勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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吸血鬼と聖女と聖騎士と

第一章第32話 アンジェリカとシャルロット

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2020/09/03 誤字を修正しました
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「ひいいぃぃぃぃ、また来たっ」

クリスさんの悲鳴を聞いて私たちは駆け出す。

そう、私たちは屋敷の中を逃げ回っているのだ。屋敷の外へでる扉は開かない上に、聖剣でも切ることができなかった。それどころか窓ガラスすら割れなかった。

この屋敷は一体どうなっているんだ!

幸いなのは、あの人形たちの追いかけてくるスピードが遅いことだ。ゆっくりと歩くくらいのペースでしか追いかけてこない。

そして今、私達は何十周目かのエントランスホールに辿りついた。窓からは夕日が差し込んでホールを茜色に染め上げている。

「そろそろ、日が沈んでしまいますね。夜は悪霊たちの力が強まる時間帯ですから、まずいことになりましたね」

額にかいた汗をぬぐいながら、セドリックさんがそう呟く。

「しかし、フィーネ様の浄化魔法が全く効かない悪霊がいるとは。それに倒せば倒すほど数が増えるというのは厄介です」

クリスさんもかなり辛そうだ。元々幽霊嫌いなのに人形の幽霊のようなものに追い回されているのだから相当辛いはずだ。

「うーん、たしかにあの人形のいたところは浄化したと思うんですけどね。まるで手ごたえがないというか。何か変ですね」

そう。たしかに私の浄化魔法はあの人形たちを包み込んで浄化しているはずなのだ。だが、まるで空気を掴もうとしているような感じで、どうにもきちんと消滅させられない。そして、戻ってくる頃には数が増えている。

「フィーネ様、MP はいかがでしょうか?」
「ええと、小規模のであれば、一度は浄化魔法を使えると思います」
「フィーネ様、今は本番ですからね!」

いや、そういう問題じゃないから。

そうこうしているうちに、外は暗くなった。夜、悪霊たちの時間がやってくる。

その時だった。踊り場にスーツを着こんだ一人の男が姿を表し、妙に気障ったらしい声で私たちに語りかけてきた。

「ようこそ、皆さん。この僕とアンジェの屋敷へ。ごらん? アンジェ。またお客さんがアンジェに会いに来てくれたよ」

男の左肩には美しい少女の人形が乗せられている。一目見てわかる、アンジェリカをモデルにした人形だろう。飾られている絵画の中で描かれているアンジェリカにそっくりだ。

「人形細工師ジョセフ! 貴様! 生きていたのか!」
「おや? 誰かと思えば、あの時僕を殺してくれた執事さんじゃないですか。ええと、名前は? うん? アンジェは知っているのかい? ああ、ありがとう。セドリックというんだね」
「なっ!」

ええと、どういうこと? あの人形は本当にアンジェリカさんってこと?

「お、お嬢様なのですか!?」
「ふうん? アンジェを殺したクセに。今更どの面を下げてアンジェに会おうというんだい? ねぇ? おかしいと思うよね? アンジェ?」

カラカラと人形の頭が音を立てて動く。その仕草は、男の言葉を肯定しているかのようにも見える動きだ。

「そ、そんな……お嬢様……私はいつだってお嬢様のためを思って……」
「ふっ。アンジェの事を思ったって助けられなければ意味がないだろう? だがこの僕は違う。こうしてアンジェは痛みからも苦しみからも解放され、この僕と、永遠の時を生きることができるというわけさ。素晴らしいだろう? ねぇ、アンジェ、君もそう思うだろう?」

再び人形の頭が音を立てて動く。

「そ、そんな……」

セドリックさんががくりと膝を着く。どうやら心を折られてしまったらしい。

「さて、アンジェの役に立たないどころか、害になる執事さんをどう罰してあげようかな? え? ああ、なるほど。わかったよ。アンジェの言う通りにしよう」

すると、次の瞬間、ジョセフから光が放たれ、セドリックさんを包む。

「うわぁぁぁぁぁぁぁ」

叫び声を上げるセドリックさん。そして次の瞬間、セドリックさんはバッグチャームくらいの大きさのぬいぐるみへと変わってしまった。

「な……」

クリスさんは唖然としている。

「さて、残りのお二人は、うん? そうかい。アンジェがそうしたいならそうしよう」

相変わらず人形と話をしていて気持ち悪いやつだ。

「アンジェがお二人と遊びたいそうだからね。ゲームをしてあげよう。夜が明けるまでに人形になっていなかったら、君たちの勝ち。この屋敷から帰してあげよう。君たちが負けた場合は、この屋敷の永遠の虜だ。せいぜい頑張っておくれよ?」

そう言うと、ジョセフ達は忽然と姿を消した。そして、入れ替わるように昼間から私を追いかけまわしてくれた人形達がやってきた。

「あれを相手にしても仕方ないですね。早くあのジョセフという男を捕まえて叩き斬ってやりましょう!」

お、クリスさんが怖がっていない。姿が見えたから怖くない的な奴なのかな?

私はセドリックさんの人形を拾い上げると、ジョセフを探して屋敷の探索を始めるのだった。

****

私たちは屋敷の部屋という部屋を片っ端から開けていく。

「ここにもいませんね」

一階と二階の部屋は調べ終えた。後調べていないのは、扉の開かなかった礼拝堂と、三階の一番奥の部屋だけだ。

私たちはまずは三階奥の部屋へとやってきた。開けようとしたが、この部屋は鍵がかかっているらしい。

「お任せください。フィーネ様」

クリスさんが三階の一番奥の部屋の扉を思い切り蹴りを入れる。大きな音と共に扉の鍵が破壊された。これで中に入れる。

そして中で見たのは、三体の人形であった。

「ま、まさかシャルロット様とユーグ?」
「みたいですね。残りは案内に連れてこられた伯爵家の人、といったところでしょうか。じゃあ、最後は礼拝堂ですね」
「え? フィーネ様? このまま置いて行かれるおつもりですか?」
「え? だって役に立たないし、人形ばかりそんなたくさん持てないですよ?」
「フィーネ様なら元に戻す魔法くらい――」
「そんな魔法知りませんよ?」
「そんな!」
「あのジョセフを倒せば何とかなるんじゃないですか? きっと。それに、さっきまで MP 枯渇していたんですから無理ですよ」
「ううん、それもそうですが。そういえば、MP は回復したんですか?」
「はい。大分回復してきました。歩いていただけですから」
「では、シャルロット様だけでも、元に戻せませんか?」

いやいや、元に戻す魔法なんて知らないって言ったばかりじゃん!

「フィーネ様とは比較になりませんが、シャルロット様は聖魔法を使えます。元に戻して差し上げれば戦力になるはずです」
「えー、ぶっつけ本番で失敗しても知りませんよ?」
「大丈夫です。フィーネ様は本番に強いですから!」

いや、だからさぁ。まあ、いいか。

「どうなっても知りませんよ?」

──── 魔法の力で元に戻れ~

シャルロットさんの人形を光で包み込む。だが、中々元に戻らない。

──── お、これは結構抵抗する。えーい、いいからさっさと戻れ! 魔力倍プッシュドン!

更に強力な光が人形を包む。クリスさんはあまりの強い光に顔をそむけている。

次の瞬間、人形の中に光が入り込み、表面にひびが入る。そして、そのひびから黒い煙が立ち上り、それを私の魔法が打ち消していく。そのひびは徐々に人形全体に及んでいき、黒い煙も全体から立ち上る。そうしているうちに黒い霧が立ち上らなくなり、そして人形全体が光に包まれる。

お、どうやらうまくいったようだ。

光が消えると、眠ったシャルロットさんが床に転がっていた。

「フィーネ様、お見事です」
「ふう、何とかなりましたね。これは結構疲れました」
「さすが、本番に強いだけありますね」

いや、違うから。

「う、うん?」

あ、シャルロットさんが目を覚ました。

「こんばんは、シャルロットさん。具合の悪いところはありませんか?」

私が近づいて声をかけると、目をパチっと開き、驚いて飛び起きる。

「あ、あなたはクリスティーナのところの! 平民風情が! 離れなさい、この無礼者!」
「シャルロット様、お言葉が過ぎます。フィーネ様は悪霊ジョセフに敗れて人形とされたシャルロット様をお救いくださったのですよ?」

あ、クリスさん、怒っている。

「な? わ、わたくしが人形に? そんなお馬鹿な冗談は!」
「えーと、シャルロットさんのお隣にあなたの騎士様が人形になって転がっていますよ?」
「え? ユーグ様? あ……」

お、どうやら何かを思い出した様子だ。

「あ、あ、あ、ユーグ様……ユーグ様はわたくしを庇って……。それにアンジェ……」

なるほど。騎士様はシャルロットさんを庇って先に人形になったようだ。ん? アンジェリカさんのことを知っている?

「シャルロットさん、アンジェリカさんの事をご存じなんですか?」
「知っているも何も、わたくしとアンジェは親友ですのよ? もっとも、そう思っていたのはわたくしだけで……」

そう言って酷く落ち込んだ表情を浮かべるシャルロットさん。

「何があったんですか?」
「いえ。アンジェが、本当はわたくしのことを恨んでいたって、元気な体で自由に生きているわたくしが、外での出来事や、社交界での出来事を話にくるのが堪らなく嫌だったって」

そう吐き捨てるように言いながら涙を流すシャルロットさん。

「それで、今はあの男に人形の体を与えてもらって良かったって言っていたんですか?」
「ええ、そう言っていましたわ」

なるほど。そういうパターンですか。

「わたくし、それがショックで。アンジェの病気を治してあげたくで回復魔法も聖魔法も沢山練習したんですのよ? それなのに、それなのに」

そういって顔を覆うと嗚咽を漏らし始めた。

私たちはシャルロットさんが泣き止むまでそっと見守るのだった。
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