞かせつつ、貴明は顔が青白くなるまで名店の味を堪能する羽目になった。


「よかったね、看板メニューを両方食べられて。アレお兄ちゃん?急に太った?」

「お前…次やったら閉店までかけて完食させて、帰りにあのパン屋で菓子パン大会やってもらうからな…」
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