勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

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正義と武と吸血鬼

第十二章第8話 ルミア vs. 皇帝(中編)

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「ふかひれの姿煮でございます」

 続いて高級食材の代名詞が運ばれてきた。大きなふかひれがとろりとした茶色のスープに沈んでおり、脇には青梗菜ちんげんさいが添えられている。

 私はさっそくレンゲでふかひれを小さくし、とろりとした煮汁と一緒に口へと運ぶ。

 んん! これは!

 鶏、豚骨、オイスター、そして野菜の出汁が複雑に絡み合ったスープに、ふかひれから溶けだしたゼラチンによって独特のとろみを与えており、ホロホロと崩れる食感と絶妙にマッチしている。そのうえ崩れた繊維の一本一本にもしっかりとした歯ごたえが残っているのもポイントが高い。さらにネギとしょうがの風味がスープの後味を爽やかなものにしてくれている。

 美味しい!

 お代わりしたくなる美味しさだが、皇帝のあの口ぶりからするとまだまだ料理は続くのだろう。

 私がちらりと隣に座るルーちゃんを見ると、すでにルーちゃんは完食していた。

 私はもう一口だけスープを飲むと、そっとルーちゃんに渡してあげる。するとルーちゃんは嬉しそうに顔を輝かせ、私の上げたふかひれの姿煮をあっという間に平らげた。

 するとなにやら第二皇妃様が小馬鹿にしたような表情を浮かべた。

 ああ、そうか。マナー違反か。それもそうだね。

「陛下、申し訳ないのですがうちのルミアには少々足りないようでして……」

 すると皇帝の顔が一瞬にして紅潮した。何やら怒鳴り始めそうなほどだが、それをぐっとこらえてくれたようだ。

 あれ? 一体どういうこと?

「そうか。おい!」

 皇帝はすぐに給仕の女性を呼びつけた。

「メニューを増やせ。今すぐだ。いいな?」
「えっ!? あ、は、はい。かしこまりました。失礼します」

 何やら青い顔をして給仕の女性はそう言い、下がっていった。

「一品の量は増やせぬが、品数は増やせる。これで良いな?」
「ありがとうございます」

 ううん。これも失礼だったか。マナーというのは難しいね。

「こちら、牛肉とピーマンのイェンアン風炒めでございます」

 次の料理が運ばれてきた。

 あ、そうだ!

「ありがとうございます。あの、申し訳ないのですが私は小食なので、次の料理からは半分を隣のルミアに分けてください」
「かしこまりました」

 私が給仕の女性にそう言うと、彼女は快く引き受けてくれた。

 そうか。最初からこうお願いしておけばよかったんだ。

 納得した私は牛肉とピーマンの炒め物を口に運ぶ。

 ああ、うん。これはチンジャオロースだ。オイスターソースと醤油のしっかり効いた甘辛いタレがシャキシャキしたピーマンと細切りの牛肉にマッチしており、さらにかすかなしょうがの香りがさらに食欲を増してくれる。

 うん。美味しい!

「大エビのチリソースでございます」

 次に運ばれてきたのはエビチリだ。だがエビがかなり大きい。巨大なエビを半分に割って、その殻を添えて半分がしっかり使われているということがアピールされている。

 私がちらりとルーちゃんのほうを見ると、そちらは一匹半になっている。

 給仕さんはきちんと私の要望を伝えてくれたようだ。

「む? 聖女殿?」
「ああ、陛下。私はたぶん食べきれないと思いますので……」

 すると皇帝はなぜか満足そうな表情になった。

 んん? 今のどこに皇帝を満足させる内容の言葉があったのだろうか?

 よく分からないが、このエビチリは美味しそうだ。

 私はとろりとしたソースの絡んだエビの身を口に運ぶ。すると甘辛いソースが口いっぱいに広がり、続いてプリッとしてエビの食感が私を楽しませてくれる。続いてあふれ出たうま味たっぷりのエビの汁と共にエビ自身の持つ甘みがじんわり染みだし、チリソースと一体となってハーモニーを奏で始める。

 おいしい!

 エビチリの美味しさに感動していると、皇帝が話を振ってきた。

「して、聖女殿。この度は我が国へいかなる御用かな?」
「え? あ、はい。ゴールデンサン巫国へ行くつもりなんです」
「なんだと!? それはやめておいたほうがいい」
「え? どういうことですか?」
「うむ。パニックになるのを避けるため、まだ公表はしておらぬのだがな。ゴールデンサン巫国が吸血鬼に乗っ取られているというたしかな情報を得たのだ」
「えっ!?」
「どうやらこの吸血鬼はかなり巧妙なようでな。恐らく女王スイキョウとその周囲の一部の者のみを支配しているようなのだ」
「そ、そんな……」

 まさかバレていただなんて……。

「我が国は被害を避けるため、ゴールデンサン巫国への定期船の運航を停止した。じきに討伐隊を差し向けるゆえ、それが終わるまでは我が国でゆっくり待つのが良かろう。それまで例の種を国中に植えて待っていてはどうかな?」

 皇帝はさもいい提案をしたとでも言いたげなほど満足そうな笑みを浮かべたのだった。
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