勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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吸血鬼と聖女と聖騎士と

第一章第44話 大量生産

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「酒精の抽出ですか?」
「そうだ。あんたが考案したんだろ? 世間じゃフィーネ式消毒液って言われているぞ」

なんと、私が知らないうちにそんな話になっていたらしい。

「治療関係者だけじゃなく衛兵や騎士団、さらにお貴族様までこぞってそのフィーネ式消毒液を買い集めているせいで極度の品不足だ。それで考案者のいるうちの薬草店にも薬師協会から大量の注文が入っている。この作業はスキルレベル 2 の【調合】でできる。あんたに全部任せることにしたからもう店番はしなくていいぞ」
「ありがとうございます! 親方」

これはありがたい。こちらをいやらしい目で見てくる男共を相手に、営業スマイルを貼り付けて接客するのは結構な苦痛だったのだ。

さて、早速作業に取り掛かろう。工房の一角には既にフィーネ式消毒液の製造に必要なものが準備されている。巨大な酒樽、ガラス製の注ぎ口が下に大きく垂れ下がるというちょっと変わった形をした水差しのような器具、そして炭と加熱用の台。それから薬師協会の手配した消毒液用の瓶だ。

要するに、これは中学生の時に理科の実験でやった蒸留実験の装置の代わりのようだ。まずは酒樽からお酒を汲んで水差しに入れる。そして、この水差しのような器具を加熱してアルコールを分離して、消毒液用の瓶に溜めるという寸法だ。

さて、まずは手順通りに一度試してみた。この水差しのようなものが、フラスコとゴム栓、ガラス管、ゴム管を合体させたようなものなのだが、あちこちに隙間があいているせいでかなりのアルコールが飛んで行ってしまう。工房内もアルコール臭くなるうえにもったいないことこの上極まりない。

どうやら、いくら【調合】のスキルがあったとしても、温度管理が正しくできるようになるだけで物理的に無理なことは無理なようだ。

「うーん、どうしましょう。このままだとほとんど蒸発してしまってもったいないし、工房中がお酒の臭いで酷いことになりそうですね」

うちで提供している薬にお酒の成分が混ざりました、なんていう事態は避けたい。どうすればよいのか。

足りない頭をひねって考えてみる。まず、蒸留は沸騰する温度の違いを利用している。そして、その蒸発したアルコールが器具の隙間から漏れていくのが問題なわけだ。それに、瓶に貯めるところでも漏れているような気がする。

さて、解決策は単純にその隙間を塞げば良い、ということになるはずだが、ゴム栓や隙間なく密閉できるガラス管などといった都合の良いものは存在しない。

うーん、どうしよう? こういう時は手持ちのスキルを見て使えるものがないか考えてみよう。

「ステータス・オープン」

私は自分のステータスを開いてスキル一覧を眺めてみる。

──── 
名前:フィーネ・アルジェンタータ
種族:吸血鬼(笑)
性別:女性
職業:治癒師、薬師
レベル:2

ユニークスキル(13):
吸血:1
霧化:1
蝙蝠化:1
影操術:1
眷属支配:1
血操術:1
魅了:1
雷撃:1
成長限界突破
次元収納:1
精霊召喚
容姿端麗
幸運

スキル(21):
言語能力:10
魔力操作:1
闇属性魔法:1
聖属性魔法:10
回復魔法:10
火属性魔法:1
水属性魔法:1
風属性魔法:1
土属性魔法:1
状態異常耐性:10
火属性耐性:1
水属性耐性:1
風属性耐性:1
土属性耐性:1
闇属性耐性:10
聖属性吸収
呪い耐性:10
日照吸収
魅了耐性:10
調合:2
薬草鑑定:1

──── 

「やっぱり、属性魔法ですかね?」

単純に考えると、【火属性魔法】でお酒を熱くする、【水属性魔法】で冷やすあたりが使えそうな気がする。とりあえず、【調合】スキルで炭を使っても温度管理はばっちりできるので、【水属性魔法】を試すのが良さそうだ。

物は試し、ということで、私は少しだけお酒を入れると加熱を始める。そして、温まってきたところで水差し上部の蓋に【水属性魔法】をかけて冷やしてみる。

──── 冷えろ~、冷えろ~

しかし、何も起こらなかった。

あれ? もしかして氷魔法は【水属性魔法】の範囲内ではない? それともスキルレベルが足りない?

私は急いで火を消して加熱を止めようとして、間違って火に触ってしまった。

「あつっ」

私は慌てて治癒魔法をかけて火傷を治す。

うーん、うっかりしてしまった。それにしても、火に触ると熱いし、ちゃんと火傷もするのか。本当に、ゲームとは思えないリアルさだ。全く……

おっと、いけない。今は仕事中だ。

私はおかしな方向に行きかけた思考を元に戻す。

【水属性魔法】で冷やせない、ということは、蒸発したアルコールを液体に戻すのは難しいということだ。うーん、どうすれば? 氷を買ってくるとか? いや、そもそも氷を売っているのを見たことがない。

じゃあ、他の属性魔法はどうだろう? 【土属性魔法】で隙間を塞ぐのはどうだろうか? よし、どのくらいできるか試してみよう。

そうして私は工房床の土に手を触れ、魔法を使ってみる。

──── 隙間を完璧に埋める蓋になれ~

すると、土が僅かに盛り上がり、そして蓋の形になった。

「あ、うまくいったかも?」

私は水差しの蓋と交換しようと出来上がった蓋をつまんで持ち上げようとした。すると、蓋はボロボロになってしまった。どうやら、所詮は土のようだ。残念ながら土を石のように固くすることはできないようだ。ちなみに、ガラスの蓋そのものを変形させようともしてみたが、それもできなかった。やはりスキルレベル 1 でできることはほとんど無いようだ。

さて、残ったのは【風属性魔法】だ。風を操ることができる、ということは、空気を動かせるということだ。

あ、ということは【風属性魔法】で蒸発したアルコールを集めるっていうのはできるんじゃないか?

私はまた少しだけお酒を入れて加熱をした。そして、温まってきたところで水差しの中に【風属性魔法】をかける。

──── 蒸発したアルコールだけ移動しろ~、移動しろ~

しかし何も起こらなかった。

あれ? これも無理? もしかしてスキルレベル 1 じゃだめなのかな? いや、待てよ。それなら!

──── 水差しの蓋の部分の空気、動くな!

お、これはうまくいった! ということはこっちの瓶のほうも!

──── 瓶の口の部分の空気、動くな!

よしよし、これでもうアルコールが漏れなくなったはず。あとは【調合】スキルに従って火加減を調節していれば――

ポンッ!

軽快な音がしたかと思うと、水差しの蓋が飛んで行った。そして、アルコールの臭いが充満してくる。

「あああああ、なんで?」

水差しの蓋はなんとかキャッチしたが、せっかく抽出したアルコールはかなり漏れてしまった。

「うーん、うまくいったと思ったのになぁ」

私が独り言を言っていると、工房の扉が開いた。

「おい? どうした? なんだ今の音は」
「あ、親方」
「なんで蓋をしていないんだ? それじゃあダメだろ?」
「あ、ええと、実は――」

私は親方に状況を説明した。すると、親方はちょっと待ってろ、と言い残して工房を出ていった。

しばらくして戻ってきた親方の手には、大きな金属製の壺があった。

「瓶の代わりにこいつに酒精を溜めろ。そんで、その壺は水を使って常に冷やしておけ。熱い空気は外に出ようとして爆発する。冷やしておけば爆発しない」
「ありがとうございます!」

親方はすぐに問題点を指摘して解決策まで教えてくれた。さすが、薬師歴 30 年のベテランだ。私はすぐに作業に取り掛かる。壺を金だらいの上に置き、汲み置きの井戸水をかけて少し冷やす。あとは先ほどと同様の手順を繰り返す。

──── 空気よ動くな~、動くな~

大丈夫だ。今度は爆発しない。

「親方! 今度はちゃんとできました!」
「……よかったな。だが、気をつけろ。爆発してガラスが割れていたら取り返しのつかないことになったかもしれないんだぞ?」
「すみません。お借りした道具を……」
「そうじゃない! あんたも年頃の女の子なんだ。怪我をして痕が残ったらどうするんだ!」
「あ……はい。ごめんなさい」

そうか。そうだった。治癒魔法あるし、特に意識はしていなかったけど、女の子の顔に傷痕が残るって、普通は大変なことだもんな。さっきも火傷したし。

それに、親方に心配かけてるもんな。

「あの、これからは気を付けます」
「……ああ、そうしろ」

****

それからはとんとん拍子だった。嬉しいことに、【水属性魔法】についても新しい発見があった。氷を出すことも冷たい水を出すこともできなかったが、手で触れた水を冷やすことはできたのだ。どうやら、氷魔法が使えなかったのは【水属性魔法】のレベルが低かったからのようだ。おかげで、ぬるくなった水を交換するという作業も不要になった。

と、いうわけで、私は来る日も来る日も、ひたすらにアルコールの蒸留を行った。仕事の間はずっと【調合】スキルを使い続けているおかげなのか、一日に 400 ~ 500 という異例のハイペースでスキルの経験値が貯まっていく。

そしてそれは【薬草鑑定】のスキルも同じだった。この壺の中に貯まっていくアルコールは【薬草鑑定】するとスキルの経験値が貰えるのだ。そのうえ、新しくアルコールが追加されているからなのか、壺の中身を何度鑑定しても経験値が得られる。おかげでこちらも経験値が異例のハイペースで貯まっていく。

さらにほんの少しではあるが、密閉と冷却に【風属性魔法】と【水属性魔法】を使っているため、それらの経験値も貯まるのが素晴らしい。

さらに、この私のやり方で蒸留するとアルコールの取りこぼしがほとんどないらしく、工房が酒臭くならなくてよい、と親方に褒められた。他の薬師工房ではお酒臭くて他の仕事ができなくなった、という愚痴が薬師協会に寄せられていたらしい。

それを聞いた親方が私のやり方を紹介したところ、『フィーネ式酒精抽出法』などという大仰な名前がついて出回り、王都の薬草店が風属性魔術師や水属性魔術師の見習いを雇うようになったらしい。スキルレベル 1 の魔術師は戦力にはならないため弟子入りした師匠のところで小間使いのようなことをしているそうだが、師匠も見習い本人も小遣い稼ぎと修業を両立する手段ができたと喜んでいるらしい。

そして、私はついに来るべき時を迎えたのだった。
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