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人と魔物と魔王と聖女
第九章第1話 魚難の相
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私は今、夜のデッキに出てなんとなく海を眺めている。星明かりを反射してキラキラと輝く海面がなんとも美しい。
その他には少し離れた位置を航行している護衛の船が見えるのみだが、それでもなんとなく海を眺めていると落ち着いた気分になる。
そんな私の横をサーッと少し強い風が吹き抜けていった。
ベレナンデウアを出航してからちょうど一週間が経過した。だがこれでもまだ半分ほどしか来ていないらしく、目的地のクリエッリまではまだあと一週間くらいかかるらしい。
もっと距離のあるはずのリリエヴォからは一週間で着いたのに、どうして倍近い時間がかかるのかは不明だが、もしかしたら船の性能、海流や風向きなどが関係しているのかもしれない。
再び少し強い風が吹き抜けていった。
今日は昼間からずっと少し強めの風が吹いており、じっとりと湿った潮風が私の髪を、そしてローブをはためかせている。
「あ。何かの魚が泳いでいますね。ほら」
「フィーネ様。私の目ではさっぱり見えません。吸い込まれそうな闇がそこにあるだけです。落ちたら危険ですのであまり端には近寄らないほうが……」
クリスさんがそう言って心配そうにしている。
「大丈夫です。それに、落ちそうになってもクリスさんが助けてくれますから」
「それは……そうですが……」
「クリスさん、ほら。あそこにも魚がいますよ」
私は浄化魔法で灯りを作り出して水面を照らした。すると群れている何かの魚の群れが照らし出され、その鱗がキラキラと反射する。
「危ない!」
クリスさんが突然私を抱えて横に飛んだ。
「え? え?」
何が起こったのか分からずにいると、次々と何かが私をめがけて飛んでくるのが目の端に入った。
「結界!」
慌てて私たちをすっぽりと包み込むように結界を張り、そして次の瞬間大量の魚が結界に激突してきた。
「え? な、な、な、何ですかこれは!?」
その魚の口はまるでナイフのように尖っている。もしあれが突き刺さっていたら、下手をすると命に関わっていたかもしれない。
「どうなさいました! 聖女様!」
私の様子に気付いた船員さんがこちらに向かって走ってくる足音が聞こえてくる。
「聖女様! その灯りを消してください!」
「え? え? あ、はい」
船員さんの一人がそう言われて私は灯りを消した。すると、あれほど執拗に私たちを狙ってきていた魚の突撃がピタリと止まったではないか。
「あ、あれ? どういうことでしょう? クリスさん、これって魔物ですよね?」
「いえ、このような魔物は存じ上げません」
「え? じゃあ、新種の魔物ですか?」
「聖女様。それは魔物ではありません。ニードルフィッシュという魚です。このニードルフィッシュは光るものを目掛けて飛び込んでくるという習性があるのです。その習性のため、漁師がニードルフィッシュに刺されて死亡するという事故も起きている危険な魚です」
「そ、そうだったんですね。知りませんでした」
「いえ。聖女様がご無事で何よりです」
「こちらこそ、不用意に灯りをつけてすみませんでした」
「聖女様、このくらいの灯りでしたら大丈夫です」
船員さんはそう言って火の灯った小さなランプを差し出してくれた。
「ありがとうございます。ところで、これは海に帰してあげたほうがいいですかね?」
私がランプを受け取りつつそう尋ねると船員さんは首を横に振る。
「いえ。この魚は大変美味なのです。特にカルパッチョにして食べるのが最高なんですよ」
「そうなんですか? それはぜひとも食べてみたいですね」
「それじゃあ、まずはおろしちまいましょうか」
「お願いします。残ったものは私が収納に入れて運びますよ。多分腐らないですから」
「そうなんですか。聖女様は【収納魔法】をお使いになられるって噂は本当だったんですね」
「ええぇ」
本当は【次元収納】という別のユニークスキルだが、別に使っている分には大して違いもなさそうだし説明するのも面倒なのであえて訂正するようなことはしていない。
さすがに私ももう長いからね。こういった話は適当に返事をして放っておくのが一番楽だと学んでいるのだ。
いちいち細かい説明を会う人会う人にしていたらきりが無い。
「じゃあ、張り切っていきますよ!」
そう言うと何人かの船員さんがやってきて慣れた手つきで血抜きをし、それから鱗を取って見慣れた切り身にしていく。
私はその切り身になったものを片っ端から収納に入れ、そして三十分ほどで大量に捕獲されたニードルフィッシュはすっかり片づけられたのだった。
「これが魚難の相かとも思いましたけど、思いがけないお土産を手に入れましたね」
「はい。ですが肝を冷やしました」
「そうですね。クリスさん、助けてくれてありがとうございます」
「いえ、当然のことです」
そう言ってクリスさんが少し照れくさそうな表情をした。そんな私たちを突然の突風が襲い、そして船が高くなってきた波に大きく揺れる。
「……この天気では、あまり甲板に出ているのは危険ですね。フィーネ様。船室に戻りましょう」
「はい」
そう答え、船室へ戻ろうと歩きだしたちょうどその時だった。
ドシン、という大きな衝撃と共に船が大きく傾いた。
「あっ!?」
「フィーネ様!」
クリスさんは近くのロープを掴んで転ばずに済んだようだが、私はその場で転んでしまった。しかも先ほどニードルフィッシュをさばいたせいか滑りやすくなっていた甲板をそのまま滑っていき、反対側の手すりにぶつかってようやく止まることができた。
あ、危なかった。あやうく海に落ちるところだった。
「フィーネ様! フィーネ様!」
傾いた船の反対側でクリスさんが私を呼ぶ叫び声が聞こえる。
「大丈夫です。無事です」
そう答えてから何とか立ち上がると何が起きたのかと海面を確認してみた。
するとなんと! 高さ五メートルくらいのとんでもなく巨大な背びれが海面から突き出ているという恐ろしい光景が目に飛び込んできた。
「巨大……ザメ?」
そしてそのサメは私たちの船に向けて突進してきた。
「この! 防壁!」
慌てて私は海の中に防壁を作りその巨大ザメの突進を受け止める。ドシンという音と共にサメは止まり、そいつはそのまま海中に姿を消した。
「逃げた……?」
しかし私のこの呟きはフラグだった。再び私たちの船を立っていられないほどの衝撃が襲う。しかもメリメリ、バキバキと何かが壊れるような嫌な音も聞こえてくる。
「え? もしかして下!?」
「フィーネ様!」
私もクリスさんのところへと行きたいのだが、こうも揺れているととても移動するどころの話ではない。
もう一度大きな衝撃が私たちの船を襲い、私とクリスさんのちょうど間あたりで真っ二つになってしまった。
「フィーネ様! フィーネ様!」
クリスさんが転びながらもなんとか私のところに来ようとしており、それを周りの船員さんたちが必死に止めている。
「クリスさん、私は大丈夫ですから。まずはあいつを!」
そう叫んだ瞬間、私の乗っている側が大きく揺れると横倒しとなり、私はそのまま海に投げ出されてしまった。
まずい!
服が海水をたっぷりと吸い込んでしまい、とてもではないが泳げそうにない。
しかも巨大ザメが暴れ回っているところにこの荒天も相まって、私は思い切り高波を被ってしまった。
「ゴホッゴホッ」
まずい。まずいまずいまずい!
だがもがけばもがくほど状況は悪化していき、焦れば焦るほど海面に浮かび上がることが出来なくなっていく。
そんな私を容赦ない高波が襲う。
やがて私の意識は闇に沈んていったのだった。
============
第九章の更新予定につきましては、「当面の間毎日 19:00」を予定しております。
なお、筆者の多忙などで一時的にお休みさせて頂いたり途中で頻度を変更させて頂く可能性がございます。あらかじめご了承ください。
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そんな私の横をサーッと少し強い風が吹き抜けていった。
ベレナンデウアを出航してからちょうど一週間が経過した。だがこれでもまだ半分ほどしか来ていないらしく、目的地のクリエッリまではまだあと一週間くらいかかるらしい。
もっと距離のあるはずのリリエヴォからは一週間で着いたのに、どうして倍近い時間がかかるのかは不明だが、もしかしたら船の性能、海流や風向きなどが関係しているのかもしれない。
再び少し強い風が吹き抜けていった。
今日は昼間からずっと少し強めの風が吹いており、じっとりと湿った潮風が私の髪を、そしてローブをはためかせている。
「あ。何かの魚が泳いでいますね。ほら」
「フィーネ様。私の目ではさっぱり見えません。吸い込まれそうな闇がそこにあるだけです。落ちたら危険ですのであまり端には近寄らないほうが……」
クリスさんがそう言って心配そうにしている。
「大丈夫です。それに、落ちそうになってもクリスさんが助けてくれますから」
「それは……そうですが……」
「クリスさん、ほら。あそこにも魚がいますよ」
私は浄化魔法で灯りを作り出して水面を照らした。すると群れている何かの魚の群れが照らし出され、その鱗がキラキラと反射する。
「危ない!」
クリスさんが突然私を抱えて横に飛んだ。
「え? え?」
何が起こったのか分からずにいると、次々と何かが私をめがけて飛んでくるのが目の端に入った。
「結界!」
慌てて私たちをすっぽりと包み込むように結界を張り、そして次の瞬間大量の魚が結界に激突してきた。
「え? な、な、な、何ですかこれは!?」
その魚の口はまるでナイフのように尖っている。もしあれが突き刺さっていたら、下手をすると命に関わっていたかもしれない。
「どうなさいました! 聖女様!」
私の様子に気付いた船員さんがこちらに向かって走ってくる足音が聞こえてくる。
「聖女様! その灯りを消してください!」
「え? え? あ、はい」
船員さんの一人がそう言われて私は灯りを消した。すると、あれほど執拗に私たちを狙ってきていた魚の突撃がピタリと止まったではないか。
「あ、あれ? どういうことでしょう? クリスさん、これって魔物ですよね?」
「いえ、このような魔物は存じ上げません」
「え? じゃあ、新種の魔物ですか?」
「聖女様。それは魔物ではありません。ニードルフィッシュという魚です。このニードルフィッシュは光るものを目掛けて飛び込んでくるという習性があるのです。その習性のため、漁師がニードルフィッシュに刺されて死亡するという事故も起きている危険な魚です」
「そ、そうだったんですね。知りませんでした」
「いえ。聖女様がご無事で何よりです」
「こちらこそ、不用意に灯りをつけてすみませんでした」
「聖女様、このくらいの灯りでしたら大丈夫です」
船員さんはそう言って火の灯った小さなランプを差し出してくれた。
「ありがとうございます。ところで、これは海に帰してあげたほうがいいですかね?」
私がランプを受け取りつつそう尋ねると船員さんは首を横に振る。
「いえ。この魚は大変美味なのです。特にカルパッチョにして食べるのが最高なんですよ」
「そうなんですか? それはぜひとも食べてみたいですね」
「それじゃあ、まずはおろしちまいましょうか」
「お願いします。残ったものは私が収納に入れて運びますよ。多分腐らないですから」
「そうなんですか。聖女様は【収納魔法】をお使いになられるって噂は本当だったんですね」
「ええぇ」
本当は【次元収納】という別のユニークスキルだが、別に使っている分には大して違いもなさそうだし説明するのも面倒なのであえて訂正するようなことはしていない。
さすがに私ももう長いからね。こういった話は適当に返事をして放っておくのが一番楽だと学んでいるのだ。
いちいち細かい説明を会う人会う人にしていたらきりが無い。
「じゃあ、張り切っていきますよ!」
そう言うと何人かの船員さんがやってきて慣れた手つきで血抜きをし、それから鱗を取って見慣れた切り身にしていく。
私はその切り身になったものを片っ端から収納に入れ、そして三十分ほどで大量に捕獲されたニードルフィッシュはすっかり片づけられたのだった。
「これが魚難の相かとも思いましたけど、思いがけないお土産を手に入れましたね」
「はい。ですが肝を冷やしました」
「そうですね。クリスさん、助けてくれてありがとうございます」
「いえ、当然のことです」
そう言ってクリスさんが少し照れくさそうな表情をした。そんな私たちを突然の突風が襲い、そして船が高くなってきた波に大きく揺れる。
「……この天気では、あまり甲板に出ているのは危険ですね。フィーネ様。船室に戻りましょう」
「はい」
そう答え、船室へ戻ろうと歩きだしたちょうどその時だった。
ドシン、という大きな衝撃と共に船が大きく傾いた。
「あっ!?」
「フィーネ様!」
クリスさんは近くのロープを掴んで転ばずに済んだようだが、私はその場で転んでしまった。しかも先ほどニードルフィッシュをさばいたせいか滑りやすくなっていた甲板をそのまま滑っていき、反対側の手すりにぶつかってようやく止まることができた。
あ、危なかった。あやうく海に落ちるところだった。
「フィーネ様! フィーネ様!」
傾いた船の反対側でクリスさんが私を呼ぶ叫び声が聞こえる。
「大丈夫です。無事です」
そう答えてから何とか立ち上がると何が起きたのかと海面を確認してみた。
するとなんと! 高さ五メートルくらいのとんでもなく巨大な背びれが海面から突き出ているという恐ろしい光景が目に飛び込んできた。
「巨大……ザメ?」
そしてそのサメは私たちの船に向けて突進してきた。
「この! 防壁!」
慌てて私は海の中に防壁を作りその巨大ザメの突進を受け止める。ドシンという音と共にサメは止まり、そいつはそのまま海中に姿を消した。
「逃げた……?」
しかし私のこの呟きはフラグだった。再び私たちの船を立っていられないほどの衝撃が襲う。しかもメリメリ、バキバキと何かが壊れるような嫌な音も聞こえてくる。
「え? もしかして下!?」
「フィーネ様!」
私もクリスさんのところへと行きたいのだが、こうも揺れているととても移動するどころの話ではない。
もう一度大きな衝撃が私たちの船を襲い、私とクリスさんのちょうど間あたりで真っ二つになってしまった。
「フィーネ様! フィーネ様!」
クリスさんが転びながらもなんとか私のところに来ようとしており、それを周りの船員さんたちが必死に止めている。
「クリスさん、私は大丈夫ですから。まずはあいつを!」
そう叫んだ瞬間、私の乗っている側が大きく揺れると横倒しとなり、私はそのまま海に投げ出されてしまった。
まずい!
服が海水をたっぷりと吸い込んでしまい、とてもではないが泳げそうにない。
しかも巨大ザメが暴れ回っているところにこの荒天も相まって、私は思い切り高波を被ってしまった。
「ゴホッゴホッ」
まずい。まずいまずいまずい!
だがもがけばもがくほど状況は悪化していき、焦れば焦るほど海面に浮かび上がることが出来なくなっていく。
そんな私を容赦ない高波が襲う。
やがて私の意識は闇に沈んていったのだった。
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