どこぞのドアと澄香とすみか 〜妹と同じくらい好きな彼女が出来たら神と喧嘩する羽目になったのは一体どういう了見だ〜

板坂佑顕

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#13 Angry young man 〜今まで生きてきて最大に怒るべき場面ったらここしかなかった(3)

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(確かにダメだな。上に気づかないとは、まだまだ)


 どこからか聞こえた気がした梨杏の声につられ、空を見上げる。上空に小さな白い光がある。いや光だけじゃない。それに照らされているのは、2人の愛しい人の姿…


「澄香!すみかちゃん!」


 澄香が力強い表情を取り戻し、信じられないことにすみかを抱えて上空に浮かんでいた。背からは2筋の光が伸びており、角度によりそれはまるで翼のように見える。梨杏はどこからかはわからないが、意識下で貴明に語りかけた。


(すみかはやはり桁外れのエクストリームだ。接触しただけで妹の力まで覚醒させたようだね。でももはやゲートに関係ない力だ。この子はきっと、神が与える以前から特別な力の持ち主だったんだね)


「お兄ちゃん!澄香はお姉ちゃんを…大事な人を守ったよ!」

「澄香…お前…お前は本当に…」


 澄香の力強さに、貴明は感極まる。だが安心はできない。急ごしらえの能力だ。そう安定しているとは思えず、水に落ちれば終わりなのは変わらない。梨杏はもういないのだ。


「ちくしょう。ちくしょう。ちくしょう。俺は一体何やってんだ。大切な人が命がけで互いを守ってるのに、下で這いつくばって見ているだけか?左手がなんだ、手なんか1本あればピアノは弾けるし作曲には何の問題もないぜ」

 貴明の体から青白い光が立ち昇る。


「頭に来た。頭に来た。完全に頭に来たぞ…神は当然許さんが、何よりも情けない自分に腹が立つ。ふざけんなよ!怒れ!怒れ!もっと怒れ俺‼︎」


 ビリー・ジョエル「Prelude~Angry youg man」の名高いピアノのイントロが頭を駆け巡る。こんな極限状況でも脳内BGMが止むことがないのが貴明という名の変態。だが激しい16分音符の超人的な同音連打は、力を奮い立たせるのに十分だった。


 やはり澄香はホバリングが精一杯で、自由に飛行できるほどの能力はなさそうだ。心配通りだんだん高度が落ち、極低温の湖に近づきつつある。真下の氷は落雷で吹き飛ばされているから、すなわち着地=落水だ。


「落雷には勝てない。澄香も限界だ。考えろ考えろ考えろ考えろ。梨杏は何て言った?Try jah love…神の愛を試す?んなもんどこに?そうだ、あの曲はスティーヴィーの…いや確かにそうだが、元々はレゲエバンドに書き下ろした曲だ。アスワド?インナー・サークル?違う、あれは…」



サード・ワールド


「…なるほどな。俺のドアにアザーサイドはなく、すべてがオーディナリー・ワールドだ。そこまではいいが少し違っていた。俺の本当の能力は…」

 貴明は澄香たちの下に走りながら、解にたどり着く。


「3番目の世界!オーディナリー・ワールドでもアザーサイドでもない、独自の世界を作れるのが俺のエクストリームなんじゃないか?そうなんだな梨杏!」


(疲れる奴だね、やっと理解したか。ま、神も驚く阿呆にしかできない力だよ)

「けっ!いいからてめーはごゆるりと謹慎しとけ。帰りを待っててやるからよ!」


 超常的な能力は、自身の認識次第で表れ方が違う。今までは貴明自身が限界を設定していた。だが今は、ドアは自分が作る3番目の世界のゲートであると理解している。ならば自分のドアには、エクストリームでなくとも澄香も入れるはずだ。貴明が澄香を排除することなど絶対にないのだから。


 しかし、ついに上空の澄香に異変が起きる。

「おに、いちゃん…もうダメかも…落ちそう…助けて…」

「澄香!がんばれ!なんとかする!」

「澄香もう…」


 その時、もう1筋の弱い光が放たれたようにも見えたが、それ以上に貴明は嫌な予感がして空を見上げる。空が鋭く光った。落雷の前兆。今度はどこに落とす気だ…


 だがそれは意に反して「落雷」ではなかった。鮮烈なその雷光は、斜めに流れて上空の澄香とすみかのほうに向かっていた。

「うわーっ!逃げろ澄香!逃げてくれ…」


 ガシャーーーーン!!


…貴明の願いも虚しく、雷光は2人を直撃した。


「そんな…そんな…」
 
貴明は呆然と空を見上げる。雷光が落ち着けば吹雪の空には誰もいない…はずだった。はずだったが、澄香の光はまだ失われていない。それどころかむしろ光は強くなっていた。

「すみかちゃんか…」


 否、強さを増したのは澄香でも雷光でもなく、すみかの光だった。澄香の翼のような光に加え、すみかの背中から伸びる光は球のようになり、きらびやかに2人を包んでいた。すみかは落雷を察知し、この光で雷光を防いだのか。


「すみかちゃん、君はいつも優しくて、強くて…」

「澄香…私が少し力を分けただけで、まさか空を飛べるなんて。見て貴明さん!私たちは絶対諦めないよ。ちゃんと受け止めてね」


 澄香の揚力は限界ギリギリだ。猛吹雪の風に吹かれて舞っているだけにも見える。このままでは落水は明白。


「2人がこんなに頑張ってんだ。何やってんだ俺、怒れ怒れもっと怒れ、俺のバカヤロー!」

 貴明は穴に向かって走る。空はトドメの雷撃の準備のように妖しく光り出した。極限状況。だがここに至って貴明の心は、晴れた日の湖面のように静かだった。


 ドアで雷を防ぐ。


 貴明は巨大な氷の穴の周囲に、12個のドアを時計の文字盤のように上向きに配置した。それが瞬時に行われたのは、能力が強大に成長している証明だ。

 
懸念どおり、またも雷光が上空の2人を狙う。澄香の翼は叙々に弱くなってきたが、すみかの光は運命に逆らうようにむしろ強くなっていた。

 雷光が直撃する。だがすみかの光は、バチーン!と力強く雷光をはじき返す。雷光は正確に計算されたように12本の光束に分散され、すべてが貴明のドアに吸い込まれた。おかげで氷はこれ以上割れない。その様子を上空から見ていた澄香とすみかは興奮状態だ。


「き、綺麗…花火みたい!すごいよ2人とも!なんでそんなに息が合うの⁉︎」

「当たり前よ、貴明さんの考えは全部わかるもの。あら、あなたは違うのかしら?」

 と言って、すみかはさらに悪い笑顔を見せながら、


「あーはっは!神が何よ!私たちを本気で怒らせたことをいいだけ後悔するがいいわ!」

「おお姉ちゃん?キャラが…」

「あら失礼。いっぺんやってみたかったのよ、荒ぶるやつ」

 すみかは、ペロッと舌を出して笑った。


 12本の光の筋がドアに落ちていく。それはまるで花火のようにも、荒れる湖に架かる橋のようにも見えた。法則を超えた荘厳な光景。貴明は上空のすみかに応えるように叫ぶ。

「ざまあみろ!冬華火にはちょっと早いがな。エクストリームなめんな!ヴァーカ!」
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