どこぞのドアと澄香とすみか 〜妹と同じくらい好きな彼女が出来たら神と喧嘩する羽目になったのは一体どういう了見だ〜

板坂佑顕

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#6 Your song will fill the air 〜愛しい歌声が思うさまハートに火をつけた(3)

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「す、すすすすみかちゃん…?」

「た、たたた貴明さん、こんばんです…あうあう」


 2人ともにアゴがガクガクしてまともにしゃべれないまま、とりあえず並んで歩く。

「久しぶり、いやそうでもない?でも偶然だね、ははは」

「この間はごめんなさい。でもこれって偶然なんでしょうか?私はどんな形でも、会えれば嬉しいです」


 ずっと君に会いたかったという言葉を口にできるほどには、まだ信頼されても好かれてもいない。だが互いの間に流れる温かな空気感が心地よい。貴明は食事などどうでもよくなり、2人で駅東口を出て60階通り方面に歩いた。


「すごいですねえ、池袋がクリスマスというか、クリスマスが池袋ですねえ」

「ちょっと何言ってっかわからんけど、ほんとだね」


 バブルの残り香漂うこの時代。クリスマスは未だ、恋人たちにとって最大かつ崇高な行事だった。反面、関係ない者【独り者】にとっては歪んだ恋愛至上主義の象徴であり、忌むべき行事として認知されつつあった時代でもあった。


「すみかちゃん」

「は、はい」

 こないだ君が言ったことの意味は…と貴明は口に出しかけたが、澄香の「責めちゃだめだよ」という言葉を思い出し、自重する。

「クリスマスは誰かと一緒に過ごすのかと。だから、こんなとこで会えて驚いた」

「え?」

 すみかが、意外そうな眼差しで見つめ返してくる。


「私、彼氏なんていませんよ。地味だし可愛くないしつまんないし、学校では女として見られてないです。好きな人はいますが…」

 期せずして本心が口に出てしまい、白いコートと対比する深紅に顔が染まるすみか。

「う、うわわわ、あのですね、それは貴…いえ誰ってことではなく…」

 貴明も同じくらい真っ赤な顔をしていたが、澄香に女心がわからないことを馬鹿にされた反動からか、心に決めたことがあった。


 すみかには絶対に自分から告白する。人生初めての告白はこの娘しかない。

「す/すみかちゃんっ」

「は/はいっ」

 コントのような棒読みでガッチガチの2人。


「じ実は俺も好きな人がいます!てか最近できましたっ!」

「そうですよね…あのガールズバンドの綺麗な人ですか?仲良さそうですもんね…」

 すみかはそれが自分とは思っていないようで、寂しげな表情に変わる。そんな顔を続けさせてはいけないと、貴明はさらに蛮勇を振り絞る。


「ちち違う違う!すみかちゃんだよ!俺はきっと、いや間違いなく君が好きで…」

「え?え?ええええええ??」


 気を失いそうになり、卒倒しかけるすみか。倒れさせまいと、とっさに彼女の手をつかむ貴明。そこですみかは正気を取り戻し、

 
「本…当…ですか?会ったばかりなのに」


「時間なんか関係ない。だからなんというか、その…俺と付き合ってほしい」

「は、はい…よよ喜んで…」

 すみかは照れと嬉しさで言葉が出ない。2人はとっさにつかんだ手を離すタイミングを失い、つないだまま店を出る。中学生かお前ら、と笑う梨杏の声が聞こえた。気がした。


 2人とも半分意識を失い、口がカラッカラのまま歩いて東急ハンズに着いた。貴明は本日二度目である。店内を歩くうち、さっき澄香にチャームをプレゼントした売場に差し掛かる。ひょっとしたらすみかに再会できたのはこのチャームのおかげかも、と勝手に良いヴァイヴを感じた貴明は、すみかにも同じものを持っていて欲しいと思った。


「すみかちゃん。今日は特別な日なので、記念に楽器をプレゼントします」

「楽器?私、何も弾けないですよ?」

「いやいや、どれでも弾き放題です。丈夫で壊れないよっ」


 と言って、ディスプレイされているたくさんの楽器型チャームを指差す。顔を見合わせて笑い合う2人。微笑ましい時間。1秒が過ぎ去るのさえ惜しい。

「可愛い…本当にいいんですか?」

「好きなの選んでよ。高級品ではないけどさ」

「そんな…私嬉しいです、こんなの初めて。でも楽器ならこれしかないですね」


 すみかが選んだのはグランドピアノのチャームであった。

「ピアノは、貴明さんの担当だもん」

「そうか、なら俺はこっちかな」と、貴明はアップライトピアノ型のチャームを手にするが、

「あ、だめ!それは私がプレゼントします。今日は記念日ですから」

 と言いながら、自分で買って貴明に手渡した。


「あ/り/がとお…」

 梨杏の空耳どおり、今どき中学生でもこんなに照れないだろうというくらいの純情。互いを愛しく思う特別な時間。貴明にもすみかにも、初めての感覚だった。


「私、ピアノが好きなんです。だから貴明さんのピアノが主役のあの曲が大好きで、最近いっつも歌ってるんですよ。湖の曲」

「どうもそこはみんな雑なんだな。あれは元々、同級生のバンドのために作ったんだ」

「あの可愛い人のバンドですね」

「そ、そうだよ…ははは。評判いいからウチのバンドでもやることにしたんだけど、他の曲とは雰囲気違って、浮いちゃうんだよね」

「でも透矢さんが目立つ曲はちょっとうるさいから、私はあの曲が好き。あ、ごめんなさい。どの曲も好きですよ」

 すみかは、出だしの一節を口ずさむ。


 ♪私だけが止まったような 時を過ごしてた
 でも心が叫ぶままに ここに辿り着いてた


「すごいすごい、なんで歌えるの?まだ1回しかやってないし音源も作ってないのに」

「えへ、この曲は忘れられなくて」

「すみかちゃん、音楽の才能あるかも!覚えが早いし音程は正確だし、なんたって声が綺麗だ。透明感があるよ」

「そんな…恥ずかしいです…」

 自分の曲を好きだと歌ってくれる女の子。こんな人は一生現れないだろうと貴明は思う。ここにきてやっと打ち解けたのか、すみかは少し余裕が出てきた。
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