どこぞのドアと澄香とすみか 〜妹と同じくらい好きな彼女が出来たら神と喧嘩する羽目になったのは一体どういう了見だ〜

板坂佑顕

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#6 Your song will fill the air 〜愛しい歌声が思うさまハートに火をつけた(4)

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「ね。貴明さん。私やってみたかったことがあって…お願いしてもいいですか?」

「何?」

「あれなんですけど…」


 すみかはプリクラの機械を指差し、もじもじしている。彼女のすべての仕草が、貴明を惹きつける。

「もし好きな人ができたら、あれを撮りたいなって…」

 恋愛に無縁だった貴明には、今日まで無関係だったものだ。だがこんなにいじらしいすみかを見れば、断る理由もない。

「いいよ、撮ろう!俺も初めてだ」

「本当に?嬉しい!」


 2人は機械の前に並ぶ。操作に四苦八苦したがどうにか撮影にこぎつけた。

「じゃ、い、いくよ…」

「は、はい貴明さん…」

 どちらもガッチガチで、表情は証明写真のような硬さだ。とてもじゃないが楽しい雰囲気の写真にはなりそうにない。さらに緊張しすぎたすみかは足の力が抜け、転びそうになる。貴明がそれをガードしたタイミングで、無情にもシャッターが切れ始めた。音に驚き2人はカメラを見るが案の定、恋人同士の2ショットとは程遠く、共に慌てた顔で貴明がすみかを後ろから抱きしめるような、意味不明な写真になっていた。


「こ、これは…なんという酷さ…」

「たた貴明さん、私恥ずかし…でもこの写真、なんかいいかも…」

「嘘でしょ?これは撮り直した方が…」

「いいの!まるで私を守ってくれてるみたい素敵に見えてきました。私これがいい」

「まあ、すみかちゃんがいいなら…」

 すみかは真っ赤な顔で写真シールを切り分ける。片方を渡すときに互いの手が触れる、たかだかそれだけのことで、2人の顔の赤さは増した。


「貴明さん…私…私は…」


 お互いの想いが満ち、感極まるすみか。だが上階に行くため乗ろうとしたエレベーターのドアが不自然なブルーに染まる。一緒に乗り込んだ瞬間、何故かすみかだけが白い光の中に吸い込まれていった。

 残された貴明は呆然としつつ、数秒後に我に帰り、

「待って…消えた?どうなってんだ一体…」


 自暴自棄になり、大混乱のまま部屋に帰る。そこには待ち構えるように梨杏がいた。

「りあーーーん!!!」

「お、威勢がいいね。どうした?」

「おい!すみかちゃんがいきなり消えたぞ⁉︎」

「わかるでしょ」

「わかるか!エレベーターが光って消えるなんてまるで…」


 自身の言葉を反芻して、貴明はようやく事態を飲み込んだ。

「すみかちゃんも、エクスペリエンストなんだな」

「わかったようね。でもいつかも言ったけど、エクスペリエンス同士が出会うなんて珍しいのよ。1人出るのもせいぜい1年に1回なのに。」

「俺を想うと不幸になるって言ってた。その意味がわかったよ」

 梨杏は珍しく切なげな表情になっている。


「ドアを介する限り、俺たちは絶対に一緒にはいられない。想いが高まると弾き出されるんだからな」

「うん…」

「でもさ、そもそもすみかちゃんはどっち側なんだ?もしこっち側の人ならドアは関係ないだろ。それならずっと一緒に…」

「残念だ。すみかはアザーサイドの人間だよ」


 貴明は深く絶望する。痛飲して前後不覚になり、クリスマス廃止論を吐き捨てながら床に突っ伏す。澄香のクリスマスプレゼントのスノードームと、すみかのプレゼントのアップライトピアノのチャームを両手に握り締めながら酒を浴びた。


 荒れる彼を梨杏は優しく抱き起こし、膝枕した。

「辛いよね。でもそれはすみかも同じだと思うよ。あんたが頑張らないとね」
 ヤケ酒でぐったりする貴明の額を撫でながら、梨杏は包み込むような声でつぶやいた。



 翌日、ライブ当日の日曜日。ライブは夜からなので日中は余裕があり、貴明は二日酔いの頭を抱えながらセットリストの確認をしていた。不意に、澄香がいい勢いでドアを開けて部屋に上がり込む。すでに梨杏の姿はなかった。

「おっはよーお兄ちゃうっわ酒くさ、ここまでの二日酔いは珍しいね」

「うっせーもうどうでもいいわ。てかお前の声が頭に響くー」

「あ、振られたなこれは」


 その言葉に動揺する貴明。

「ち、ちゃうわ!そんなわけ…あれ?」

 確かに貴明はすみかに振られたわけでも、喧嘩したわけでもない。むしろこれから始まるはずだったのに、こんなに腐った気持ちになるのは何故だ。理不尽。意味不明。

「若いうちはいろいろありまんがな旦那。そんなわけで澄香は、悲惨なクリスマスを過ごしているであろう情けなーい兄を慰めようと、鍋焼きうどんを作りに来たのです」

「澄香っっ!」

「は、はい?なーに?」

「お前って原則生意気だけど、たまーに、いや稀にいい奴だよな!可愛い妹よ!」

 そういいながら貴明は、澄香をぐいぐい抱きしめる。

「ちょ、酒くさ!やめ…もう、しょうがないんだからあ」


 澄香は楽しげな表情で、ひっつく貴明をベリベリと引き剥がして料理を始める。そのうち興が乗って来たのか、鼻歌混じりで出汁をとっている。


 ♪私だけが止まったような 時を過ごしてた…


 昨日すみかと話題にした曲「Ancient Water」の一節だ。いい気分で歌う澄香に、貴明はかすかな違和感を覚える。

「澄香、その曲?」

「お兄ちゃんの…」

 そこまで言って澄香は、少し慌てる。

「そうだけどさ、お前この曲知ってたか?こないだ初めてやったばかりだぞ」

「でもどっかで聴いたよ。ほらアレじゃない?お兄ちゃん、作曲する時ヘッドホンしながら歌ってるから、そのせいだよ」

「あ、あり得る…」

「そうだよ、でかい声で歌うからやかましくてさ。あはー!澄香の記憶力なめんなー」

「あーあーすいませんでしたね、以後気をつけますよ」


 大事な人が自分の曲を覚えてくれる嬉しさに、改めて昨日のすみかを思い出し、貴明は思うさま凹む。

「さあ、澄香特製鍋焼饂飩完成!漢字多め!一緒に食べよ…ってお兄ちゃん⁉︎」


 そこには、テーブルに突っ伏して魂が抜けた様子の貴明がいた。

「わー!背中からなんか出てるよ?エクトなんとか?これまずいやつだよ!」

 澄香はオロオロしながら、貴明の両肩に手を添える。

「もう、何があったか知らないけどさ、一緒に食べよ、ね?」

 優しさあふれる柔らかな言い方に貴明は我に帰る。寂しさからか、無意識のうちに澄香の手を握りしめてしまう。澄香は嫌がる様子もなく、逆に繋いだ手を握り返した。


 少し落ち着き、食卓につく2人。

「美味そうだなー。でもクリスマスにラーメンやうどんって、何なの俺らは」

「いいじゃない。ケーキも買ったから明日のライブの後に食べよ」


 貴明はすみかとの関係に不安を抱えつつ、澄香の鍋焼きのおかげでなんとか気力は整ってきた。ここで澄香がミキサー卓の上のスノードームに気づく。その隣にはアップライトピアノ型のチャーム。2つはなんとなく、嬉しそうに寄り添っているように見えた。

「あ、澄香のプレゼントだ。ちゃんと飾ってくれてたんだ。えへ」

「うん。ありがとな。でも俺には似合わないかな、可愛すぎるだろこれ」

「あれれ、そうかなー。ところで隣のピアノは…」

「あ?あれはだな、いやその、別になんでも…」

「ふうーん?私が欲しいって言ったら拒否されたやつですよねえ?なぜここにあるのかなあ?」


 悪い笑顔で下から覗き込む澄香。元気づけてくれているのであろう態度が愛しい。今晩のクリスマスライブは全てを出し切ろう。それが今の自分にできるMAXだと、貴明はスイッチを切り替え始めていた。
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