勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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砂漠の国

第七章第31話 穢れの民

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「聖女様! お待ちください! そやつはけがれの民です。聖女様のような高貴なお方がそのような者と一緒に行くなどなりません!」

私の護衛の兵士たちが口々に私を行かせまいと意味不明な説得を繰り返してくるのだが、あまりに言っていることが意味不明で頭が痛くなってきた。

私ははぁ、とため息をつくとイドリス君の手を握り彼らに向きなおる。

「一緒に行ってはいけない理由がありません。そして穢れの民と言って差別する意味も分かりません。この子は病気の母親の身を案じ、私に助けて欲しいと一人で頼みに来た心優しく勇敢な少年ですよ」
「いえ。違います。それに穢れの民の手を取るなど! なりません!」

全く意味不明だ。どうしようかと思ったところでクリスさんの怒りが遂に爆発した。

「いい加減にしろ! 聖女であるフィーネ様がそのように仰っているのだ! 貴様ら一体何様のつもりだ!」
「ですが! こいつは穢れの民なのです!」
「ほう? だからどうしたというのだ?」

そう言ったクリスさんは私と兵士の間に体を入れると聖剣の柄に手をかける。

「私が聖剣を抜くとなれば、その意味はわかるな?」
「ぐっ」

ええと? いいのかな? 何か大問題になりそうな気がするけれど……。

「ええい。やめろ! 聖女様がそう仰っているのだ」
「ハーリド殿! ですが!」
「やめろ! 魔王警報は既に準警報のレベルに達しているのだ。こんな時期に戦争を起こす気か!」
「……」
「ハーリド殿。感謝する」

クリスさんはそうして聖剣から手を離した。

「行きましょう」
「はい!」

こうして私たちは来た道を引き返し、そして路地を抜けさらにその奥へと足を踏み入れたのだった。

****

「これは……」

私たちは案内された一角のあまりの酷さに言葉を失ってしまった。

まず、とにかく臭い。その一言だけでどれだけ不衛生な環境なのかがよく分かる。まるで王都の貧民街、そうあのミイラ病の震源となったあの地域のような感じだ。いや、こちらのほうがもっとひどいだろう。

周りを歩いている住民たちは私を見てぎょっとしたような表情を浮かべて驚き、そして私たちの少し後ろをついて来ているハーリドさんと護衛の兵士たちを見るとそそくさと建物の中に隠れてしまった。

この反応一つを取ってみても彼らのこの町の支配者層に対する感情が容易に窺える。

「くそっ。穢れの民どもの巣は臭い。どうして聖女様はこんな連中を……」
「折角聖女様の護衛を任されたのにツイてねぇ」
「あのクソガキを通したアホは誰だよ。絶対殴ってやる」

後ろからついて来ている護衛の兵士たちが何やら酷いことを囁きあっている。

彼らは聞こえていないと思って言っているんだろうけれどさ。もし聞こえてたらって考えないのだろうか?

それに私はなんちゃって聖女様だけど、シャルだってあの状況でこの子を見捨てるなんて選択はしないはずだ。

そういえば、シャルは大丈夫だろうか? 頑張りすぎて倒れていなければ良いけれど……。

そんなことを考えている間にどうやら目的地に着いたようだ。

「せいじょさま。ここです。ここにおかあさんが……」
「はい。案内してくれてありがとうございます」

私がそう言うとまたイドリス君は笑顔になる。そして元気よく家の中へと入っていった。

「おかあさん! せいじょさまがきてくれたよ」

私たちはイドリス君に続いて中に室内に入るとそこは一間ひとまの小さな部屋で、長い事片付けがされていないのか衣類が床に散乱していた。部屋の隅には粗末なベッドが置かれており、その上に誰かが寝ているようだ。

「おかあさん?」

イドリス君がベッドに登り寝ている人の顔を覗き込んだ。

「……イドリス?」

その声は随分と弱々しい。どうやら随分と衰弱しているようだ。

「あのね。せいじょさまがね。きてくれたの。おかあさんをなおしてくれるって」
「まぁ……え?」

慌てて起き上がろうとする彼女を私は止める。

「こんにちは、イドリス君のお母さん。そのまま楽にしていてください。私はフィーネ・アルジェンタータです。あなたの治療にやってきました」
「え? あ、え?」
「もう治療をしてしまっても良いですか?」
「え? え? はい?」

うーん。混乱して状況を理解していなそうだけど、はいって言ったしまあ良いか。

「それでは。病気治療! あとそれから部屋全体を洗浄!」

病気治療魔法にはほとんど手応えがなかった。これは病気というよりは別の問題で衰弱しているだけな気がする。

ちなみに洗浄魔法は汚れを沢山落としてくれたようだ。部屋の中がかなり綺麗になっている。

「え? え?」
「うーん。イドリス君のお母さん、食事はちゃんと食べていますか?」
「え?」
「病気治療魔法をかけましたが、たぶん体調はあまり変わっていないと思います。ですので、もしかすると食事をきちんと食べていないのかな、と思ったのですが……」
「あ、その……食事は、その……私たちは穢れの民ですから。そもそも満足な食べ物は手に入らず……」

なるほど? つまり、食料のがそもそも手に入らないと?

「そうでしたか。あの、失礼な事をお聞きしますが、穢れの民とは何なのですか?」

私の質問に対してイドリス君のお母さんは目を伏せて口ごもる。そしてしばらくして意を決したように口を開いた。

「私たちルマ人は生まれながらにして穢れた民族として扱われています。ですので、私たちはこのあたりの区画から出ることは許されておりません。それに、仕事だって汚物の処理か物乞いくらいしか許されておらず……その、お慈悲を頂いた事には感謝しますが、どうかイドリスを……」

あー、これは……。うん。そういうことか。いくらなんでも酷い。

「フィーネ様。これ以上深入りされると引き返せなくなってしまいます。今はサラ殿下を保護なさっておりますし、この問題はヒラール殿に申し入れをする程度にしたほうがよろしいかと思います」
「……はい」

そうは言ったものの、これで良いんだろうか? いや、良くない。せめて私にできることを
してあげよう。

「ただ、この区画は衛生状態が良くありません。このままでは病気が発生する可能性があるので、まとめて綺麗にしてしまいます。洗浄!」

私は半径 100 メートルくらいで洗浄魔法を展開する。相当汚れているらしく、ものすごく頑固だ。だが、頑固な汚れだってしっかり MP をつぎ込んでやれば清潔にしてあげられるはずだ。

「くうぅ」

歯を食いしばっているせいか、変な声が漏れてしまう。

そして 5 分ほどかけて周りをしっかり洗浄することに成功したのだった。

「ふぅ。この家の周囲を丸ごときれいにしておきました。ヒラールさんにも問題を改善するように強く申し入れておきますし、イドリス君が処罰されることが無いようにも強くお願いしておきます」
「あ、せ、聖女様。ありがとうございます」

そう言って立ち上がろうとしたので私は再び彼女を止めた。

「いえ。あまりお役に立てずに申し訳ありません。あ、よかったらこれを食べてください」

私はそうして収納からサンドイッチを 4 つ取り出すと二人に手渡した。

「こ、こんなに……ありがとうございます! ああっ!」
「わぁ、ありがとう! せいじょさま!」

そう言ってイドリス君は満面の笑顔でブーンからのジャンピング土下座を決めた。

うん。やっぱり 6 点だね。
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