165 / 625
巫女の治める国
第四章第32話 ヨシテル・ミツルギ
しおりを挟む
「ふ、力押しだけでは勝てんぞ?」
フィーネ様たちを先に行かせた私はヨシテル殿をそう挑発する。
「グガァァァァァ」
私を押しつぶそうと更に力を入れてくるが、私はセスルームニルの角度を少し変えてその力を逸らしてやる。
その瞬間、ヨシテル殿がバランスを崩したのを見てすかさず肩口に一撃を入れる。
「ゴォォォッォ。キサマ!」
更に頭に血が上ったのか大振りの一撃を繰り出してきたのでカウンターで更に一撃を入れる。
「グッ。ガァァァァァァ」
ヨシテル殿が吠える。
まるで獣の咆哮のようだ。
たしか【降霊術】と言っていたと思うが、どうやらこれはずいぶんと危険な術のようだ。このような術を平気で使わせるとは、スイキョウという女王はずいぶんと冷酷な性格をしているようだ。
同じように治癒ができたとしても、やはりフィーネ様とは全く違う。
「ふ。それにしても、フィーネ様はあっさりと先に行ってしまわれたな」
私は戦いの最中にも関わらず、思わずそう呟いた。もちろん、自分で言い出したことではあるのだが、なんとなく寂しい気持ちもある。
あのままこの化け物と化したヨシテル殿と戦った場合、その身体能力にものをいわされて誰かを守り切れなくなる可能性があった。そして私たちの目的がヨシテル殿を倒すことではなくキリナギの奪還である以上、フィーネ様にキリナギのところへ行っていただく必要がある。
この道場の師範を倒し、師範代を私が食い止めているのだから、個としての戦力はもうここにはなく、残るは数だけのはずだ。数であればフィーネ様の結界、それにルミアとマシロの飛び道具があれば十分に制圧できるはずだ。
そう、だからあの判断は正しいのだ。
そんな思考を巡らせていると、再びヨシテル殿が襲い掛かってくる。
「ガァァァァァァ」
私は闇雲に突っ込んできたヨシテル殿の一撃を躱して太腿に一撃を加える。これで合計四撃入れているが、それでもヨシテル殿は倒れない。傷口から血を流してはいるが、どうやらあの程度の威力では決定的な一撃とは成りえないらしい。
「グゴォォォォォ」
再び何のひねりもない無様な突進をいなした私は、今度は顔面に一撃を入れた。ヨシテル殿はもんどりを打って倒れ込む。
しかしまたすぐに起き上がってきた。顔から血を流しているが全く気にした素振りはない。
「く、まだ立つのか」
さすがにこれはおかしい。妙に骨や筋肉が硬いというのもそうだが、これは痛みを感じていないのではないだろうか?
「グゴォォォォォ」
ヨシテル殿がまた突撃してきたのでその一撃を躱して腹に横薙ぎの一撃を入れて距離を取る。そしてまた突撃してきたのでそれを躱して一撃を入れる。そして……
****
「はぁ、はぁ、はぁ」
私はヨシテル殿を前に肩で息をしている。相対するヨシテル殿は幾度となく入れた私の攻撃で全身が血まみれになっている。
もはや私に斬られていない場所を探すほうが難しいくらいにボロボロになっているのだが、それでもなお倒れない。
その刀はとっくに折れており、今のヨシテル殿は素手で私に殴りかかってきている。もはや正気の沙汰とは思えない。いや、まともな意識が残っているかどうかすら怪しい。
もはや戦闘本能だけで戦っているのではないだろうか?
狂戦士
そんな単語が頭をよぎる。敵味方構わず自分が死ぬまで戦い殺し続ける狂気の戦士だ。
「ヨシテル殿! このままでは死んでしまうぞ! まだ続けるのか!」
私は呼びかける。
あの【降霊術】なるものが原因でおかしくなっているのであれば、意識を呼び戻してやらなければ取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。
だがそんな私の声には一切反応せず、ヨシテル殿は唸り声をあげて私に殴りかかってきた。
「く、やむを得ん」
私はヨシテル殿の拳を屈んで躱すと、そのままセスルームニルをその左胸に突き立てた。鮮血が迸り私は全身に返り血を浴びる。
「ヨシテル殿、すまんな」
私はたった今殺した相手に小さく謝る。未熟な男ではあったが、剣術で負けたくないというその想いは真摯だったように思う。このような邪悪な術に頼らずに努力していれば、と思わないでもない。
私は、力なく私にもたれかかっているヨシテル殿の体からセスルームニルを引き抜く。いや、引き抜こうとした。
「ぬ、抜けない!?」
そして次の瞬間、私の顔面をヨシテル殿の拳が捕らえた。私はそのまま数メートルほど吹き飛ばされ、尻もちをついてしまう。
目の前でちかちかと星が瞬く。
私はそれを振り払い立ち上がるとヨシテルを確認する。なんと、ヨシテルは左胸にセスルームニルが刺さった状態でこちらに歩いてくる。ボタボタと床に血がしたたり落ちている。
「な、なぜ……動ける……のだ?」
「グガァァァァァ」
再び単純な突撃を仕掛けてくるが、私はその拳を大きく躱した。あの拳を何発も受けては、私も立ってはいられないだろう。
セスルームニルを取り返すことは難しそうだ。だが、体術であの化け物と化したヨシテル殿を倒すことは不可能だろう。
「くっ」
私はセスルームニルを取り返せる隙を伺いながら必死に攻撃を躱し続ける。
しかしヨシテル殿の方も私の動きに慣れてきたらしく、そして動きの鈍くなっている私はその拳を徐々に躱しきれなくなっていく。
私はついに一撃を貰ってしまった。
「ぐはっ」
私は――数メートルほどだろうか?――大きく吹き飛ばされてしまった。そしてそのまま床をゴロゴロと転がる。
その時の硬い感触と転がった時の違和感、そして痛みで、私は自分の腰に佩いたもう一本の剣の存在を思い出した。
「グガァァァァァ」
倒れた私にトドメを刺すべくヨシテル殿が突っ込んでくる。私はお師匠様に教わった動きを冷静に思い出し、抜刀からの居合切りを繰り出した。
片膝を立て、そして抜刀の動作からの流れでそのまま下から切り上げ、そして振り上げた剣を振り下ろす。
フィーネ様の浄化魔法が付与された剣での二連撃を受けたヨシテル殿は声も上げずにそのまま地面に突っ伏し、そしてすぐに灰となって消えてしまった。
そこには私のセスルームニルだけが残されていた。
フィーネ様たちを先に行かせた私はヨシテル殿をそう挑発する。
「グガァァァァァ」
私を押しつぶそうと更に力を入れてくるが、私はセスルームニルの角度を少し変えてその力を逸らしてやる。
その瞬間、ヨシテル殿がバランスを崩したのを見てすかさず肩口に一撃を入れる。
「ゴォォォッォ。キサマ!」
更に頭に血が上ったのか大振りの一撃を繰り出してきたのでカウンターで更に一撃を入れる。
「グッ。ガァァァァァァ」
ヨシテル殿が吠える。
まるで獣の咆哮のようだ。
たしか【降霊術】と言っていたと思うが、どうやらこれはずいぶんと危険な術のようだ。このような術を平気で使わせるとは、スイキョウという女王はずいぶんと冷酷な性格をしているようだ。
同じように治癒ができたとしても、やはりフィーネ様とは全く違う。
「ふ。それにしても、フィーネ様はあっさりと先に行ってしまわれたな」
私は戦いの最中にも関わらず、思わずそう呟いた。もちろん、自分で言い出したことではあるのだが、なんとなく寂しい気持ちもある。
あのままこの化け物と化したヨシテル殿と戦った場合、その身体能力にものをいわされて誰かを守り切れなくなる可能性があった。そして私たちの目的がヨシテル殿を倒すことではなくキリナギの奪還である以上、フィーネ様にキリナギのところへ行っていただく必要がある。
この道場の師範を倒し、師範代を私が食い止めているのだから、個としての戦力はもうここにはなく、残るは数だけのはずだ。数であればフィーネ様の結界、それにルミアとマシロの飛び道具があれば十分に制圧できるはずだ。
そう、だからあの判断は正しいのだ。
そんな思考を巡らせていると、再びヨシテル殿が襲い掛かってくる。
「ガァァァァァァ」
私は闇雲に突っ込んできたヨシテル殿の一撃を躱して太腿に一撃を加える。これで合計四撃入れているが、それでもヨシテル殿は倒れない。傷口から血を流してはいるが、どうやらあの程度の威力では決定的な一撃とは成りえないらしい。
「グゴォォォォォ」
再び何のひねりもない無様な突進をいなした私は、今度は顔面に一撃を入れた。ヨシテル殿はもんどりを打って倒れ込む。
しかしまたすぐに起き上がってきた。顔から血を流しているが全く気にした素振りはない。
「く、まだ立つのか」
さすがにこれはおかしい。妙に骨や筋肉が硬いというのもそうだが、これは痛みを感じていないのではないだろうか?
「グゴォォォォォ」
ヨシテル殿がまた突撃してきたのでその一撃を躱して腹に横薙ぎの一撃を入れて距離を取る。そしてまた突撃してきたのでそれを躱して一撃を入れる。そして……
****
「はぁ、はぁ、はぁ」
私はヨシテル殿を前に肩で息をしている。相対するヨシテル殿は幾度となく入れた私の攻撃で全身が血まみれになっている。
もはや私に斬られていない場所を探すほうが難しいくらいにボロボロになっているのだが、それでもなお倒れない。
その刀はとっくに折れており、今のヨシテル殿は素手で私に殴りかかってきている。もはや正気の沙汰とは思えない。いや、まともな意識が残っているかどうかすら怪しい。
もはや戦闘本能だけで戦っているのではないだろうか?
狂戦士
そんな単語が頭をよぎる。敵味方構わず自分が死ぬまで戦い殺し続ける狂気の戦士だ。
「ヨシテル殿! このままでは死んでしまうぞ! まだ続けるのか!」
私は呼びかける。
あの【降霊術】なるものが原因でおかしくなっているのであれば、意識を呼び戻してやらなければ取り返しのつかないことになってしまうかもしれない。
だがそんな私の声には一切反応せず、ヨシテル殿は唸り声をあげて私に殴りかかってきた。
「く、やむを得ん」
私はヨシテル殿の拳を屈んで躱すと、そのままセスルームニルをその左胸に突き立てた。鮮血が迸り私は全身に返り血を浴びる。
「ヨシテル殿、すまんな」
私はたった今殺した相手に小さく謝る。未熟な男ではあったが、剣術で負けたくないというその想いは真摯だったように思う。このような邪悪な術に頼らずに努力していれば、と思わないでもない。
私は、力なく私にもたれかかっているヨシテル殿の体からセスルームニルを引き抜く。いや、引き抜こうとした。
「ぬ、抜けない!?」
そして次の瞬間、私の顔面をヨシテル殿の拳が捕らえた。私はそのまま数メートルほど吹き飛ばされ、尻もちをついてしまう。
目の前でちかちかと星が瞬く。
私はそれを振り払い立ち上がるとヨシテルを確認する。なんと、ヨシテルは左胸にセスルームニルが刺さった状態でこちらに歩いてくる。ボタボタと床に血がしたたり落ちている。
「な、なぜ……動ける……のだ?」
「グガァァァァァ」
再び単純な突撃を仕掛けてくるが、私はその拳を大きく躱した。あの拳を何発も受けては、私も立ってはいられないだろう。
セスルームニルを取り返すことは難しそうだ。だが、体術であの化け物と化したヨシテル殿を倒すことは不可能だろう。
「くっ」
私はセスルームニルを取り返せる隙を伺いながら必死に攻撃を躱し続ける。
しかしヨシテル殿の方も私の動きに慣れてきたらしく、そして動きの鈍くなっている私はその拳を徐々に躱しきれなくなっていく。
私はついに一撃を貰ってしまった。
「ぐはっ」
私は――数メートルほどだろうか?――大きく吹き飛ばされてしまった。そしてそのまま床をゴロゴロと転がる。
その時の硬い感触と転がった時の違和感、そして痛みで、私は自分の腰に佩いたもう一本の剣の存在を思い出した。
「グガァァァァァ」
倒れた私にトドメを刺すべくヨシテル殿が突っ込んでくる。私はお師匠様に教わった動きを冷静に思い出し、抜刀からの居合切りを繰り出した。
片膝を立て、そして抜刀の動作からの流れでそのまま下から切り上げ、そして振り上げた剣を振り下ろす。
フィーネ様の浄化魔法が付与された剣での二連撃を受けたヨシテル殿は声も上げずにそのまま地面に突っ伏し、そしてすぐに灰となって消えてしまった。
そこには私のセスルームニルだけが残されていた。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる
みおな
恋愛
聖女。
女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。
本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。
愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。
記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる