勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

文字の大きさ
510 / 625
欲と業

第十一章第31話 地獄の沙汰も金次第

しおりを挟む
 エルムデンでやるべきことを終え、私たちは再びリルンへとやってきた。私たちは再び大歓迎され、迎賓館にも泊めてもらうことになった。

 するとなんとなく予想はしていたが、私たちのところにアスランさんがやってきた。しかも今度は大統領とも一緒だったので断れず、仕方ないので会って話をすることとなった。

「聖女様、その節は大変失礼をいたしました」

 会うなり、アスランさんは私たちに謝罪をしてきた。

「ええと、何について謝っているんでしょうか?」
「全てでございます。アポもなしにお伺いした件も、聖女様のご意向を知らなかったとはいえ種を転売したことも、申し訳ございませんでした」
「……そうですか」
「種につきましては販売先から買い戻し、教会と相談して魔物による被害の多い地域へとお送りいたしました」

 うーん? どうしよう。そこまでしてもらったんならもうこれ以上この件で怒るのはちょっと大人げない気もするぞ。

「わかりました。そういうことでしたら、種の件は水に流しましょう」
「ありがとうございます!」
「お許しいただけて良かったですな、アスラン殿」
「ええ」

 アスランさんは心底ホッとしたような表情を浮かべている。

 まあ、私としてもアスランさんをいじめたいわけじゃないからね。

 ただ、そんなことよりも聞かなきゃいけないことがある。

「ところでアスランさん」
「はい、なんでしょうか?」
「実は――」

 私はエルムデンでのことを話した。

「奴隷の取引をしていたアミスタット商会を運営していたマフィアが、その親分のマフィアがハスラングループと親密な関係だと言っていました」

 するとアスランさんは何かを考えるように、しばらく虚空を見つめた。

「……それはもしや、ヘットナーファミリーのことでしょうか?」
「はい。そうです」
「なるほど。たしかにハスラングループはヘットナーファミリーと付き合いはあります」
「でも、マフィアなんですよね?」
「はい。彼らはたしかにマフィアと自ら名乗っています。ですが、彼らは法に触れるような行為はしていないのです」
「え?」
「犯罪を犯していないのですから、我々としても付き合いを止めるなどという発想はございません」
「でも奴隷売買のことは!」
「ええ、そうですね。ヘットナーファミリーはかなり危険な橋を渡り、奴隷売買の情報を得てくれたと聞いております。聖女様は、最初に私たちがお会いしたときのことを覚えてらっしゃいますか?」
「え? ええと、たしか教会の裏から秘密の通路を通っていきましたね」
「はい。そうせねばならぬほどに、奴隷売買を暴くことは危険だったのです。一歩間違えば、私だって暗殺されていた可能性がありました」

 うーん。そう言われてみればそんな気もするな。でも、知らなかったなんてことはあるんだろうか?

「もちろん聖女様の仰るようにヘットナーファミリーが何か悪事を働いている可能性はあるでしょう。ですが、世の中はきれいごとだけでは回らないのもまた事実なのです。我が国においてヘットナーファミリーはアミスタット商会を運営していたマフィアのような犯罪集団ではありません。その点につきましては、どうかご理解いただけますようよろしくお願いいたします」

 ここは、やっぱり【魅了】を使ってでも話してもらったほうがいいだろうか?

 私は困ってちらりとシズクさんとクリスさんを見るが、二人とも首を横に振った。

 いや、そうだよね。やっぱりさすがにそれはないよね。

 アスランさんは犯罪者ではないんだし、誰かに濡れ衣を着せられているわけでもないのだ。

 犯罪をしているという確信があるわけでもないのに、無理やりしゃべらせるなんて絶対にダメだ。

 私はちらりと大統領のほうを見る。

「アスラン殿の仰るとおりでございます」

 なるほど。じゃあ、仕方がないのだろう。

「……わかりました」
「感謝いたします」

 私の返事にアスランさんは笑顔でそう答えたのだった。

◆◇◆

「ううん。どうなってるんでしょうか。マフィアって自分で言っていても犯罪者じゃないなんて……」

 アスランさんと大統領が帰ったあと、部屋に戻った私はクリスさんにそう愚痴をこぼした。

「そうですね。私も犯罪者でないマフィアというのは初耳です。しかしブルースター共和国が犯罪者ではないと認めている以上、私たちが首を突っ込む問題ではありません。それこそ国際問題にもなりかねません」
「……そうですよね」

 とはいえ、どうにも釈然としない。

「地獄の沙汰も金次第、といったところではござらんか?」
「え? 賄賂を受け取っているってことですか?」
「不思議ではござらんよ? エルムデンでは裁判官が買収されていたではござらんか」
「それは……」

 たしかにパウルさんは病気の奥さんの薬を買うために、ヨハンさんに有利な判決を下していた。

 もちろんパウルさんの奥さんは治してあげたが、だからといってパウルさんが牢屋から出た後のことはどうなるかわからない。

「ま、こういった問題はどこにでもあるでござるよ。いちいち気にして解決しようとしていたら、いつになっても精霊の島に辿りつけないでござるよ」
「……それもそうですね」

 ホワイトムーン王国にだっておかしな貴族はたくさんいたし、人間とはそういうものなのかもしれない。

 でも、だから瘴気が……。

 なんともやりきれない気分で、モヤモヤしたものが私の心をずっしりと重くしたのだった。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

神々の愛し子って何したらいいの?とりあえずのんびり過ごします

夜明シスカ
ファンタジー
アリュールという世界の中にある一国。 アール国で国の端っこの海に面した田舎領地に神々の寵愛を受けし者として生を受けた子。 いわゆる"神々の愛し子"というもの。 神々の寵愛を受けているというからには、大事にしましょうね。 そういうことだ。 そう、大事にしていれば国も繁栄するだけ。 簡単でしょう? えぇ、なんなら周りも巻き込んでみーんな幸せになりませんか?? −−−−−− 新連載始まりました。 私としては初の挑戦になる内容のため、至らぬところもあると思いますが、温めで見守って下さいませ。 会話の「」前に人物の名称入れてみることにしました。 余計読みにくいかなぁ?と思いつつ。 会話がわからない!となるよりは・・ 試みですね。 誤字・脱字・文章修正 随時行います。 短編タグが長編に変更になることがございます。 *タイトルの「神々の寵愛者」→「神々の愛し子」に変更しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる

みおな
恋愛
聖女。 女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。 本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。 愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。 記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。

処理中です...