どこぞのドアと澄香とすみか 〜妹と同じくらい好きな彼女が出来たら神と喧嘩する羽目になったのは一体どういう了見だ〜

板坂佑顕

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#13 Angry young man 〜今まで生きてきて最大に怒るべき場面ったらここしかなかった(4)

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 貴明は穴の縁にたどり着く。2人が落ちきるまで20秒ほどか。その前に2人を救うサード・ワールドのドアを作る。貴明はそれに向けて意識を集中させる。


 ほどなくして、湖面に凄まじい光量のピンク色が広がった。それは直径30mにも及ぶ落雷の穴をカバーする、巨大な丸いドア。2人はついに浮遊が止まり、湖への自然落下が始まる。その真下には貴明のドアが入口を開けて待っていた。貴明は既にドアの中に移動している。落ちてくる2人を受け止めるために。ドアの中も、同じく結氷した阿寒湖上だ。


「澄香!お前は俺の最高だ!すみかちゃん!止まらないくらい愛してる!3番目の世界でみんな一緒だ!」


 ドアの影響か2人の落下スピードは弱まり、貴明の腕にゆっくりと落ちてくる。慈しみに満ちたすみかの光に包まれた2人をがっしりと抱き止めた。失われた左手は、すみかの光を浴びた影響か元に戻ってきている。すみかの足の消滅は止まった様子だが、まだ先は消えたまま。一方、澄香の足は完全に回復していた。


 3人はよたよたと座り込む。吹雪は止み、澄みきった夜空には満天の星が広がっていた。澄香が潤んだ瞳で貴明を見つめる。愛くるしい笑顔に自信が加わり、まぶしいほどに美しい。


「お兄ちゃん…助けてくれるって信じてたよ」

「お前がすみかちゃんを守ってくれたんだろ。そうだすみかちゃん!大丈夫か!」
 

 すみかは相当に弱っている。

「これくらい大丈夫よ。だって、これからもっともっと愛して愛して、愛し続けてやるんだから。覚悟してよね…私の貴明さん…」


 やっと訪れた安堵。それでも神の怒りはまだ彼らを許さない。彼らを狙い、真上から最後にして最大の落雷が襲ってきた。本気の雷撃はもはや自然界にはありえない音と光量だ。

 安堵は油断を呼んだ。貴明は慌ててドアを閉め、どうにか直撃は回避する。しかし半分ほどの雷撃がドアの中の世界を激しく叩く。直撃しないまでも至近距離で食らった衝撃は凄まじく、ズドーン!という轟音とともに、辺りは白い閃光に包まれた。

 衝撃で3人はすごい勢いで吹っ飛ぶ。数分間の記憶が飛んだらしく、気がついたら氷上ではなく湖畔の森にいた。大木の根元に、貴明が澄香を抱きとめるように倒れていた。


 とりあえず体は無事らしい。遠くには自分たちを探しているのであろう、救助隊のサーチライトが見える。


「す、澄香?大丈夫か!」

「大丈夫、みたい…」

 今の衝撃でポニーテールは解け、澄香はバサバサの髪で答えた。

「よかっ…はっ!すみかちゃんはどこだ!」

 澄香が右手で胸を押さえて泣いている。

「まさかだめ…だったのか?」


 貴明は落胆し、澄香の肩を正面から掴んで顔を覗き込んだ。この時、貴明は見慣れた妹の顔に言い知れぬ違和感を感じたが、今は後回しだ。


「違う、違うの」

「どういうことだ?」

「お姉ちゃんはね、ここにいるの」

 澄香はぎゅっと、自分の腕で胸を抱いた。


「私たちを守って…お姉ちゃん!ああああ!」

 澄香が胸を抱きながら号泣する。貴明の憔悴は増し、最悪の予感が胸に去来する。選択されたのは、すみかが消し飛ぶシナリオだったというのか。

「雷で消えたのか?」 

「違うよ、お姉ちゃんは消えてない。ここにいるの。私と一緒に」

「ゆ、融合…だと…」

 3人もろとも吹っ飛ばされていた間に、重大なことが起こっていたらしい。


「お兄ちゃんのサード・ワールドはすごい。私たちはやっと3人でいられると思った」

「俺はそれを願ってドアを作った。何か間違っていたのか?」

「ううん。でも、最後の落雷が」

「あれは危なかったけど防いだだろ」

「うん、直撃すれば全員が一瞬で消し飛んでたと思う。それでも私たち、余波で100mは飛ばされたんだよ。硬い氷の上を転がされて、無事なはずがないと思わない?」


 やはり岸まで転がされたのは確からしく、それなら死んでもおかしくない。

「ならなぜ無事で…うっ…」

 貴明は、考えたくない事実にブチ当たった。


「すみかちゃんが守ってくれたのか…」

「お姉ちゃんは、ボロボロの体で私たちを…」

 澄香は涙が止まらない。最後まで笑顔で、自分と貴明を守護してくれたすみかを想う。


「落雷の瞬間、光で私たちを一層強く包んだの。何度も氷に打ちつけられても光が守ってくれた。けどお姉ちゃんは、そのせいで消耗して体がどんどん消えて…」

「…そんなことって!」

「最後にね、本当に消える前に、最後に…」



 雷撃に立ち向かっていたすみかは、最後の瞬間、澄香に静かに語りかけた。たぶんほんの数十秒だが、2人は生き急いだ一生分の時間をかけて話り合った。


「ねえ澄香。私ね、貴明さんといると生きる力が湧いてくるの。一緒にいられるあなたが羨ましいな」

「うん。お兄ちゃんはいつも澄香を一番に想ってくれるよ」

「あら、一番は私でしょ」

「あは、そうだね。お姉ちゃんにはかなわないや。だってお姉ちゃんの話をする時のお兄ちゃんは、何よりも嬉しそうな顔するんだもん。ちょっと悔しいんだ」

「うふふっ。私はあなたがいてくれたおかげで、ようやく私が望んだ人生を生きられる気がしてるの。だから何が起きても悲しまないで」

「お姉ちゃん…行っちゃうの?やだよう…やっと会えたのに」

「どこにも行かないよ。逆。私たちはまた一つになるの。澄香、今までいっぱいごめんね。いっぱいありがとう。ずっとずっと大好きだよ。これからはいつも一緒だからね」


 澄香が抱きしめながら感じていたすみかの温もりや重みは、存在が消えるに従い、悲しいほどに小さくなっていく。やがてすみかは天使のような笑顔のまま澄香の胸に突っ伏し、それきり顔を上げることはなかった。光は全衝撃を吸収し、巨木の根元で彼らは止まった。



「お姉ちゃあああああん‼︎いやだよーーー‼︎」



 その絶叫に守護の光は一層の輝きを増す。直後、光は傷ついたすみかの体と一緒に、森の闇に溶けるように消滅した。赤いメガネがぽとりと澄香の胸に落ちる。満月の光を柔らかに反射して、なお澄香に微笑みかけているように見える。それはさっきまで確かにここにいた、儚い生を駆け抜けた少女のメッセージが宿るかの如き佇まいであった。


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