勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

文字の大きさ
343 / 625
黒き野望

第八章第12話 高度順応訓練

しおりを挟む
「はぁはぁ。森林限界を超えましたね。休憩しましょう」

息を切らしたサラさんがそう言うと私たちは休憩に入った。私たちは随分と高いところまで登ってきたらしく、高い木が一切生えていない独特の植生が私たちを迎えてくれている。

「これが森林限界なのですわね。わたくしも本で読んだ知識としては知っていましたが実際のもの見るのははじめてですわ。本当に木が生えていないなんて、不思議ですわ」
「はい。このように高山では、木が生育することはできないのです」

なるほど。そんなものがあるのか。

「いやはや、高山というのはきついでござるな。少し動くだけで息が切れるでござるよ」
「そうだな。高度というのは随分と厄介な代物のようだ」

シズクさんとクリスさんが少しきつそうにしているが、それは何も二人に限ったことではない。私以外の全員がはぁはぁと息を切らしている。

ちなみに私はなんともない。それが吸血鬼という種族のおかげか、それとも【状態異常耐性】が MAX だからなのか、はたまた何か別の要因があるのかはよくわからないが、とにかく何ともないということだけは確かだ。

「今日はこの辺りでキャンプですか?」
「はい。そうしましょう。恐らくこれ以上進むと倒れてしまう者が続出するでしょう」

こうして私たちはこのまま野営をすることになった。ところどころに可愛い小さな花が咲いていて、こうしているとまるで高原にバカンスへと来たような気分になる。

だって、私たちのお世話は兵士の皆さんがしてくれるし、魔物の姿もあまりない。

そう。なんというか、とても快適なのだ。

私は収納から預かった兵糧であるトラウトとジャガイモを大量に取り出すと調理係の皆さんに渡す。

「ありがとうございます! 聖女様!」
「いえ。いつも料理していただいてありがとうございます」
「「「神に感謝をっ!」」」
「神のお導きのままに」

相変わらずのマッスルポーズでお祈りされる。

私としてもこのお祈りにさすがに慣れてはきた。だが、筋肉の無い人はどうするんだろうかという疑問がどうしても頭に浮かんでしまうのは私だけではないだろう。

それからしばらく待っていると今日の食事が完成した。トラウトとジャガイモと野菜の塩味のスープだ。それだけ、と思うかもしれないがこれがまた美味しいのだ。

塩で味を整えたスープにトラウトと野菜のうまみがしみだしており、スープだけで飲んでも美味しい。しかもその中に沈むジャガイモには味がよく染み込んでおり、ホロッとした食感とともにじゅわっと口の中に広がるうま味と塩味が渾然一体となって襲い掛かってくる。

単純な中にも、いや単純だからこそのこの複雑な味わいはもはや芸術といっても良いのではないだろうか?

シンプルイズベストとは良く言ったものだと思う。

そこに加えて景色の良い高山地帯で食べているという状況が追い打ちをかけてくるのだ。

「ん-、美味しいですっ!」

ほら、ルーちゃんもご満悦だ。

「美味しいですわね。このようなシンプルな料理でもここまで美味しくなるとは驚きですわ」

シャルの口にも合ったようだ。やはり美味しい食事は皆を笑顔にしてくれる。

「姉さまっ! パンを浸しても美味しいですよっ!」
「試してみますね」

私はルーちゃんのお勧め通りにパンをスープに浸して食べてみる。

うん。美味しい。やっぱりスープとパンは相性バッチリだ。

「ここにバターがあればきっともっと美味しいですわね」
「バターならありますよ?」

私は収納からバターを取り出すとシャルに手渡した。

「ありがとう。それにしてもフィーネ。あなた、ずいぶんと用意がいいですわね」
「食材ならあちこちで大量に買い込んでますからね」

シャルが自分のパンにバターを塗ったので私もそれを真似してバターを塗ったパンをスープに浸して口に運ぶ。

するとどうだ!

スープのうま味と塩味にバターの香りとコクがプラスされて私の口の中が幸せで満たされていく。

「美味しいですね。これ」
「あー、姉さま。あたしも欲しいですっ」
「はい、どうぞ」
「ありがとうございますっ! んー、美味しいっ!」

ルーちゃんの今日一番の笑顔だ。この笑顔を見られただけで、バターを持っていて良かったと心から思える。

こうして楽しい食事の時間が終われば後はゆっくりと休む時間だ。高地に慣れるためには高山病の症状が強く出ないようにゆっくりと過ごして慣れるのが一番なのだそうだ。

だがこうしていい食事を食べてゆっくりと眠ればきっとすぐに慣れられるに違いない。

それから先ほどユスターニより戻ってきた斥候の人の話によると、ユスターニにはそれほど多くの戦力が配備されているわけではないそうだ。そのため、死なない兵が倒せるのであれば今の戦力でも十分に落とせそうとのことだった。

だから、そう。焦る必要などないのだ。

私は食べ終わった食器を兵士の皆さんに返すと、これまた兵士の皆さんが張ってくれた天幕へと向かったのだった。

================
熱帯雨林のある地域ですので森林限界は標高 3,000 ~ 3,500 m ほどを想定しています。ちなみに筆者は標高 2,300 m では高山病になりませんでしたが 4,000 m でばっちり歩くのが辛い状況に陥り、5,000 m でフラフラになりました。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる

みおな
恋愛
聖女。 女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。 本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。 愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。 記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。

処理中です...