勘違いから始まる吸血姫と聖騎士の珍道中

一色孝太郎

文字の大きさ
586 / 625
聖女の旅路

第十三章第13話 ハイディンの奇岩群

しおりを挟む
 それから数日間かけ、私たちは周囲の魔物を解放してあげた。森のかなり奥まで行って魔物たちを解放してあげたのに加え、太守の館に種を植えてあるのでしばらくは魔物の被害に悩まされることはないはずだ。

 それに魔物と瘴気のこともきちんと人々に伝えてもらうように言ってある。これで人々が悪しき欲望を打ち消すほどに人々が光り輝いてくれればいいのだけれど……。

「聖女様、この度はありがとうございました」
「少しでもお役に立てたのなら嬉しいです」

 さて、私たちは今、ハイディンを出発するところで、港でレ・タインさんたちの見送りを受けている。

 だがチャンドラ王子は王様と相談するため、一足早く王都へと出発しているため、この場にはもういない。私たちは途中の町でも魔物を解放してあげなければならないわけだし、こうすることがレッドスカイ帝国に連れていかれた人たちを解放する一番の近道のはずだ。ついでにルーちゃんの妹のこともお願いし、探してくれると約束してくれた。だからきっとこれがベストな選択だと思う。

「聖女様、またどうぞいらしてください。住民一同、歓迎いたします」
「ありがとうございます。機会があればぜひ」

 こうしてレ・タインさんと別れ、私たちは船に乗り込んだ。すると船は帆を広げ、ゆっくりと動き出す。

 港ではレ・タインさんたちが大きく手を振っており、私は彼らに手を振り返す。そうしているうちに港は徐々に遠くなった。きっともうレ・タインさんたちからは私の姿は見えていないはずだ。にもかかわらず、レ・タインさんたちはずっと手を振り続けている。

 それを見ているとなんとなく手を振るのを止めるのも申し訳ない気になり、私は手を振り返し続ける。

 そうしていると港が島に隠れ、見なくなったのでようやく手を振るのを止めることができた。

「ふぅ」

 気が付けば、自然と小さなため息が出ていた。

 いやはや、まさか本当に見えなくなるまでこっちに向かって手を振り続けるとは。

「フィーネ様、お疲れ様でした」
「え? あ、はい」
「彼らはずっと手を振り続けていたのですか?」
「そうなんですよ。まさか見えなくなっても振り続けるなんて」
「それだけフィーネ様に感謝しているのでしょう。難民たちもフィーネ様のおかげで、ハイディンの者たちに多少は協力的になったようですし」
「彼らがもっと仲良くできるといいですね。本当なら元の場所に戻れればいいんでしょうけど……」
「そうですね。グリーンクラウド王が上手く事を進めてくれると良いのですが……」
「はい」

 あのチャンドラ王子の親であればきっとおかしな人ではないと思うけれど……。

 それからつらつらと他愛ない話をしていると、遠くになにやらごつごつとした不思議な形をした岩や島が海面のあちこちから突き出している光景が見えてきた。

「あそこを通るんでしょうか?」
「そのようですね」

 ううん、なんだか難所のような気がするけれど……。

 そんな心配をしていると、船長さんが近づいてきた。

「聖女様、こちらがハイディンの名物、奇岩群でございます」
「奇岩群ですか?」
「はい。奇岩群の周辺はエメラルドグリーンの美しい海と表情豊かな千を超える奇岩が特徴的な海域でございます。言い伝えでは、この奇岩群が誕生したのは数千年前、まだハイディンという地名がなかったころにまで遡るそうです」

 船長さんは不思議な形をしている岩々を指さしながら説明を続ける。

「当時のハイディンはまだ小さな集落だったそうですが、ある日その集落に大量の魔物が押し寄せてきたのだそうです」
「魔物が、ですか」
「はい。しかしそのとき、西の空より現れた龍が魔物を追い払ってくれたのだそうです」
「龍が、ですか?」
「はい。龍の力はすさまじかったそうで、当時は陸地だったこの一帯を吹き飛ばして海に変えてしまったのです」
「へ? 陸地ごと全部吹き飛ばして海にしちゃったんですか?」

 なんだか守り神的な話だと思ったけど、そんなことをしたら集落ごと吹き飛ばされているような気もするのだが……。

「はい。そのときに吹き飛ばされずに残った岩がこれらの奇岩であると伝えられております」
「え、ええと、その集落は無事だったんですか?」
「もちろんです。だからこそハイディンの町にこの伝承が残っているのです」
「そ、そうですか。それはそれは……」

 なんというか、単に暴れていた龍がちょうどいい魔物の群れを見つけて蹂躙していっただけのような気がするのは私だけだろうか?

 そうして話を聞いていると、気が付けば海の色が美しいエメラルドグリーンへと変化した。

「聖女様、あちらは鶏岩と呼ばれている岩でございます」

 船長さんの指さした先には二つの大きな岩が海面から突き出ているが、どのあたりが鶏なのだろうか?

「ええと、鶏ですか?」
「はい。左の鶏が右の鶏にちょうど蹴りを入れているのです」
「え? 蹴り? 鶏がですか?」
「はい」
「ええと……」

 そう言われても鶏には見えないし、蹴りを入れているというのも想像がつかないのだが……。

「あっ!」

 船長さんは突然大きな声を上げ、何やら申し訳なさそうに頭をく。

「え? どうしたんですか?」
「い、いえ。その、実はこれ、闘鶏のシーンでして、その……」
「トウケイ?」
「フィーネ様、闘鶏とは鶏同士を戦わせ、どちらが勝つかを競う賭博のことです」
「あ! 闘鶏ですね。ああ、なるほど。見たことはありませんが言われてみればそう見えなくもないような?」

 一応そうは言ってあげたものの、やはり鶏には見えない。

「は、はい。あ! そうだ! あちらの岩はですね」

 船長さんはそう言って慌てたように次の岩の解説を始めるのだった。

================
 元ネタが気になる方は「闘鳥岩」で検索してみてください。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

異世界に落ちたら若返りました。

アマネ
ファンタジー
榊原 チヨ、87歳。 夫との2人暮らし。 何の変化もないけど、ゆっくりとした心安らぐ時間。 そんな普通の幸せが側にあるような生活を送ってきたのにーーー 気がついたら知らない場所!? しかもなんかやたらと若返ってない!? なんで!? そんなおばあちゃんのお話です。 更新は出来れば毎日したいのですが、物語の時間は割とゆっくり進むかもしれません。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~

北条新九郎
ファンタジー
 三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。  父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。  ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。  彼の職業は………………ただの門番である。  そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。  ブックマーク・評価、宜しくお願いします。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

いきなり異世界って理不尽だ!

みーか
ファンタジー
 三田 陽菜25歳。会社に行こうと家を出たら、足元が消えて、気付けば異世界へ。   自称神様の作った機械のシステムエラーで地球には帰れない。地球の物は何でも魔力と交換できるようにしてもらい、異世界で居心地良く暮らしていきます!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...