193 / 625
武を求めし者
第五章第15話 チィーティエン救援戦(前編)
しおりを挟む
2020/09/24 誤字を修正しました
2021/12/14 誤字を修正しました
================
帝都イェンアンを出発して 8 日目、予定では今日中にチィーティエンに着くことになっている。馬車に乗っているのは私とルーちゃん、それにイーフゥアさんで、クリスさんとシズクさんは将軍が用意してくれた名馬に乗っている。
本来イェンアンからチィーティエンまでは馬車で 10 日かかる。配慮ゼロの脳筋将軍のおかげでナンハイからイェンアンに移動した時のような特別な準備はされていなかったおかげで当初は 10 日かかりそうだったのだが、イーフゥアさんが想像以上に優秀だったおかげで 2 日ほど短縮された。
まず、出発と同時に官僚を動かして替えの馬を用意させ、スムーズに行軍できるように手配してくれた。そのおかげで 5 日目からは駅での馬交換や交通整理がなされることとなり進軍スピードが一気に上がったのだ。
イーフゥアさんは今回、私の側仕えとして同行してくれているのだが、これだけ優秀ならこの人を将軍の秘書にしたら良いのではないかと本気で思う。まあ、将軍の事務能力が低すぎるという説もあるのだが……。
一応、イーフゥアさんのいない間に将軍と話す機会があったのでイーフゥアさんについて聞いてみた。しかし、
「将軍、イーフゥアさん、ディアォ・イーフゥアさんのことはどう思いますか?」
「む? 聖女よ。そいつは誰だ? 俺は会ったことはあるのか?」
「ほら、今回の討伐戦に一緒に来てくれている女官さんですよ」
「……? そんな女、いたか? そいつは強いのか?」
「……いえ。大丈夫です。何でもありません」
「そうか」
と、眼中にも入っていなかった模様だ。
正直、ここまで他人を見ていない人と一緒に戦うのは不安でしかない。
一応、意中の女性がいるのかも聞いてみた。しかし、
「将軍はその武勇で多くの女性から好かれていると思いますが、意中の女性はいらっしゃるんですか?」
「意中の女性とは何だ?」
「気になる女性のことです」
「ああ、そういうことか。それならいるぞ」
「お、どんな女性なんですか?」
「聖女、お前の従者で耳と尻尾のついてる侍の女だ。あいつは本調子ではないと言っていたが、ぜひ本調子になったら戦いたい」
「……そうですか。まだしばらくかかると思いますよ。……はぁ」
と、こんな感じだった。どうやら私の完璧な計略は早くも破られようとしているようだ。
どうやって将軍とイーフゥアさんをくっつけるか、そんな作戦を考えていると馬車の外から将軍の怒鳴り声が聞こえてきた。
「おい! 聖女! チィーティエンが襲撃されている。俺は先に出るぞ! お前は町の中に避難しろ! そこの貴様からそこまで、聖女を護送しろ! 残りは俺に続け!」
「ええっ?」
私が慌てて馬車から顔を出して外を見る。すると確かに遠くに見える町の近くで戦いが起きているようだ。そして既に将軍を先頭に一緒に来ていた兵士の六割ほどが町を襲う何かに向けて一糸乱れぬ騎馬突撃を仕掛けている。
私はじっと町を襲っているものが何なのか、目を凝らす。
あれは……あの黒い靄は!
「あれは死なない獣です。クリスさん、いや、シズクさん、将軍を呼び戻してください」
「了解でござる」
あの死なない獣に対抗できる浄化魔法が付与された武器を持っているのはシズクさんだけだ。クリスさんの剣はスイキョウとの戦いで折れてしまい、そしてまだ替えの剣を手に入れていないのだ。
というのも、ゴールデンサン巫国では刀しか手に入らなかったし、それにレッドスカイ帝国に来てからは武器を探す時間など全くなかったのだ。
なのでチィーティエンで武器を準備しようと思っていたのだが、それよりも前にあの死なない獣に出会ってしまうとは!
「クリスさんはこの部隊の移動を止めてください。その後すぐに全員の武器に浄化を付与をしますのでその交通整理をお願いします」
「はい!」
「ルーちゃんは、ここで私の護衛を」
「はいっ!」
ルーちゃんもシズクさんと一緒に前に出そうかとも考えたが、馬もなく近づかれたら何もできないルーちゃんはここにいてもらった方が良いだろう。
シズクさんは私の指示を聞くとそのまますぐに馬を走らせ将軍を追いかけていった。
「御者さん、将軍の指示はありましたがここで止まってください」
「え?」
「いいから止まってください。このままだと不要な被害が出ます」
「え? え? ですが……」
「お前ら! 止まれぇぇぇぇ!」
「はい」
クリスさんの大声が響き、町に向けて動き出していた私たちの馬車とその護衛部隊が停止する。
「せ、聖女様、これは一体?」
イーフゥアさんが私に怯えたような表情で問いかけてきた。
「町を襲っているのは死なない獣と私たちが呼んでいる正体不明の生き物です。あの獣は魔物ではないのですが人を襲います。そして、普通の攻撃では何をやっても死にません。頭を落としても、体をバラバラにしても再生します」
「そんなっ。それじゃあ私たちはっ!」
「大丈夫です。あの獣を倒す方法を私たちは持っていますから。ここでじっとしていてください」
私はイーフゥアさんを安心させるように小さく微笑むと、私は馬車を降りる。
「聖女様。お待ちください。外には魔物がおります。将軍の命令は聖女様を無事に町へとお送りすることです。荒事は我々に任せ、どうか中へお戻りください」
うーん、この人たちは私たちを何だと思っているんだ。そもそもあいつらを倒した経験があるから私たちは呼ばれたんだよ?
まあ、いいか。言い争いをしても仕方ないし、早く済ませてしまおう。
私はニッコリ営業スマイルを顔に貼り付けると、なるべく聖女様っぽい優しく凛とした声を意識して語りかける。
「皆さん、あの魔物は普通の武器では倒すことのできない呪われた魔物です。私が皆さんの剣に祝福を授けましょう。その剣でチィーティエンの町を、皆さんの愛する故郷を、民を守るのです」
「せ、聖女様っ!」
「さあ、私の祝福を欲する者は並びなさい」
「「「ははっ!」」」
すぐに私の前に行列が出来上がった。どうやらうまくいったようだ。私の演技力も中々のものなんじゃないかな?
「聖女様、お願いします!」
「はい。あなたの剣に聖なる祝福を」
──── 浄化魔法を付与っと
「ご武運を」
「はっ!」
兵士の男性は私から剣を恭しく受け取ると下がり、そして次の兵士の男性がやってくる。
「さあ、 剣をフィーネ様にお渡しするのだ」
「はっ!」
私はこのやり取りをおよそ 20 回繰り返したのだった。
さて、シズクさんは上手くやってくれているかな?
2021/12/14 誤字を修正しました
================
帝都イェンアンを出発して 8 日目、予定では今日中にチィーティエンに着くことになっている。馬車に乗っているのは私とルーちゃん、それにイーフゥアさんで、クリスさんとシズクさんは将軍が用意してくれた名馬に乗っている。
本来イェンアンからチィーティエンまでは馬車で 10 日かかる。配慮ゼロの脳筋将軍のおかげでナンハイからイェンアンに移動した時のような特別な準備はされていなかったおかげで当初は 10 日かかりそうだったのだが、イーフゥアさんが想像以上に優秀だったおかげで 2 日ほど短縮された。
まず、出発と同時に官僚を動かして替えの馬を用意させ、スムーズに行軍できるように手配してくれた。そのおかげで 5 日目からは駅での馬交換や交通整理がなされることとなり進軍スピードが一気に上がったのだ。
イーフゥアさんは今回、私の側仕えとして同行してくれているのだが、これだけ優秀ならこの人を将軍の秘書にしたら良いのではないかと本気で思う。まあ、将軍の事務能力が低すぎるという説もあるのだが……。
一応、イーフゥアさんのいない間に将軍と話す機会があったのでイーフゥアさんについて聞いてみた。しかし、
「将軍、イーフゥアさん、ディアォ・イーフゥアさんのことはどう思いますか?」
「む? 聖女よ。そいつは誰だ? 俺は会ったことはあるのか?」
「ほら、今回の討伐戦に一緒に来てくれている女官さんですよ」
「……? そんな女、いたか? そいつは強いのか?」
「……いえ。大丈夫です。何でもありません」
「そうか」
と、眼中にも入っていなかった模様だ。
正直、ここまで他人を見ていない人と一緒に戦うのは不安でしかない。
一応、意中の女性がいるのかも聞いてみた。しかし、
「将軍はその武勇で多くの女性から好かれていると思いますが、意中の女性はいらっしゃるんですか?」
「意中の女性とは何だ?」
「気になる女性のことです」
「ああ、そういうことか。それならいるぞ」
「お、どんな女性なんですか?」
「聖女、お前の従者で耳と尻尾のついてる侍の女だ。あいつは本調子ではないと言っていたが、ぜひ本調子になったら戦いたい」
「……そうですか。まだしばらくかかると思いますよ。……はぁ」
と、こんな感じだった。どうやら私の完璧な計略は早くも破られようとしているようだ。
どうやって将軍とイーフゥアさんをくっつけるか、そんな作戦を考えていると馬車の外から将軍の怒鳴り声が聞こえてきた。
「おい! 聖女! チィーティエンが襲撃されている。俺は先に出るぞ! お前は町の中に避難しろ! そこの貴様からそこまで、聖女を護送しろ! 残りは俺に続け!」
「ええっ?」
私が慌てて馬車から顔を出して外を見る。すると確かに遠くに見える町の近くで戦いが起きているようだ。そして既に将軍を先頭に一緒に来ていた兵士の六割ほどが町を襲う何かに向けて一糸乱れぬ騎馬突撃を仕掛けている。
私はじっと町を襲っているものが何なのか、目を凝らす。
あれは……あの黒い靄は!
「あれは死なない獣です。クリスさん、いや、シズクさん、将軍を呼び戻してください」
「了解でござる」
あの死なない獣に対抗できる浄化魔法が付与された武器を持っているのはシズクさんだけだ。クリスさんの剣はスイキョウとの戦いで折れてしまい、そしてまだ替えの剣を手に入れていないのだ。
というのも、ゴールデンサン巫国では刀しか手に入らなかったし、それにレッドスカイ帝国に来てからは武器を探す時間など全くなかったのだ。
なのでチィーティエンで武器を準備しようと思っていたのだが、それよりも前にあの死なない獣に出会ってしまうとは!
「クリスさんはこの部隊の移動を止めてください。その後すぐに全員の武器に浄化を付与をしますのでその交通整理をお願いします」
「はい!」
「ルーちゃんは、ここで私の護衛を」
「はいっ!」
ルーちゃんもシズクさんと一緒に前に出そうかとも考えたが、馬もなく近づかれたら何もできないルーちゃんはここにいてもらった方が良いだろう。
シズクさんは私の指示を聞くとそのまますぐに馬を走らせ将軍を追いかけていった。
「御者さん、将軍の指示はありましたがここで止まってください」
「え?」
「いいから止まってください。このままだと不要な被害が出ます」
「え? え? ですが……」
「お前ら! 止まれぇぇぇぇ!」
「はい」
クリスさんの大声が響き、町に向けて動き出していた私たちの馬車とその護衛部隊が停止する。
「せ、聖女様、これは一体?」
イーフゥアさんが私に怯えたような表情で問いかけてきた。
「町を襲っているのは死なない獣と私たちが呼んでいる正体不明の生き物です。あの獣は魔物ではないのですが人を襲います。そして、普通の攻撃では何をやっても死にません。頭を落としても、体をバラバラにしても再生します」
「そんなっ。それじゃあ私たちはっ!」
「大丈夫です。あの獣を倒す方法を私たちは持っていますから。ここでじっとしていてください」
私はイーフゥアさんを安心させるように小さく微笑むと、私は馬車を降りる。
「聖女様。お待ちください。外には魔物がおります。将軍の命令は聖女様を無事に町へとお送りすることです。荒事は我々に任せ、どうか中へお戻りください」
うーん、この人たちは私たちを何だと思っているんだ。そもそもあいつらを倒した経験があるから私たちは呼ばれたんだよ?
まあ、いいか。言い争いをしても仕方ないし、早く済ませてしまおう。
私はニッコリ営業スマイルを顔に貼り付けると、なるべく聖女様っぽい優しく凛とした声を意識して語りかける。
「皆さん、あの魔物は普通の武器では倒すことのできない呪われた魔物です。私が皆さんの剣に祝福を授けましょう。その剣でチィーティエンの町を、皆さんの愛する故郷を、民を守るのです」
「せ、聖女様っ!」
「さあ、私の祝福を欲する者は並びなさい」
「「「ははっ!」」」
すぐに私の前に行列が出来上がった。どうやらうまくいったようだ。私の演技力も中々のものなんじゃないかな?
「聖女様、お願いします!」
「はい。あなたの剣に聖なる祝福を」
──── 浄化魔法を付与っと
「ご武運を」
「はっ!」
兵士の男性は私から剣を恭しく受け取ると下がり、そして次の兵士の男性がやってくる。
「さあ、 剣をフィーネ様にお渡しするのだ」
「はっ!」
私はこのやり取りをおよそ 20 回繰り返したのだった。
さて、シズクさんは上手くやってくれているかな?
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
なんで!?
そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~
北条新九郎
ファンタジー
三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。
ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
ブックマーク・評価、宜しくお願いします。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる