勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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巫女の治める国

第四章第28話 決断

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2021/10/15 誤字を修正しました
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「フウザンのミエシロ家が長女、シズク。参上いたしました」

拙者はスイキョウ様を前に膝をつき、そして頭を下げる。もちろんこの御所には帯刀して入ることはできないため、キリナギは入り口で預けてある。

「うむ。よう参ったの。そしてよう決断してくれた。これでまた当面の間、我が国と民は安泰じゃ」
「はっ」
「あとひと月半という短い間ではあるが、妾の家でゆるりと過ごすがよいぞ」
「ははっ。ありがたき幸せにござる」

そうは言ったものの、ここから出られるのは八頭龍神様への生贄として捧げられるときだけでもう外出することはできないだろう。

ああ、キリナギだけは手元に置いて最後のその時まで修行をしていたいものだ。果たして返してもらえるのだろうか。

「うむ。それでは、ミエシロ殿を寝所に案内せよ」

スイキョウ様のその一声で女官が近づいてくる。

「ミエシロ様、ご案内いたします」

私はスイキョウ様に礼をすると御前を退出した。

「女官殿、拙者の刀を返してほしいでござる。拙者は八頭龍神様の御許に赴く最後の時まで修行をしていたいのでござる」
「申し訳ございません。御所への武器の持ち込みは禁止となっております」

廊下を歩きながら頼んでみるが、やはりにべもなく却下されてしまった。

そうして拙者は御所の奥にある部屋へと案内された。広い部屋に豪華な設備が整ってはいるが、窓もなく扉も外から鍵を掛けるタイプになっている。これは要するに、軟禁されるということだろう。

「スイキョウ様のご厚意により、気分を落ち着ける香を焚いております。どうぞごゆるりと穏やかにお過ごしください。それでは失礼いたします」

そう言って女官は退出していった。

「ああ、やはり早まったでござるかなぁ。フィーネ殿……」

不思議な香りに包まれた部屋で畳に腰を下ろすと、キリナギを手放した心細さからか、それとももう修行をできない寂しさからか、ついそんなことを独り呟いてしまった。

フィーネ殿の姿を見て、拙者は自分の使命を果たそうと思ったというのに。

こうしてこの場に来てみればもっとフィーネ殿の成し遂げる事を見届けたかった、いや拙者の手で守りたかった、そんな思いがこみあげてきてしまう。

拙者の母上は物心つく前に生贄になったと聞いている。父上も拙者が十歳になる前に病を患い拙者を残して旅立ってしまったが、母上がいかに立派にこの国の人々を守ったか、生贄となることがどれだけ尊いことなのかをずっと教えてくれた。ミエシロの女が生贄となりその御許に赴くおかげで八頭龍神は我々に加護を与えてくれ、結果として多くの民が救われる。

それに、スイキョウ様が立たれてからはそのお力でミエシロの女以外が生贄に捧げられることはなくなり流される涙は確実に減った。そのうえ、これまでよりも民は確実に救われたのだとも教わった。

それ以前はこの国のあちこちで生贄の儀式が行われていたそうだが、その効果はまちまちで、生贄に反対する者たちも多くいたという。だが、スイキョウ様の御代みよとなってからはミエシロ家の女を十数年に一度、生贄として捧げているだけだ。それで確実に効果が出ているため、それに反対するものはもういないのだという。もしいたとしても、それは生贄にされるミエシロ家の女に近いごく少数の者たちくらいであろう。

拙者は武者修行の旅の中で、巫国とは違い搾取され、そして貧困にあえぐ人々、流行り病に苦しみ、魔物に脅かされ、あるいは飢饉に苦しむ人々を多く見てきた。

スイキョウ様の統治する巫国では考えられないような惨状だった。もしそういった国々もスイキョウ様が統治したならばそのような悲劇は一掃されるだろう。

そう、ミエシロ家の女が犠牲になりさえすれば。

拙者が生贄となればミエシロ家は断絶だ。この次は本家のこれから生まれてくる子がその役目を継ぐのだろう。

拙者は死ぬのが怖かった。もっと剣の腕を磨き、もっと強い者たちと勝負をし続けたかった。そう思ったからこそ、拙者は生まれながらに背負ったこの宿命から逃げ出したのだ。

拙者の人生は拙者のものだ、そう言い訳をして。

だが、拙者は出会ってしまったのだ。あの気高く、なんの見返りもなく世界のために尽くす心優しく美しい白銀のお姫様に。だというのに……

「はぁ、やはり拙者はまだまだでござるなぁ……」

誰にともなしに拙者はまた独りでぼやいてしまう。フィーネ殿のように拙者も使命を果たす、そう決めたはずなのに。それなのにまた決意が揺れてしまう。

「きっと、フィーネ殿は怒っているでござろうな……」

黙って出てきたことに。そして黙って逝くことに。

そんなことを考えているうちに何だか意識がぼんやりとしてきた。

きっと拙者も疲れているのだろう。

拙者は畳に寝そべるとそのまま仮眠を取ることにした。

****

この部屋を与えられてから二週間ほどが経った、と思う。と、いうのも毎日毎食変わらない食事が与えられ、全く同じ巫女服を着ているため生活に一切の変化がなく、正確な日数がよく分からなくなってきてしまったのだ。そのうえ窓もないため時間の感覚もわからず、今が昼なのか夜なのかすら分からない。

このところは何をするでもなくボーっとしていることが増えたように思う。娯楽も話し相手も与えられないため、昔の事を思い出すくらいしかやることない。

最初は子供のころの事なども思い出していたが、最近思い出すのはフィーネ殿と出会った後の事ばかりだ。フィーネ殿を守ろうと一生懸命なのにどうにも先走ってしまうクリス殿、食べることが大好きで騒々しく元気なムードメーカーのルミア殿、そしてそんな二人に振り回されているように見えて意外としっかりしているフィーネ殿。

あの少し困ったような、それでいてはにかむような表情で「ええぇ」と呟くあの様子がどうにも頭から離れない。

やはりもう一度、フィーネ殿にお会いしたいでござるな。

でも会ってどうする?

そうだ、きちんとお別れをしたかったでござる。やはり手紙なんかじゃ……

ああ、でも……

もう……

もう……

眠い……

****

いったい今はいつなのだろうか? 誰かが入ってきたような気配がある。

「ほほほ。丁度良い具合に仕上がったの」

拙者はぼんやりとした意識の中でまぶたを開けようとするが上手くいかない。

そうやって四苦八苦しているうちにどうやら拙者は服を脱がされたらしい。そんな感覚がなんとなく伝わってくる。

「あ……」
「案ずるな。妾に身を任せよ」

懸命に開いた瞳にぼんやりと誰かの姿が映ったような気がした。

そうか、身を任せればいいのか。それは楽だ

そして、拙者のお腹に何か暖かいものが触れた、ような気がする。

「命令じゃ。シズク・ミエシロ、これよりそなたは心の全てを封じ、妾の命令のみを聞く忠実な人形となるのじゃ」

はっきりとその言葉を聞いた瞬間、拙者の意識はそのままぷつりと途切れたのだった。
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