330 / 625
砂漠の国
第七章最終話 出港
しおりを挟む
「フィーネ様。全員無事に船に乗り込みました」
ルマ人たちが渡り終えたのを確認したクリスさんがそう報告しに戻ってきてくれた。
「クリスさん、ありがとうございます。あとは、町の中の人達の救出ですね」
「はい。しかし、あれは一体何ごとですか?」
クリスさんがビタンとなって祈りの言葉を唱え続けている兵士たちを見て怪訝そうな表情を浮かべている。
「ええと、実は――」
私がかいつまんで説明すると、クリスさんは「やはりそうですか」と嬉しそうに答えたのだった。
そんな私たちの様子に焦っているのか、カミルさんが大声で周りの兵士を怒鳴りつける。
「え、ええい! 何をしているか! 偽聖女に祈るなど!」
そんなカミルさんの前にクリスさんが近寄る。
「イエロープラネット首長国連邦イザールの首長カミル殿。私はホワイトムーン王国近衛騎士団特務隊所属、聖騎士クリスティーナだ」
それから一呼吸おくとはっきりと通る声で宣言した。
「我々ホワイトムーン王国は、我が国の特使にして聖女であらせられるフィーネ・アルジェンタータ様に対して行った貴国の暴挙に断固抗議をする。貴国のその行いは我が国と貴国の信頼関係を破壊するだけでなく、世界聖女保護協定にも完全に違反している。誠意ある対応を頂けない場合、我々はあらゆる手段を取る用意があることをここに通告する!」
あらゆる手段という事は、戦争も辞さないということだろう。
「な? わ、我々を脅す気か?」
「カミル殿。どう取って頂いても構わないが、貴殿と貴国の態度次第では取り返しのつかない事態になるという事は認識すべきだ」
「何?」
「既にホワイトムーン王国は世界聖女保護協定加盟各国に対して貴国の行いを告発する使者を送った」
「な、何だと? だが、こ奴は偽聖女ではないか! 我が国の聖剣ルフィカールに拒絶されたならこ奴は聖女ではない!」
そう言い募るカミルさんにクリスさんは一つため息をついた。そして反論するために口を開くが、その口調はあきれ果てているのか諭す様なものへと変わっている。
「それは貴国の認識が間違っているのですよ。聖剣が聖騎士を選び、その聖騎士が聖剣によって聖女のもとへと導くのです。この事は世界聖女保護協定にも明記されております」
「違うっ! 我が国では!」
「エイブラの宮殿の地下に【闇属性魔法】にて封じられていた聖剣ルフィカールはフィーネ様のお力により解放されました。そしてそれは世界聖女保護協定の規定に基づき、聖女であるフィーネ様が押収されました」
「え?」
「そしてエイブラ族が聖剣ルフィカールに選ばれし聖騎士バルトロとその同胞であるルマ人たちに行った非道な行為も既にフィーネ様のお耳に入っています」
「な? ど、どうしてそれを……」
カミルさんの顔がさっと青ざめた。どうやらようやく事の重大さを理解したようだ。
「な、ならばここで!」
「既にこの話は我が国の伝令の手によって本国へと運ばれています。ここで我々を始末しようなどと考えてもそれは無駄なことです」
クリスさんはぴしゃりとカミルさんの反論を止める。
「う、ぐぬぬぬ。がっ」
唸っているカミルさんをイザールの町から戻ってきたナヒドさんが後ろからいきなり殴りつけた。
「聖女フィーネ・アルジェンタータ様、そして聖騎士と従者の皆様、大変失礼致しました。我々イザール守備隊は聖女様に従います。どうぞ、イザールへとお入りください」
「ば、何を勝手なぐはっ」
なおも言い募ろうとしたカミルさんを再びナヒドさんが殴りつけたのだった。
****
それから私たちはイザールの町に入り、そのままキング・ホワイトムーン号に乗り込んだ。また、イザールのルマ人たちは別のホワイトムーン王国の輸送船に全員乗り込んで脱出済みだ。
なんでも、私たちの乗るこのキング・ホワイトムーン号は特別な船であり、王族や聖女、そして許可された関係者以外は乗せられない決まりになっているらしい。本来、サラさんも身元が確認されていないので本当は乗せてはいけないそうなのだが、私がサラさんを他国の皇族と認めたということで特別に許可されたそうだ。
そして、私たちが保護したルマ人たちを運ぶために用意された輸送船はなんと 20 隻だ。
この町でも数百人のルマ人たちが追加されたため、一隻に 150 人近い人を押し込む形となってしまった。
そのため快適な旅とは行かないだろうが、それでもホワイトムーン王国はブラックレインボー帝国との戦争で苦しい中かなりの戦力を割いて私たちを助けてくれたことになる。
国王様にはあとでちゃんとお礼を言っておかないとね。
私は船の甲板で次第に遠くなっていくイエロープラネットの黄色い大地を眺める。
「フィーネ様。どうされましたか?」
「いえ。私のしたことは正しかったのかな、と急に不安になったんです。町に残ったルマの人たちはきっともっと酷い目に合いますよね? だったら全員無理矢理にでも連れてきた方が……」
「フィーネ様。もしそうしていたらダルハからルマ人を連れ出すことはできなかったでしょう。そう思ったからこそ、彼らは残ることを選んだのです。そんな彼らの想いを繋いでいくことが、私たちと、そして何より生き残ったルマ人たちの使命です」
「そう、かもしれませんね」
そう言われてもこの胸のモヤモヤは晴れることは無い。もしかしたら、これからずっと背負っていくべきことなのかもしれない。
「フィーネ様は 3,000 人近い虐げられた者たちを救ったのです。もっと胸を張ってください」
顔を上げると何かの海鳥が飛んでいるのが見える。そして視線を下ろすと冬の弱い日差しが波間に反射しキラキラとまるで宝石のように輝いている。
「そう、ですね……」
そう答えた私たちの間を冬の冷たい風が通り過ぎていったのだった。
ルマ人たちが渡り終えたのを確認したクリスさんがそう報告しに戻ってきてくれた。
「クリスさん、ありがとうございます。あとは、町の中の人達の救出ですね」
「はい。しかし、あれは一体何ごとですか?」
クリスさんがビタンとなって祈りの言葉を唱え続けている兵士たちを見て怪訝そうな表情を浮かべている。
「ええと、実は――」
私がかいつまんで説明すると、クリスさんは「やはりそうですか」と嬉しそうに答えたのだった。
そんな私たちの様子に焦っているのか、カミルさんが大声で周りの兵士を怒鳴りつける。
「え、ええい! 何をしているか! 偽聖女に祈るなど!」
そんなカミルさんの前にクリスさんが近寄る。
「イエロープラネット首長国連邦イザールの首長カミル殿。私はホワイトムーン王国近衛騎士団特務隊所属、聖騎士クリスティーナだ」
それから一呼吸おくとはっきりと通る声で宣言した。
「我々ホワイトムーン王国は、我が国の特使にして聖女であらせられるフィーネ・アルジェンタータ様に対して行った貴国の暴挙に断固抗議をする。貴国のその行いは我が国と貴国の信頼関係を破壊するだけでなく、世界聖女保護協定にも完全に違反している。誠意ある対応を頂けない場合、我々はあらゆる手段を取る用意があることをここに通告する!」
あらゆる手段という事は、戦争も辞さないということだろう。
「な? わ、我々を脅す気か?」
「カミル殿。どう取って頂いても構わないが、貴殿と貴国の態度次第では取り返しのつかない事態になるという事は認識すべきだ」
「何?」
「既にホワイトムーン王国は世界聖女保護協定加盟各国に対して貴国の行いを告発する使者を送った」
「な、何だと? だが、こ奴は偽聖女ではないか! 我が国の聖剣ルフィカールに拒絶されたならこ奴は聖女ではない!」
そう言い募るカミルさんにクリスさんは一つため息をついた。そして反論するために口を開くが、その口調はあきれ果てているのか諭す様なものへと変わっている。
「それは貴国の認識が間違っているのですよ。聖剣が聖騎士を選び、その聖騎士が聖剣によって聖女のもとへと導くのです。この事は世界聖女保護協定にも明記されております」
「違うっ! 我が国では!」
「エイブラの宮殿の地下に【闇属性魔法】にて封じられていた聖剣ルフィカールはフィーネ様のお力により解放されました。そしてそれは世界聖女保護協定の規定に基づき、聖女であるフィーネ様が押収されました」
「え?」
「そしてエイブラ族が聖剣ルフィカールに選ばれし聖騎士バルトロとその同胞であるルマ人たちに行った非道な行為も既にフィーネ様のお耳に入っています」
「な? ど、どうしてそれを……」
カミルさんの顔がさっと青ざめた。どうやらようやく事の重大さを理解したようだ。
「な、ならばここで!」
「既にこの話は我が国の伝令の手によって本国へと運ばれています。ここで我々を始末しようなどと考えてもそれは無駄なことです」
クリスさんはぴしゃりとカミルさんの反論を止める。
「う、ぐぬぬぬ。がっ」
唸っているカミルさんをイザールの町から戻ってきたナヒドさんが後ろからいきなり殴りつけた。
「聖女フィーネ・アルジェンタータ様、そして聖騎士と従者の皆様、大変失礼致しました。我々イザール守備隊は聖女様に従います。どうぞ、イザールへとお入りください」
「ば、何を勝手なぐはっ」
なおも言い募ろうとしたカミルさんを再びナヒドさんが殴りつけたのだった。
****
それから私たちはイザールの町に入り、そのままキング・ホワイトムーン号に乗り込んだ。また、イザールのルマ人たちは別のホワイトムーン王国の輸送船に全員乗り込んで脱出済みだ。
なんでも、私たちの乗るこのキング・ホワイトムーン号は特別な船であり、王族や聖女、そして許可された関係者以外は乗せられない決まりになっているらしい。本来、サラさんも身元が確認されていないので本当は乗せてはいけないそうなのだが、私がサラさんを他国の皇族と認めたということで特別に許可されたそうだ。
そして、私たちが保護したルマ人たちを運ぶために用意された輸送船はなんと 20 隻だ。
この町でも数百人のルマ人たちが追加されたため、一隻に 150 人近い人を押し込む形となってしまった。
そのため快適な旅とは行かないだろうが、それでもホワイトムーン王国はブラックレインボー帝国との戦争で苦しい中かなりの戦力を割いて私たちを助けてくれたことになる。
国王様にはあとでちゃんとお礼を言っておかないとね。
私は船の甲板で次第に遠くなっていくイエロープラネットの黄色い大地を眺める。
「フィーネ様。どうされましたか?」
「いえ。私のしたことは正しかったのかな、と急に不安になったんです。町に残ったルマの人たちはきっともっと酷い目に合いますよね? だったら全員無理矢理にでも連れてきた方が……」
「フィーネ様。もしそうしていたらダルハからルマ人を連れ出すことはできなかったでしょう。そう思ったからこそ、彼らは残ることを選んだのです。そんな彼らの想いを繋いでいくことが、私たちと、そして何より生き残ったルマ人たちの使命です」
「そう、かもしれませんね」
そう言われてもこの胸のモヤモヤは晴れることは無い。もしかしたら、これからずっと背負っていくべきことなのかもしれない。
「フィーネ様は 3,000 人近い虐げられた者たちを救ったのです。もっと胸を張ってください」
顔を上げると何かの海鳥が飛んでいるのが見える。そして視線を下ろすと冬の弱い日差しが波間に反射しキラキラとまるで宝石のように輝いている。
「そう、ですね……」
そう答えた私たちの間を冬の冷たい風が通り過ぎていったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします
夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。
アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。
いわゆる"神々の愛し子"というもの。
神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。
そういうことだ。
そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。
簡単でしょう?
えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか??
−−−−−−
新連載始まりました。
私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。
会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。
余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。
会話がわからない!となるよりは・・
試みですね。
誤字・脱字・文章修正 随時行います。
短編タグが長編に変更になることがございます。
*タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる
みおな
恋愛
聖女。
女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。
本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。
愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。
記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
氷河期世代のおじさん異世界に降り立つ!
本条蒼依
ファンタジー
氷河期世代の大野将臣(おおのまさおみ)は昭和から令和の時代を細々と生きていた。しかし、工場でいつも一人残業を頑張っていたがとうとう過労死でこの世を去る。
死んだ大野将臣は、真っ白な空間を彷徨い神様と会い、その神様の世界に誘われ色々なチート能力を貰い異世界に降り立つ。
大野将臣は異世界シンアースで将臣の将の字を取りショウと名乗る。そして、その能力の錬金術を使い今度の人生は組織や権力者の言いなりにならず、ある時は権力者に立ち向かい、又ある時は闇ギルド五竜(ウーロン)に立ち向かい、そして、神様が護衛としてつけてくれたホムンクルスを最強の戦士に成長させ、昭和の堅物オジサンが自分の人生を楽しむ物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる