515 / 625
欲と業
第十一章第36話 隠された修道院(後編)
しおりを挟む
「セブニッツ修道院は、またの名を贖罪修道院というのですじゃ」
「贖罪修道院!?」
聞いたこともない言葉に私は思わず聞き返した。
「そのとおりですじゃ」
「贖罪修道院って、なんですか?」
「罪を犯した者のための修道院、つまり魔物を間近で見て自らの罪を顧み、神に懺悔し祈りを捧げるための場所ですじゃ」
「……それは、普通の修道院とは何が違うんですか?」
「贖罪修道院は、魔物の多く出る人里離れた場所にあるのですじゃ。人の罪の写し鏡である魔物の姿をより間近で見て、自らの罪を深く反省できるように、と」
「え? そんな場所にいたら魔物に襲われてしまうんじゃないですか?」
「……そうですのう。きっと生きてはおれますまい」
「……」
いや、その理屈はおかしいのではないだろうか?
たしかに魔物は人間の歪んだ欲望から生み出される瘴気が原因で、人を襲わずにはいられないという衝動に駆られている。
だからそんなことをしたって魔物が減るわけではない。それこそ人間が瘴気を生み出さずにすむほど改心しなければ無理だろう。
それに商会長のお嬢さんというのは、死刑にされるほどの罪を犯していたのだろうか?
「その修道院には、どういう人が送られるんですか?」
「修道院に行く者は、罪を自覚した者が自分で行くのですじゃ。誰かが無理やり送るということはございませんのぅ」
「え?」
それってつまり、反省した人が自殺をしに行くのを見て見ぬふりをしたってことだよね?
「村長さん、すぐにその修道院に案内してもらえませんか?」
「……そうして差し上げたいのは山々なのですがのぅ。魔物のいる地です故、どうか……」
「え? でも、女性が行きましたよね?」
「……そこまでご存じでしたか」
村長さんはそう言って大きくため息をついた。
「たしかに少し前、ロラがどこかのお嬢さんを送っていきました。ですが、そのことをロラは随分と後悔しておるようなのですじゃ。どうせもう生きてはおりませぬ故、そっとしておいてはもらえませぬかのぅ」
「……」
そういうことか。それはたしかに心の傷が抉られるだろうし、言いたくないと言っていたのも無理はないかもしれない。
何しろロラさんはその人を見殺しにした、いや、自殺の手助けをしたとも言える状況なのだ。
であればなおのこと、私はここでこのまま引き下がるわけにはいかない。
「わかりました」
私がそう言うと、村長さんは露骨にホッとしたような表情を浮かべた。それに対して、クリスさんとルーちゃんは意外そうに私のほうを見ている。
「では、その修道院のある場所を教えてください。私たちだけで行きます」
「フィーネ様?」
「だって、まだ魔物に殺されたと決まったわけではありませんからね。一度行って、確認してみたいんです」
私の言葉にルーちゃんはパッと表情を輝かせた。
「仕方がありませんのぅ。修道院の場所は――」
こうして私たちは村長さんから修道院の場所を教えてもらい、扉を開けるのに必要だという鍵を受け取ったのだった。
◆◇◆
翌朝、出発しようと駐屯小屋から出てきた私たちの前にロラさんがやってきた。何か決意を固めたような表情をしている。
「あの! 聖女様!」
「はい」
「どうか私に道案内させてください!」
「いいんですか?」
「はい。その、村長から聖女様には全部話したって聞きました。それで、その! 私、ずっとあの人にひどいことをしたんじゃないかって思ってて……。もう遅いかもしれないけど、でもやっぱり連れていっちゃダメだったんじゃないかって……」
言っていることはとりとめがないが、かなり後悔していたということはよく分かる。
「大丈夫です。今ならまだ間に合うかもしれませんよ」
「っ! 聖女様!」
ロラさんはブーンからのジャンピング土下座を決めた。
うん。6点だね。感情が演技に大きく影響して崩れているので、もうちょっときちんと演技をすることを考えたほうがいいだろう。
というか、ことあるごとに私を拝むのは止めて欲しい。私を拝んだところでご利益はなんてないんだし、どうせなら隣にいる彼氏のレジスさんにでも抱きつきばいいのではないだろうか?
レジスさんだってロラさんを慰められて嬉しいだろうし、そうすればきっと二人が末永く爆発する日も近づくと思うのだ。
「神の御心のままに」
そんなことを考えているなどとはおくびにも出さずにいつもの言葉でロラさんを起こすと、私たちはすぐに修道院へと出発したのだった。
「贖罪修道院!?」
聞いたこともない言葉に私は思わず聞き返した。
「そのとおりですじゃ」
「贖罪修道院って、なんですか?」
「罪を犯した者のための修道院、つまり魔物を間近で見て自らの罪を顧み、神に懺悔し祈りを捧げるための場所ですじゃ」
「……それは、普通の修道院とは何が違うんですか?」
「贖罪修道院は、魔物の多く出る人里離れた場所にあるのですじゃ。人の罪の写し鏡である魔物の姿をより間近で見て、自らの罪を深く反省できるように、と」
「え? そんな場所にいたら魔物に襲われてしまうんじゃないですか?」
「……そうですのう。きっと生きてはおれますまい」
「……」
いや、その理屈はおかしいのではないだろうか?
たしかに魔物は人間の歪んだ欲望から生み出される瘴気が原因で、人を襲わずにはいられないという衝動に駆られている。
だからそんなことをしたって魔物が減るわけではない。それこそ人間が瘴気を生み出さずにすむほど改心しなければ無理だろう。
それに商会長のお嬢さんというのは、死刑にされるほどの罪を犯していたのだろうか?
「その修道院には、どういう人が送られるんですか?」
「修道院に行く者は、罪を自覚した者が自分で行くのですじゃ。誰かが無理やり送るということはございませんのぅ」
「え?」
それってつまり、反省した人が自殺をしに行くのを見て見ぬふりをしたってことだよね?
「村長さん、すぐにその修道院に案内してもらえませんか?」
「……そうして差し上げたいのは山々なのですがのぅ。魔物のいる地です故、どうか……」
「え? でも、女性が行きましたよね?」
「……そこまでご存じでしたか」
村長さんはそう言って大きくため息をついた。
「たしかに少し前、ロラがどこかのお嬢さんを送っていきました。ですが、そのことをロラは随分と後悔しておるようなのですじゃ。どうせもう生きてはおりませぬ故、そっとしておいてはもらえませぬかのぅ」
「……」
そういうことか。それはたしかに心の傷が抉られるだろうし、言いたくないと言っていたのも無理はないかもしれない。
何しろロラさんはその人を見殺しにした、いや、自殺の手助けをしたとも言える状況なのだ。
であればなおのこと、私はここでこのまま引き下がるわけにはいかない。
「わかりました」
私がそう言うと、村長さんは露骨にホッとしたような表情を浮かべた。それに対して、クリスさんとルーちゃんは意外そうに私のほうを見ている。
「では、その修道院のある場所を教えてください。私たちだけで行きます」
「フィーネ様?」
「だって、まだ魔物に殺されたと決まったわけではありませんからね。一度行って、確認してみたいんです」
私の言葉にルーちゃんはパッと表情を輝かせた。
「仕方がありませんのぅ。修道院の場所は――」
こうして私たちは村長さんから修道院の場所を教えてもらい、扉を開けるのに必要だという鍵を受け取ったのだった。
◆◇◆
翌朝、出発しようと駐屯小屋から出てきた私たちの前にロラさんがやってきた。何か決意を固めたような表情をしている。
「あの! 聖女様!」
「はい」
「どうか私に道案内させてください!」
「いいんですか?」
「はい。その、村長から聖女様には全部話したって聞きました。それで、その! 私、ずっとあの人にひどいことをしたんじゃないかって思ってて……。もう遅いかもしれないけど、でもやっぱり連れていっちゃダメだったんじゃないかって……」
言っていることはとりとめがないが、かなり後悔していたということはよく分かる。
「大丈夫です。今ならまだ間に合うかもしれませんよ」
「っ! 聖女様!」
ロラさんはブーンからのジャンピング土下座を決めた。
うん。6点だね。感情が演技に大きく影響して崩れているので、もうちょっときちんと演技をすることを考えたほうがいいだろう。
というか、ことあるごとに私を拝むのは止めて欲しい。私を拝んだところでご利益はなんてないんだし、どうせなら隣にいる彼氏のレジスさんにでも抱きつきばいいのではないだろうか?
レジスさんだってロラさんを慰められて嬉しいだろうし、そうすればきっと二人が末永く爆発する日も近づくと思うのだ。
「神の御心のままに」
そんなことを考えているなどとはおくびにも出さずにいつもの言葉でロラさんを起こすと、私たちはすぐに修道院へと出発したのだった。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
異世界に落ちたら若返りました。
アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。
夫との2人暮らし。
何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。
そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー
気がついたら知らない場所!?
しかもなんかやたらと若返ってない!?
なんで!?
そんなおばあちゃんのお話です。
更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~
北条新九郎
ファンタジー
三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。
ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
ブックマーク・評価、宜しくお願いします。
いきなり異世界って理不尽だ!
みーか
ファンタジー
三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。
自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる