勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

文字の大きさ
44 / 625
吸血鬼と聖女と聖騎士と

第一章第42話 意外な援軍

しおりを挟む
2020/05/19 ご指摘頂いた誤字・文章を修正しました。ありがとうございました。内容に変更はございません
================

「20……ですか?」

私はなんとか声を絞りだした。自分でも驚くぐらいにか細く震えた声だった。

「はい。アルホニー子爵のところの使用人たちが行動した先々で感染が起きたようです。中央商業区で 8 件、東の平民街で 4 件、北の平民街で 3 件、北の貧民街で 2 件、貴族街で 1 件、南の工房地区で 3 件です」
「そん……な……」
「フィーネ様」

クリスさんが心配そうに私を覗き込んでいる。

「申し訳ありません。フィーネ様。我々衛兵の不手際です。あの愚か者を発見できず、封鎖が不十分でした」
「……そんなこと……」

どうしたらいいのか、さっぱり思いつかない。これが本当にアニュオンのイベントだというなら、誰か何とかする方法を教えて欲しい。ゲームなのに、ゲームのはずなのに、この町を守れないということがどうしても悔しい。

「……ううっ」

視界が何故か滲んでいる。

──── あれ、もしかして私は泣いているのか?

ああ、そうか。いつの間にか、この街のことが、この世界のことがこんなにも好きになっていたんだ。アニュオンのゲームの中だから、最初のテストキャラだから適当に、なんて思っていたはずなのに。クリスさんに出会って、親方や奥さんに出会って。それにいろんな人たちに出会って。

「俯いている場合じゃ、ないですね。今から治療と洗浄に行きましょう。まずは、数の多い、中央商業区からです」
「フィーネ様……」

クリスさんは何も言わずに付き添ってくれる。

──── ありがとう、クリスさん。聖女になんてなれるはずのない吸血鬼の私にこんなに良くしてくれて

私たちは疲れた体に鞭を打ち、夕闇の迫る町へと繰り出していった。

****

そこからは地獄の始まりだった。事態を重く見た王宮が非常事態宣言を発令し、不要不急の外出が禁止された。だが、それを守るのは高い教育を得ている層ばかりで、文字もほとんど読めないような一般庶民に徹底させるのは難しかったようだ。

ミイラ病が恐ろしい病気だ、ということは伝わっているのだが、家族が、恋人が、友人が、お世話になっているあの人が無事なのかを知りたい、という欲求に従って外出してしまう。

もちろん、大通りは衛兵と騎士が警戒しているため大手を振って出歩くことはないが、裏通りを歩く人はそれなりにいる。

そうして、その裏通りを歩いた人たちを通じて感染が拡大していく。

今やミイラ病対策室となっている神殿の一室にも暗雲が垂れ込めていた。一向に減らないどころか次々と増える感染報告。治療も洗浄も追いつかず、万事休す、そういった雰囲気が漂っている。

私も今日の治療と洗浄活動を終え、もはや精魂尽き果てた状態で戻ってきた。MP 回復薬の味にも随分と慣れてしまった自分がいる。

「ただいま……戻りました……」

私は対策室に戻ると今日の成果を報告するが、その数字の 10 倍以上の新規感染報告が上がってくるのだ。さらにその中で分かったことは、ミイラ病は同じ人が何度も感染する、ということだ。つまり、この病気は免疫がつかないのだ。

だらしないとは分かっているが、私は机に突っ伏す。終わりの見えない病気との戦い。吸血鬼である私に感染するのかは分からないが、正直限界が近づいているのが分かる。

──── もう、無理かも……

諦めて逃げる、という選択肢が私の中で現実味を帯びてくる。そして、その安易な選択肢を選びそうな私自身を自覚し、その恐怖に震える。

もうこの自問自答を何度繰り返したことだろう。

そんな時、やたらと元気でしっかりとした足音と、何か問答をしているような声が聞こえる。そして、それがこの部屋の前まで来たかと思うと、勢いよく扉が開け放たれた。

「随分としょぼくれた顔をしていますわね? フィーネ。次期聖女であるこのシャルロット・ドゥ・ガティルエが来たからにはもう安心ですわ」

えーと、今更何しに来たのかな?

「ああ、シャルロットさん。すみません。今疲れているので終わってからでいいですか?」
「はぁ? 何をおっしゃいますの? わたくしはミイラ病の流行を終わらせるためにここに来たのですのよ? このわたくしが居ればもはや解決したも同然ですわ。それとフィーネ、わたくしのことは、シャル、と呼ぶようにと言ったでしょう? あなた、それでもわたくしのライバルでして?」

えー、何それ。愛称で呼べなんて言われた記憶ないよ?

「ええと、じゃあ、シャルさん。今疲れているので――」
「シャル! シャルさんじゃなくてシャル、ですわ。何度言えば分かるのかしら、これだから平民は困りますわ」
「ええと、シャル。すみません。今疲れているので終わってからで――」
「フィーネ! わたくしは終わらせに来たのですわ!」
「えー、じゃあ、明日からどこか一か所担当してください。割り振りはそこのローラン司祭にお願いしてますから」

面倒くさい。それにちょっとでも休んで少しでも体力回復しないと体がつらいのだ。

「で・す・か・ら、わたくしが、根本的に終わらせて差し上げますわ。全く、フィーネは話を聞かない頑固者ですわね。ガティルエ家の叡智を結集すれば、このような流行を終わらせることなど訳ないのですわ!」

えー何それ、すごい。だったらさっさとやってほしかった。

「なんですと? シャルロット様。それは一体どのような方法ですか?」

ローラン司祭が反応すると、シャルはこれ以上ないドヤ顔をしながら言い放った。

「病人を全て隔離しますわ。病人を搬送する場所と馬車は全てガティルエ家とそれに賛同する貴族、大商人たちが提供することで話をつけておきましたわ」
「そ、そんなことが?」
「頭の固い貴族たちは、次期聖女であるこのわたくしが直々に説得しましたわ。それと、ここの対策室長もこのわたくしが引き継ぎますわ。頭の固い貴族たちを動かすには神殿の権威よりもガティルエ家の権力のほうが効きましてよ? ローラン司祭、あなたは引き続きわたくしを補佐なさい」
「っ! ははっ!」

ローラン司祭は感激している風だし、良いんだろう。それに患者を隔離しちゃえばその人が新たな病原菌をばらまくことはない。なるほど、確かにこれなら行けるかもしれない。

「……シャルも、意外と頼りになるんですね」

あ、しまった。つい本音がポロリと

「あら、フィーネ。あなた、わたくしのことを何だと思っていたんですの?」
「ええと、人形?」
「なっ、そ、それはお忘れなさい!」

シャルが顔を真っ赤にして怒っている。だけど、何だか楽しそうだ。うん、私も元気が出てきた。

「シャル、ありがとうございます。助かりました。明日からよろしくお願いしますね」
「え、なっ? ふ、ふん。これも貴族たるものの当然の責務ですわ。フィーネ、別にあなたのためなどではありませんことよ?」
「はい。さすがシャルです」

そう言うとシャルは顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまう。これは見事なツンデレってやつだ。うん、ありがとう。おかげで明日も頑張れそうだ。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

幻獣を従える者

暇野無学
ファンタジー
 伯爵家を追放されただけでなく殺されそうになり、必死で逃げていたら大森林に迷う込んでしまった。足を踏み外して落ちた所に居たのは魔法を使う野獣。  魔力が多すぎて溢れ出し、魔法を自由に使えなくなっていた親子を助けたら懐かれてしまった。成り行きで幻獣の親子をテイムしたが、冒険者になり自由な生活を求めて旅を始めるつもりが何やら問題が多発。

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  ブックマーク・評価、宜しくお願いします。

異世界でも馬とともに

ひろうま
ファンタジー
乗馬クラブ勤務の悠馬(ユウマ)とそのパートナーである牝馬のルナは、ある日勇者転移に巻き込まれて死亡した。 新しい身体をもらい異世界に転移できることになったユウマとルナが、そのときに依頼されたのは神獣たちの封印を解くことだった。 ユウマは、彼をサポートするルナとともに、その依頼を達成すべく異世界での活動を開始する。 ※本作品においては、ヒロインは馬であり、人化もしませんので、ご注意ください。 ※本作品は、某サイトで公開していた作品をリメイクしたものです。 ※本作品の解説などを、ブログ(Webサイト欄参照)に記載していこうと思っています。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

処理中です...