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黒き野望
第八章第12話 高度順応訓練
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「はぁはぁ。森林限界を超えましたね。休憩しましょう」
息を切らしたサラさんがそう言うと私たちは休憩に入った。私たちは随分と高いところまで登ってきたらしく、高い木が一切生えていない独特の植生が私たちを迎えてくれている。
「これが森林限界なのですわね。わたくしも本で読んだ知識としては知っていましたが実際のもの見るのははじめてですわ。本当に木が生えていないなんて、不思議ですわ」
「はい。このように高山では、木が生育することはできないのです」
なるほど。そんなものがあるのか。
「いやはや、高山というのはきついでござるな。少し動くだけで息が切れるでござるよ」
「そうだな。高度というのは随分と厄介な代物のようだ」
シズクさんとクリスさんが少しきつそうにしているが、それは何も二人に限ったことではない。私以外の全員がはぁはぁと息を切らしている。
ちなみに私はなんともない。それが吸血鬼という種族のおかげか、それとも【状態異常耐性】が MAX だからなのか、はたまた何か別の要因があるのかはよくわからないが、とにかく何ともないということだけは確かだ。
「今日はこの辺りでキャンプですか?」
「はい。そうしましょう。恐らくこれ以上進むと倒れてしまう者が続出するでしょう」
こうして私たちはこのまま野営をすることになった。ところどころに可愛い小さな花が咲いていて、こうしているとまるで高原にバカンスへと来たような気分になる。
だって、私たちのお世話は兵士の皆さんがしてくれるし、魔物の姿もあまりない。
そう。なんというか、とても快適なのだ。
私は収納から預かった兵糧であるトラウトとジャガイモを大量に取り出すと調理係の皆さんに渡す。
「ありがとうございます! 聖女様!」
「いえ。いつも料理していただいてありがとうございます」
「「「神に感謝をっ!」」」
「神のお導きのままに」
相変わらずのマッスルポーズでお祈りされる。
私としてもこのお祈りにさすがに慣れてはきた。だが、筋肉の無い人はどうするんだろうかという疑問がどうしても頭に浮かんでしまうのは私だけではないだろう。
それからしばらく待っていると今日の食事が完成した。トラウトとジャガイモと野菜の塩味のスープだ。それだけ、と思うかもしれないがこれがまた美味しいのだ。
塩で味を整えたスープにトラウトと野菜のうまみがしみだしており、スープだけで飲んでも美味しい。しかもその中に沈むジャガイモには味がよく染み込んでおり、ホロッとした食感とともにじゅわっと口の中に広がるうま味と塩味が渾然一体となって襲い掛かってくる。
単純な中にも、いや単純だからこそのこの複雑な味わいはもはや芸術といっても良いのではないだろうか?
シンプルイズベストとは良く言ったものだと思う。
そこに加えて景色の良い高山地帯で食べているという状況が追い打ちをかけてくるのだ。
「ん-、美味しいですっ!」
ほら、ルーちゃんもご満悦だ。
「美味しいですわね。このようなシンプルな料理でもここまで美味しくなるとは驚きですわ」
シャルの口にも合ったようだ。やはり美味しい食事は皆を笑顔にしてくれる。
「姉さまっ! パンを浸しても美味しいですよっ!」
「試してみますね」
私はルーちゃんのお勧め通りにパンをスープに浸して食べてみる。
うん。美味しい。やっぱりスープとパンは相性バッチリだ。
「ここにバターがあればきっともっと美味しいですわね」
「バターならありますよ?」
私は収納からバターを取り出すとシャルに手渡した。
「ありがとう。それにしてもフィーネ。あなた、ずいぶんと用意がいいですわね」
「食材ならあちこちで大量に買い込んでますからね」
シャルが自分のパンにバターを塗ったので私もそれを真似してバターを塗ったパンをスープに浸して口に運ぶ。
するとどうだ!
スープのうま味と塩味にバターの香りとコクがプラスされて私の口の中が幸せで満たされていく。
「美味しいですね。これ」
「あー、姉さま。あたしも欲しいですっ」
「はい、どうぞ」
「ありがとうございますっ! んー、美味しいっ!」
ルーちゃんの今日一番の笑顔だ。この笑顔を見られただけで、バターを持っていて良かったと心から思える。
こうして楽しい食事の時間が終われば後はゆっくりと休む時間だ。高地に慣れるためには高山病の症状が強く出ないようにゆっくりと過ごして慣れるのが一番なのだそうだ。
だがこうしていい食事を食べてゆっくりと眠ればきっとすぐに慣れられるに違いない。
それから先ほどユスターニより戻ってきた斥候の人の話によると、ユスターニにはそれほど多くの戦力が配備されているわけではないそうだ。そのため、死なない兵が倒せるのであれば今の戦力でも十分に落とせそうとのことだった。
だから、そう。焦る必要などないのだ。
私は食べ終わった食器を兵士の皆さんに返すと、これまた兵士の皆さんが張ってくれた天幕へと向かったのだった。
================
熱帯雨林のある地域ですので森林限界は標高 3,000 ~ 3,500 m ほどを想定しています。ちなみに筆者は標高 2,300 m では高山病になりませんでしたが 4,000 m でばっちり歩くのが辛い状況に陥り、5,000 m でフラフラになりました。
息を切らしたサラさんがそう言うと私たちは休憩に入った。私たちは随分と高いところまで登ってきたらしく、高い木が一切生えていない独特の植生が私たちを迎えてくれている。
「これが森林限界なのですわね。わたくしも本で読んだ知識としては知っていましたが実際のもの見るのははじめてですわ。本当に木が生えていないなんて、不思議ですわ」
「はい。このように高山では、木が生育することはできないのです」
なるほど。そんなものがあるのか。
「いやはや、高山というのはきついでござるな。少し動くだけで息が切れるでござるよ」
「そうだな。高度というのは随分と厄介な代物のようだ」
シズクさんとクリスさんが少しきつそうにしているが、それは何も二人に限ったことではない。私以外の全員がはぁはぁと息を切らしている。
ちなみに私はなんともない。それが吸血鬼という種族のおかげか、それとも【状態異常耐性】が MAX だからなのか、はたまた何か別の要因があるのかはよくわからないが、とにかく何ともないということだけは確かだ。
「今日はこの辺りでキャンプですか?」
「はい。そうしましょう。恐らくこれ以上進むと倒れてしまう者が続出するでしょう」
こうして私たちはこのまま野営をすることになった。ところどころに可愛い小さな花が咲いていて、こうしているとまるで高原にバカンスへと来たような気分になる。
だって、私たちのお世話は兵士の皆さんがしてくれるし、魔物の姿もあまりない。
そう。なんというか、とても快適なのだ。
私は収納から預かった兵糧であるトラウトとジャガイモを大量に取り出すと調理係の皆さんに渡す。
「ありがとうございます! 聖女様!」
「いえ。いつも料理していただいてありがとうございます」
「「「神に感謝をっ!」」」
「神のお導きのままに」
相変わらずのマッスルポーズでお祈りされる。
私としてもこのお祈りにさすがに慣れてはきた。だが、筋肉の無い人はどうするんだろうかという疑問がどうしても頭に浮かんでしまうのは私だけではないだろう。
それからしばらく待っていると今日の食事が完成した。トラウトとジャガイモと野菜の塩味のスープだ。それだけ、と思うかもしれないがこれがまた美味しいのだ。
塩で味を整えたスープにトラウトと野菜のうまみがしみだしており、スープだけで飲んでも美味しい。しかもその中に沈むジャガイモには味がよく染み込んでおり、ホロッとした食感とともにじゅわっと口の中に広がるうま味と塩味が渾然一体となって襲い掛かってくる。
単純な中にも、いや単純だからこそのこの複雑な味わいはもはや芸術といっても良いのではないだろうか?
シンプルイズベストとは良く言ったものだと思う。
そこに加えて景色の良い高山地帯で食べているという状況が追い打ちをかけてくるのだ。
「ん-、美味しいですっ!」
ほら、ルーちゃんもご満悦だ。
「美味しいですわね。このようなシンプルな料理でもここまで美味しくなるとは驚きですわ」
シャルの口にも合ったようだ。やはり美味しい食事は皆を笑顔にしてくれる。
「姉さまっ! パンを浸しても美味しいですよっ!」
「試してみますね」
私はルーちゃんのお勧め通りにパンをスープに浸して食べてみる。
うん。美味しい。やっぱりスープとパンは相性バッチリだ。
「ここにバターがあればきっともっと美味しいですわね」
「バターならありますよ?」
私は収納からバターを取り出すとシャルに手渡した。
「ありがとう。それにしてもフィーネ。あなた、ずいぶんと用意がいいですわね」
「食材ならあちこちで大量に買い込んでますからね」
シャルが自分のパンにバターを塗ったので私もそれを真似してバターを塗ったパンをスープに浸して口に運ぶ。
するとどうだ!
スープのうま味と塩味にバターの香りとコクがプラスされて私の口の中が幸せで満たされていく。
「美味しいですね。これ」
「あー、姉さま。あたしも欲しいですっ」
「はい、どうぞ」
「ありがとうございますっ! んー、美味しいっ!」
ルーちゃんの今日一番の笑顔だ。この笑顔を見られただけで、バターを持っていて良かったと心から思える。
こうして楽しい食事の時間が終われば後はゆっくりと休む時間だ。高地に慣れるためには高山病の症状が強く出ないようにゆっくりと過ごして慣れるのが一番なのだそうだ。
だがこうしていい食事を食べてゆっくりと眠ればきっとすぐに慣れられるに違いない。
それから先ほどユスターニより戻ってきた斥候の人の話によると、ユスターニにはそれほど多くの戦力が配備されているわけではないそうだ。そのため、死なない兵が倒せるのであれば今の戦力でも十分に落とせそうとのことだった。
だから、そう。焦る必要などないのだ。
私は食べ終わった食器を兵士の皆さんに返すと、これまた兵士の皆さんが張ってくれた天幕へと向かったのだった。
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熱帯雨林のある地域ですので森林限界は標高 3,000 ~ 3,500 m ほどを想定しています。ちなみに筆者は標高 2,300 m では高山病になりませんでしたが 4,000 m でばっちり歩くのが辛い状況に陥り、5,000 m でフラフラになりました。
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