勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

文字の大きさ
243 / 625
動乱の故郷

第六章第17話 聖剣とは

しおりを挟む
私たちは今、神殿に残って教皇様に旅の報告をしている。

「そうでしたか。フィーネ嬢は精霊との絆を得たのですね」
「はい。この子が私の契約精霊のリーチェです。リーチェ、この方が私がとてもお世話になった教皇様です」

私は花乙女の杖に魔力を込めてリーチェを呼び出して紹介する。するとリーチェはおとがいに人差し指を当ててジッと教皇様を見つめる。

やはりそんな仕草もとても可愛い。どう考えてもリーチェは世界で一番かわいい。

しかし、そんなかわいいリーチェはプイと教皇様から顔を背けるとそのまま杖の中へと戻っていってしまった。

「あ、すみません。うちのリーチェが失礼しました。あの子は興味がないとすぐどこかに行ってしまうんです」
「いえ、構いませんよ。精霊とは元来そのように自由なものだと聞いておりますから」
「ありがとうございます」
「しかし、極北の地に冥龍王ヴァルガルムなどという恐ろしい魔物が封印されており、そして白銀のハイエルフがその封印を守る役目を持っていたとは……わたしも初耳でしたね」

教皇様は一瞬真顔になったがすぐにいつもの笑顔に戻ると私に話の続きを促してきた。

「さ、旅の続きのお話を聞かせてくれますか?」
「はい」

そして私は旅の報告を続けた。さすがにアーデとゴールデンサン巫国の関係はややこしくなりそうなので黙っておいたが、ゴールデンサン巫国に水龍王ヴァルオルティナが封じられていることは伝えた。そしてレッドスカイ帝国でのゴブリンキングに率いられた魔物暴走スタンピードの話をすると、教皇様は深刻そうな表情をしていることに気付いた。

「教皇様? どうしたんですか?」
「おっと、これは失礼。人間の罪を憂いていたのです」
「人間の罪、ですか?」

私は何の脈絡もなく突然飛び出した話に驚いて聞き返した。

「はい。そうです。神殿では、魔物は人間の罪の写し鏡であると説いております。悪しき心、よこしまな心を持ち、罪を犯した者の成れの果てが魔物であり、その姿を以てわたし達人間にその罪の恐ろしさを教えているのだ、と」
「魔物は……人間の罪……?」
「はい。ですので、人間は魔物が暴れ、人を殺し、騙し、罪を犯す様を見て自らを律することが求められているのです。そして家族を友人を恋人を愛し、この世を神への祈りと希望、そして愛で満たさなければなりません」

ふうん? 詳しく聞いたことなかったけどそういう教義なんだ。

「そして、魔物は正しい心を持った人間に殺されることでその罪なる姿から解放され、魂は神の御許へと導かれるのです。ですから、フィーネ嬢も魔物を見かけた際には愛と慈悲の心を持ち、笑顔で殺して差し上げるのですよ」
「ええぇ」

いや、さすがに笑顔で殺すのは私は無理かも。何だかこう、怪しい宗教の教祖様みたいだ。

あ、でも、そもそも教皇様だから教祖様みたいなものか。

私は曖昧に返事をすると旅の話題に戻す。そして話を進めていると、キリナギの話題に教皇様が反応した。

「なるほど。では聖騎士クリスティーナはそのキリナギというカタナ? が聖剣であると考えているのですね?」

教皇様はそう言ってクリスさんに話を振った。

「はい。キリナギは持ち主であるシズク殿の他にはフィーネ様以外には持つことが許されず、シズク殿から無理矢理キリナギを奪った者たちを呪い殺したと聞いております。そしてシズク殿はフィーネ様に出会い剣を捧げました。これらのことから、間違いなくキリナギは聖剣だと私は思います」

いや、だから出会って剣を捧げたのを証拠にしていいの?

「なるほど。そういう事でしたか。そういう事であれば納得です。そのキリナギは聖剣、いや聖刀で間違いないでしょう」

ええ? いいの? 出会って剣を捧げたのが証拠で本当にいいの?

よほど私の疑問が顔に出ていたのだろう。教皇様は私に補足の説明をしてくれる。

「フィーネ嬢、不思議に思うかもしれませんが聖剣とはそのようなものなのです」

いや、だから……。

「納得していないようですね。それではシズク嬢、あなたはフィーネ嬢に剣を捧げる誓いを行ったのですよね?」
「そうでござるな」
「では、その際に職業が変化したのではありませんか?」
「おおっ? よくわかるでござるな。拙者の職業は侍から剣聖に変化していたでござるよ」
「ありがとうございます。フィーネ嬢、つまりそういうことなのです」

ええと? 何のことだか理解が追いつかないぞ?

「つまり、聖剣はその持ち主を仕えるべき聖女へと導きます。その聖剣の持ち主が聖女に対して誓いを捧げることでその持ち主の職業は変化します。大抵の場合は聖騎士へと変化するのですが、キリナギの場合は剣聖だったのでしょう。もちろん、聖剣の持ち主でレベルが十分に高ければこの神殿でも転職することができます」

な、なるほど。そういうことだったのか。

「それにしても、ようやく得心がいきました」

そう言って教皇様はベルを鳴らすと側仕えを呼び、何かを持ってこさせた。

「突如神より授かりわたし達も扱いに困っていたのですが、どうやらこれはシズク嬢のための物だったようです。どうぞお受け取り下さい」

そう言って教皇様はトレーに乗った白い布をシズクさんに差し出した。

「これは、何でござるか?」
「聖女に剣を捧げた者に神より与えられた聖女を守る騎士の証です」
「はぁ」

シズクさんは気のない返事をしつつもその布を受け取るとそれを羽織った。どうやらそれはクリスさんとほぼお揃いのマントで、銀糸で見事な刺繍が施されており、裾などに薄紅色があしらわれている。だが背中に入れられた薄紅色の紋章はホワイトムーン王国の王家の紋章ではない。

「おお、ゴールデンサン巫国の紋章でござるな。それに、この外套、とても快適でござるよ」

シズクさんは嬉しそうにそう言うとくるりと回った。黒い髪がその生地に映えてとても美しかった。

「あー、シズクさんも姉さまとお揃いだー。いいなぁー」
「ルミア、まずは聖剣に選ばれるように弓の修行をしなければな」
「えー。あたしは聖フォークが欲しいですー」

ルーちゃんは相変わらずだ。ぷくっと膨れてかわいいわがままを言っている。

「ルミア嬢もいずれは聖剣に選ばれるかもしれませんよ? もちろん腕もありますが、清らかな心、そして聖女を敬愛し、守ろうとする真に強き想いを聖剣は見ていると言われています。フィーネ嬢を敬愛するルミア嬢のその心意気は聖剣に通じるかもしれませんね」
「本当ですかっ!?」

ルーちゃんは身を乗り出して教皇様に問いかける。

「はい。全ては神のお導きのままに」
「わーい。姉さまっ! あたし頑張りますっ!」
「え? ああ、そうですね。ルーちゃんはまず、弓術をレベルアップしましょうね」
「はいっ! 任せてくださいっ!」

ルーちゃんは嬉しそうにそう宣言したのだった。

はあ、これで少しは私の顔面を目掛けて矢が飛んでくる頻度が減れば良いのだけれど。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  ブックマーク・評価、宜しくお願いします。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...