勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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欲と業

第十一章第4話 ヒュッテンホルンのグルメ

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2022/06/20 誤字を修正しました
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「聖女様! 町をお救いいただきありがとうございます!」

 そう言って小太りのおじさんが、その体型に似合わないキレのあるブーンからのジャンピング土下座を決めた。

 うん、8点だね。

 【人物鑑定】によるとこの人は町長のエルマーさんで、どうやら前回この町を訪れたときにも同じようにキレのあるブーンからのジャンピング土下座を決めていたようだ。

 おや? なになに? どうやら前回の得点も8点だったらしい。

 なるほど。ならば次回はより高得点を目指して頑張ってほしいものだ。

「神の御心のままに」

 いつもどおりそんなことを考えているとはおくびも出さず、私は便利フレーズでエルマーさんを起こす。

「お久しぶりですね。エルマーさん」
「ははっ! 聖女様におかれましては相変わらずのお美しさと気品を兼ね備えられ――」

 エルマーさんが長々と私を褒め称える言葉を連ねるが、そんなことはどうでもいいので早く終わってほしい。

「前回と同じホテルにお部屋をご用意いたしました。ぜひともそちらにお泊りください」
「ありがとうございます」

 長い長い話が終わり、私たちは前回と同じハスラン・グランドホテルの最上階スイートルームに通されたのだった。

◆◇◆

 その晩、私たちはエルマーさんとホテルでディナーをいただくこととなった。

 前回は町に食べ歩きや観光をしてヒュッテンホルンを満喫したわけだが、今回は着いた時間が遅かったことと魔物による襲撃があった直後ということもあってホテルで大人しくしていた。

 まあ、同じところを何度も無理に観光する必要もないだろう。

「聖女様、ささやかではございますが晩餐をご用意いたしました」
「ありがとうございます」
「本来であればフルコースをご用意したいところなのですが、こちらでご容赦ください」

 エルマーさんはそう言うが、十分に豪華な食事だと思う。

 メニューは牛ほほ肉のワイン煮込みにマッシュポテトとニンジンを添えたもので、バケットだってついてきている。

 ルーちゃん以外の人には十分な量だと思うのだが……。

「ええと、何かあったのですか?」

 なんとなく聞いてほしそうなので質問してみた。

「はい。先ほどもご覧になられたかと思いますが、我が国はこのところ魔物の被害に悩まされているのです」
「魔物の被害ですか?」
「そうなのです。町と町どころか、国境の検問所に行くのすらも命がけの有り様なのです。おかげで十分な物資も入らず、郊外の畑や牧場も全滅してしまいました」

 なるほど。たしかにこの町は山あいにあるし、交易が止まってしまえば大変だろう。それに畑や牧場が被害を受けたということは、食糧難になっているということだろう。

 ああ、そんな中でこれだけのメニューを出すことはさぞ大変だったことだろう。

 ……あれ? そういえばこの国には商人さんたちの手で種が運ばれているはずだ。

 もしかして、きちんと届いていないのだろうか?

「あの、魔物の被害ということは、瘴気を浄化する種は届いていないのでしょうか? こちらに行く予定の商人さんたちに預けたんですが……」
「はい。私の知る限り、種が植えられているのは首都リルンのみでございます。おかげでリルン周辺のみ、魔物の被害が他と比べて軽いそうです」
「え? どうしてですか? どうして他の場所に植えないんですか?」
「高くて、とても手が出せないのです」
「ええっ?」
「少し前に種を買わないかという打診を受けましたが、その際に提示された金額は金貨五百万枚 です」
「はっ!?」

 五百万枚って……一体何を考えているのだろうか?

「とてもではありませんが、我が町程度の財力では……」
「それは……」

 まさかこんなことになるとは想像だにしていなかった。

 彼らがどこかの領主なり教会なりに売るとは思っていたが、まさかそんな値段にまでり上げるなんて!

「ええと、とりあえず町の外に植えておいたので、もうこの町は大丈夫だと思いますよ」
「本当ですか!? ありがとうございます! ありがとうございます!」

 エルマーさんは涙ながらに感謝してきた。

「いえ、当然のことをしただけですから」

 そもそも、こうなることを想定していなかったのは私のミスだしね。

「それに、私がこれから行く先々で配りますからもう大丈夫だと思いますよ」
「おお! 聖女様! 神に感謝を!」

 エルマーさんはわざわざ席を立ち、ブーンからのジャンピング土下座を決めた。本日二回目の演技なわけだが、感極まっているせいかキレがなかったので減点を免れられない。

 そうだね。七点かな。

 次回の演技には期待したい。というか、食卓に着いているのにわざわざ席を立ってまで演技をするのはちょっと行儀が悪いのではないだろうか?

 あ、演技じゃなくてお祈りだったね。

「神の御心のままに」

 などということを考えているとはおくびも出さず、本日二度目の便利フレーズでエルマーさんを起こす。

「それじゃあ、いただきましょう」
「は、ははっ!」

 エルマーさんが妙に畏まってしまってどうにも食べづらいが、このまま話をしているとせっかくの食事が冷めてしまう。

 私はエルマーさんが何かを喋る前に牛ほほ肉をカットし、口に運んだ。

 するとなんと! お肉は口の中でまるで溶けるようにほろりと崩れたではないか!

 トロトロになるまでしっかり煮込まれていたのだろう。しかも余計な脂も臭みも一切感じないのだから、きっととても丁寧に調理してくれたのだろう。

 そしてとろみのついたこのソースもまた絶品だ。赤ワインの他に玉ねぎの甘みとバターのコク、それから適度な塩味とわずかな胡椒の香りがこのほろりと崩れる肉と絡まって私の舌を楽しませてくれている。

 そう、これはまさに芸術と言っても過言ではないだろう。

 しかも付け合わせのマッシュポテトとの相性も抜群だ。付け合わせなので主張しすぎない穏やかな味となっているのだが、ジャガイモの他に生クリームのコクと香り、さらにチーズも使われているようでそれが複雑に絡み合った味と香りはこれだけでも絶品と言えるだろう。

 しかしこのマッシュポテトとソースが口の中で混ざりあうとどうだ!

 ソースとお肉だけでも芸術だったのに、これはもはやルネッサンスだ。

 気が付けばあっという間に平らげていて、お皿に少し残っているだけとなった。

 となると、ここはバケットの出番だろう。

 一切れのバケットで残ったソースを掬い取り、そのまま口に運ぶ。

 うん。やはりそうだ。バケットはこのためにあったのだ。

 先ほどまでの濃厚な味わいが一転し、バケットの甘みと小麦の香りに私は小麦畑に行ったかのような錯覚を覚える。

 マリアージュと言えばワインとチーズが有名だが、これもマリアージュと言ってもいいのではないだろうか?

 そうしていると、あっという間に出された食事を平らげてしまった。

 うん。美味しかった。ごちそうさま。

 ふと周りを見ると、クリスさんが不思議そうな顔をして私を見ている。

「あれ? クリスさん? どうかしましたか?」
「いえ。ただ、その量を召し上がられるのは珍しいな、と」
「ああ、そういえばそうですね。でも一皿だけですから。それにとても美味しかったです」
「おお! 聖女様! ありがとうございます!」

 私たちの会話を聞いたエルマーさんが随分と大げさに喜んでいる。

「聖女様! この料理、我々が必ず後世まで伝えて参ります!」
「ええぇ」

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※金貨五百万枚は、日本円でおよそ二千五百億円程度の価値です。
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