125 / 625
花乙女の旅路
第三章第38話 魔族ベルードと花乙女
しおりを挟む
何者だ、そう問われても私自身、答えに困る。
「何度も申し上げておりますが、私はフィーネ・アルジェンタータという者です。それ以上でもそれ以下でもありません」
「だが、貴様は人間ではないはずだ」
「そうですね。人間ではありません」
「そんな貴様が何故聖女などという人間の希望の象徴のようなことをしているのだ!」
「行きがかり上です。私もよく分からないうちに気が付いたらそういうことになっていました。それに、聖女というのは周りの人たちが言っていることです」
「なるほど。まだ聖女ではない、ということか」
どう解釈したのかはよく分からないが、ベルードさんは少し警戒を解いてくれたようだ。
この反応から察するに、魔族にとって聖女はやはり敵ということなのだろうか?
いや、そんなことを考えている場合じゃないか。やることをさっさと終わらせてここから出て行った方が安全な気がする。
「私たちはこの森に悪い影響を与えているこの毒沼の浄化に来ました。浄化が終わりましたらすぐに出ていきますので、その許可を頂けませんか? ベルード様」
私は営業スマイルで交渉を開始する。
「……そんなことが本当にできるのか?」
「はい。私は花の精霊の契約者です。私と花の精霊が力を合わせればこの地を蝕む毒を浄化することが可能です」
「……いいだろう。だが、もし出来なければ貴様ら全員の首を刎ねてやる。いいな?」
「はい」
ふう。なんとか交渉成功だ。この男の気が変わらないうちにさっさと終わらせよう。
「クリスさん、シズクさん、ルーちゃん、早く終わらせてしまいましょう」
「フィーネ様、奴は……」
「クリスさん、ダメですからね? 私たちは何もされていません。例え魔族が相手でも、助けてもらった相手に剣を向けるなんてダメです。いいですね?」
「……かしこまりました」
「シズクさんも、手合わせなんて考えないでくださいね?」
「……仕方ないでござる」
「ルーちゃんは……大丈夫ですね」
「ええっ? なんですか、それ……」
「いえ、ルーちゃんは見境なく喧嘩を売ることはしないかな、と」
「それはそうですけど……」
「私はそんなこと!」
「拙者は!」
私は文句を言う二人を尻目に毒の池へと近づき、花乙女の杖を取り出す。
「何をする気だ?」
「いいから、見ていてください」
私は杖を振り、リーチェを召喚する。
「何? 本当に【精霊召喚】が使える、だと? ということはやはりエルフなのか?」
私は驚いているベルードさんを無視して浄化を進める。
私はリーチェに聖属性の魔力を与える。それを受け取った彼女は天高く舞い上がると花びらを降らせる。毒の池だけでなく、廃村と周囲の森、そして対岸の山までの広い範囲に花吹雪が舞い踊る。
「く、これは……」
思っていたよりも遥かに広い範囲に花びらを降らせているせいか、いつもより MP の消費が激しい。
私はリーチェへの魔力の供給を一旦取り止め、 MP 回復薬をまとめて 2 本飲み干す。王都を思い出す久しぶりのまずい味だ。
ふと上を見上げると、リーチェが心配そうに私を見下ろしている。私は笑顔を作って頷くと再びリーチェへ魔力の供給を再開し、リーチェが花びらを再び降らせる。
これとあと二回繰り返したところでリーチェが私のところに戻ってきた。
私はリーチェから種を受け取ると池にそっと投げ入れた。そして MP 回復薬を 2 本まとめて飲み干してからリーチェに聖属性の魔力を渡す。
すると、水面を漂う花びらが、村に森に山に落ちた花びらが一斉に眩い光を放つ。
「こ、これはっ!?」
ベルードさんが声をあげたようだが私にはそれに構っている余裕はない。
そしてしばらくして光が消えると、花びらはすべて消え、池には一輪の可憐な花が咲いていた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
MP を使い果たしてがっくりと力の抜けた私をクリスさんが支えてくれる。
リーチェは私の頭をいい子いい子と撫でるとそのまま杖の先端へと消えていき、花乙女の杖先も元のつぼみの状態へと戻ったのだった。
「フィーネ様、お疲れ様でした」
「ありがとうございます。でも、さすがにちょっと疲れました」
「少しの間、横になってお休みください」
そう言ってクリスさんは私をお姫様抱っこで広場の端はまで運んでくれた。
私は収納から敷き布を取り出して地面に広げるとそこに横たわった。
「フィーネ・アルジェンタータと言ったな。あの毒には私も手を焼いていたのだ。素直に礼を言おう」
ベルードさんが私のところにやってくるなりいきなりお礼を言われた。
まさかお礼を言われるとは思っていなかったので驚いたが、もしかするとこの廃村の関係者なのかもしれない。
「いえ。私は私のお務めを果たしただけですから」
「……そうか。おい、そこの者たち。フィーネ嬢と二人で話がしたい。席を外してもらえるか?」
「なっ! フィーネ様と二人でなど!」
「クリスさん。 私は大丈夫ですし、彼からは私に対する害意は感じられません」
「ですが……」
「クリスさん! お願いします」
「……わかりました」
私が強く言うと渋々、といった感じではあるが了承してくれた。そして心配そうな表情をしながら私たちから三人は離れていった。
さて、ここから再び胃の痛くなりそうな時間の始まりだ。言葉の選択を誤って全員死亡エンドになることだけは避けなければ。
「賢明な判断だな」
「ベルード様であれば、私たちの首を刎ねるなど容易いことなのですよね?」
「よく分かっているじゃないか。それにあの愚直な騎士が怒って俺に何かしない様にするために他の部下もまとめて遠ざける、か。ふ、良い判断だ」
「ありがとうございます。ベルード様。そしてこのような体勢で申し訳ありません」
「なに、気に病むことはない。それにそうと分かっていながら自身の正体を明かさず、仕事を終わらせるための交渉をするその胆力。ふ、いいな。気に入ったぞ、フィーネ。貴様には俺を呼び捨てにすることを許可しよう。どうせ貴様は俺の部下にはなりえんしな」
おっと、大丈夫か? いきなり呼び捨てにして。いや、でもあっちは呼び捨てだしな。
私はベルードさんの鋭い目をジッと見つめた。ベルードさんも見つめ返してくる。そんな彼の瞳の奥に少しだけ暖かいものが見えた気がするので、私はそれを信じてみることにした。
「分かりました。それでは、ベルード、と。それで、二人だけで話したいこととは一体なんでしょうか?」
「ああ、そうだな。さて、フィーネよ。貴様は俺の質問に答えていない。今一度問おう。貴様は何者だ?」
「何度も申し上げておりますが、私はフィーネ・アルジェンタータという者です。それ以上でもそれ以下でもありません」
「だが、貴様は人間ではないはずだ」
「そうですね。人間ではありません」
「そんな貴様が何故聖女などという人間の希望の象徴のようなことをしているのだ!」
「行きがかり上です。私もよく分からないうちに気が付いたらそういうことになっていました。それに、聖女というのは周りの人たちが言っていることです」
「なるほど。まだ聖女ではない、ということか」
どう解釈したのかはよく分からないが、ベルードさんは少し警戒を解いてくれたようだ。
この反応から察するに、魔族にとって聖女はやはり敵ということなのだろうか?
いや、そんなことを考えている場合じゃないか。やることをさっさと終わらせてここから出て行った方が安全な気がする。
「私たちはこの森に悪い影響を与えているこの毒沼の浄化に来ました。浄化が終わりましたらすぐに出ていきますので、その許可を頂けませんか? ベルード様」
私は営業スマイルで交渉を開始する。
「……そんなことが本当にできるのか?」
「はい。私は花の精霊の契約者です。私と花の精霊が力を合わせればこの地を蝕む毒を浄化することが可能です」
「……いいだろう。だが、もし出来なければ貴様ら全員の首を刎ねてやる。いいな?」
「はい」
ふう。なんとか交渉成功だ。この男の気が変わらないうちにさっさと終わらせよう。
「クリスさん、シズクさん、ルーちゃん、早く終わらせてしまいましょう」
「フィーネ様、奴は……」
「クリスさん、ダメですからね? 私たちは何もされていません。例え魔族が相手でも、助けてもらった相手に剣を向けるなんてダメです。いいですね?」
「……かしこまりました」
「シズクさんも、手合わせなんて考えないでくださいね?」
「……仕方ないでござる」
「ルーちゃんは……大丈夫ですね」
「ええっ? なんですか、それ……」
「いえ、ルーちゃんは見境なく喧嘩を売ることはしないかな、と」
「それはそうですけど……」
「私はそんなこと!」
「拙者は!」
私は文句を言う二人を尻目に毒の池へと近づき、花乙女の杖を取り出す。
「何をする気だ?」
「いいから、見ていてください」
私は杖を振り、リーチェを召喚する。
「何? 本当に【精霊召喚】が使える、だと? ということはやはりエルフなのか?」
私は驚いているベルードさんを無視して浄化を進める。
私はリーチェに聖属性の魔力を与える。それを受け取った彼女は天高く舞い上がると花びらを降らせる。毒の池だけでなく、廃村と周囲の森、そして対岸の山までの広い範囲に花吹雪が舞い踊る。
「く、これは……」
思っていたよりも遥かに広い範囲に花びらを降らせているせいか、いつもより MP の消費が激しい。
私はリーチェへの魔力の供給を一旦取り止め、 MP 回復薬をまとめて 2 本飲み干す。王都を思い出す久しぶりのまずい味だ。
ふと上を見上げると、リーチェが心配そうに私を見下ろしている。私は笑顔を作って頷くと再びリーチェへ魔力の供給を再開し、リーチェが花びらを再び降らせる。
これとあと二回繰り返したところでリーチェが私のところに戻ってきた。
私はリーチェから種を受け取ると池にそっと投げ入れた。そして MP 回復薬を 2 本まとめて飲み干してからリーチェに聖属性の魔力を渡す。
すると、水面を漂う花びらが、村に森に山に落ちた花びらが一斉に眩い光を放つ。
「こ、これはっ!?」
ベルードさんが声をあげたようだが私にはそれに構っている余裕はない。
そしてしばらくして光が消えると、花びらはすべて消え、池には一輪の可憐な花が咲いていた。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
MP を使い果たしてがっくりと力の抜けた私をクリスさんが支えてくれる。
リーチェは私の頭をいい子いい子と撫でるとそのまま杖の先端へと消えていき、花乙女の杖先も元のつぼみの状態へと戻ったのだった。
「フィーネ様、お疲れ様でした」
「ありがとうございます。でも、さすがにちょっと疲れました」
「少しの間、横になってお休みください」
そう言ってクリスさんは私をお姫様抱っこで広場の端はまで運んでくれた。
私は収納から敷き布を取り出して地面に広げるとそこに横たわった。
「フィーネ・アルジェンタータと言ったな。あの毒には私も手を焼いていたのだ。素直に礼を言おう」
ベルードさんが私のところにやってくるなりいきなりお礼を言われた。
まさかお礼を言われるとは思っていなかったので驚いたが、もしかするとこの廃村の関係者なのかもしれない。
「いえ。私は私のお務めを果たしただけですから」
「……そうか。おい、そこの者たち。フィーネ嬢と二人で話がしたい。席を外してもらえるか?」
「なっ! フィーネ様と二人でなど!」
「クリスさん。 私は大丈夫ですし、彼からは私に対する害意は感じられません」
「ですが……」
「クリスさん! お願いします」
「……わかりました」
私が強く言うと渋々、といった感じではあるが了承してくれた。そして心配そうな表情をしながら私たちから三人は離れていった。
さて、ここから再び胃の痛くなりそうな時間の始まりだ。言葉の選択を誤って全員死亡エンドになることだけは避けなければ。
「賢明な判断だな」
「ベルード様であれば、私たちの首を刎ねるなど容易いことなのですよね?」
「よく分かっているじゃないか。それにあの愚直な騎士が怒って俺に何かしない様にするために他の部下もまとめて遠ざける、か。ふ、良い判断だ」
「ありがとうございます。ベルード様。そしてこのような体勢で申し訳ありません」
「なに、気に病むことはない。それにそうと分かっていながら自身の正体を明かさず、仕事を終わらせるための交渉をするその胆力。ふ、いいな。気に入ったぞ、フィーネ。貴様には俺を呼び捨てにすることを許可しよう。どうせ貴様は俺の部下にはなりえんしな」
おっと、大丈夫か? いきなり呼び捨てにして。いや、でもあっちは呼び捨てだしな。
私はベルードさんの鋭い目をジッと見つめた。ベルードさんも見つめ返してくる。そんな彼の瞳の奥に少しだけ暖かいものが見えた気がするので、私はそれを信じてみることにした。
「分かりました。それでは、ベルード、と。それで、二人だけで話したいこととは一体なんでしょうか?」
「ああ、そうだな。さて、フィーネよ。貴様は俺の質問に答えていない。今一度問おう。貴様は何者だ?」
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
なんで!?
そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~
北条新九郎
ファンタジー
三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。
ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
ブックマーク・評価、宜しくお願いします。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる