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第87話 麻薬の被害
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その後、俺たちはぐったりしたお姉さんを貧民街の外にあるアスタルテ教会の救護施設へと連れて行った。
だがそこはアスタルテ教会の施設にもかかわらず司祭やシスターはおらず、白衣を着た医者っぽい中年男性が一人、ベッドの並んだ部屋の隅で机に向かっていた。
「先生、中毒患者を連れてきたっす」
ダルコさんたちは許可も取らず、空いているベッドにお姉さんを寝かせた。すると医者の男は顔をしかめ、いかにもかったるそうな態度でお姉さんのところへと向かう。
「はいはい。あー、これは多分手遅れだね。じゃ、一応薬は飲ませとくけど、いつもどおりにしておくよ」
「やっぱそうっすか。分かりました。じゃあ、よろしく頼むっす」
「はいはい」
すると医者っぽい男はそのまま机に戻り、書類作業を再開した。
え? これだけ? 医者、なんだよな? こいつ。
「リリス様? 行きますよ?」
「え? あ、はい」
ヴィヴィアーヌさんに言われ、そのまま施設を出たところで俺は疑問をぶつけてみる。
「あの、あれだけなんですか?」
だがヴィヴィアーヌさんは俺が何を意図しているのか理解できない様子だ。
「ええと、どういうことですか?」
「え? ですから、もっとちゃんと治療をしないんですか?」
「え? 治療ですか? 無理に決まってるじゃないですか。一度麻薬の中毒になってしまった人は聖女レティシア様でも治療できないんですよ? どうにかなるのは手遅れじゃない人だけです」
「そ、そう……」
一度麻薬に手を出してしまうと人生が終わるというのは日本でも散々習ったことだが、どうやら魔法があるこの世界でもそれは変わらないらしい。
「じゃあ、あの人はこの後……」
「一応治療薬を飲ませて、ダメなら可哀想だけど……」
ヴィヴィアーヌさんはそう言って首を横に振った。
う……それってつまり……。
「そんな悲しい顔しないでよ、リリスちゃん。それより次だよ次」
レオニーさんはあっけらかんとした様子でそう言ってきた。
そうか。ここではこれが当たり前なのか。そうか。そうか……。
「ほら、リリスちゃん。次に行くところは中毒患者、いないはずだからさ。元気出してよ」
パトリスさんも俺を元気づけようと明るくそう言ってきてくれる。
「……はい。そうですね。がんばります」
こうして俺は次の聞き取り調査に向かうのだった。
◆◇◆
それから二週間ほどこの事件に向き合う日々が続いた。ある日は聞き込み調査や中毒患者の搬送をし、またある日は麻薬を使用していると思われる人を尾行し、そして撮影した映像をくまなくチェックした。
そうしているうちに麻薬の売買が行われる場所の情報を得たため、俺たちは今、夜の貧民街で張り込みを行っている。
夜の貧民街には明かりがまるでなく、不気味なほどに静まり返っている。当然ながら夜の貧民街の治安は昼間と比べてかなり悪く、女性だけでなく男性ですら一人歩きは危険だと聞いている。
だがそんな危険な夜の貧民街で監視している俺たちの目に、ふらりと一人の女性が飛び込んできた。
俺はその女性を撮影し、プレビュー画面を利用してかなり拡大してみる。するとそこには俺が捜査班に加わってから最初に搬送した中毒患者さんの妹の顔がくっきりと映っていた。
そう。なんと彼女もまた、麻薬の常習者だったのだ。
だが俺以外の全員が最初の時点で気付いており、売人の情報を得るために敢えて泳がせていたのだという。
さすが警備隊をしているだけあって鋭い。その可能性に俺はまったく思い至らなかった。
「リリス様、これなら大丈夫そうですね」
ヴィヴィアーヌさんがそう言うとダルコさんは小さく頷き、音もなく移動していった。ダルコさんは別の場所で監視しているウスターシュさんとパトリスさんに映像で本人と確認したことを伝えに行ったのだ。
「それにしても、アルテナ様のお力はすごいですね。こんなに暗いのにまるで間近で見たみたいです」
「でっしょ? アルテナ様はすごいんだから」
ヴィヴィアーヌさんの言葉にレオニーさんは胸を張った。するとヴィヴィアーヌさんは一瞬不思議な表情を浮かべたが、すぐにその理由に思い至ったようだ。
「ああ、そうだったわね。あなた、信徒になったんだったわね」
「そうよ。正しいものを記録してくれるなんて、こんなにありがたい女神さまはないもの」
そう。レオニーさんはなぜかあの駄女神の信徒になってくれたのだ。しかも毎晩、駄女神に祈りを捧げてくれている。
ありがたいといえばありがたいのだろうが、個人的には駄女神っぷりが信徒に伝染しないか不安だったりする。
あ、でも大丈夫か。何せ使徒なんてものをやっている俺ですら無事なんだからな。
と、そんなことを思っていると、フード姿の人影が現れた。
……監視対象の女性よりはだいぶ背が高いようだ。もしかするとこの町の平均と比較しても背が高いほうかもしれない。
そいつが女性の前で立ち止まると、女性は袋を差し出した。袋を受け取ったそいつは袋の中に入っていた硬貨を取り出して確認している。どうやら金額を確かめているのだろう。
それからそいつは袋を懐にしまうと瓶を取り出し、女性に差し出した。
女性はひったくるようにそれを受け取り、そのまま脱兎のごとく走り去っていったのだった。
だがそこはアスタルテ教会の施設にもかかわらず司祭やシスターはおらず、白衣を着た医者っぽい中年男性が一人、ベッドの並んだ部屋の隅で机に向かっていた。
「先生、中毒患者を連れてきたっす」
ダルコさんたちは許可も取らず、空いているベッドにお姉さんを寝かせた。すると医者の男は顔をしかめ、いかにもかったるそうな態度でお姉さんのところへと向かう。
「はいはい。あー、これは多分手遅れだね。じゃ、一応薬は飲ませとくけど、いつもどおりにしておくよ」
「やっぱそうっすか。分かりました。じゃあ、よろしく頼むっす」
「はいはい」
すると医者っぽい男はそのまま机に戻り、書類作業を再開した。
え? これだけ? 医者、なんだよな? こいつ。
「リリス様? 行きますよ?」
「え? あ、はい」
ヴィヴィアーヌさんに言われ、そのまま施設を出たところで俺は疑問をぶつけてみる。
「あの、あれだけなんですか?」
だがヴィヴィアーヌさんは俺が何を意図しているのか理解できない様子だ。
「ええと、どういうことですか?」
「え? ですから、もっとちゃんと治療をしないんですか?」
「え? 治療ですか? 無理に決まってるじゃないですか。一度麻薬の中毒になってしまった人は聖女レティシア様でも治療できないんですよ? どうにかなるのは手遅れじゃない人だけです」
「そ、そう……」
一度麻薬に手を出してしまうと人生が終わるというのは日本でも散々習ったことだが、どうやら魔法があるこの世界でもそれは変わらないらしい。
「じゃあ、あの人はこの後……」
「一応治療薬を飲ませて、ダメなら可哀想だけど……」
ヴィヴィアーヌさんはそう言って首を横に振った。
う……それってつまり……。
「そんな悲しい顔しないでよ、リリスちゃん。それより次だよ次」
レオニーさんはあっけらかんとした様子でそう言ってきた。
そうか。ここではこれが当たり前なのか。そうか。そうか……。
「ほら、リリスちゃん。次に行くところは中毒患者、いないはずだからさ。元気出してよ」
パトリスさんも俺を元気づけようと明るくそう言ってきてくれる。
「……はい。そうですね。がんばります」
こうして俺は次の聞き取り調査に向かうのだった。
◆◇◆
それから二週間ほどこの事件に向き合う日々が続いた。ある日は聞き込み調査や中毒患者の搬送をし、またある日は麻薬を使用していると思われる人を尾行し、そして撮影した映像をくまなくチェックした。
そうしているうちに麻薬の売買が行われる場所の情報を得たため、俺たちは今、夜の貧民街で張り込みを行っている。
夜の貧民街には明かりがまるでなく、不気味なほどに静まり返っている。当然ながら夜の貧民街の治安は昼間と比べてかなり悪く、女性だけでなく男性ですら一人歩きは危険だと聞いている。
だがそんな危険な夜の貧民街で監視している俺たちの目に、ふらりと一人の女性が飛び込んできた。
俺はその女性を撮影し、プレビュー画面を利用してかなり拡大してみる。するとそこには俺が捜査班に加わってから最初に搬送した中毒患者さんの妹の顔がくっきりと映っていた。
そう。なんと彼女もまた、麻薬の常習者だったのだ。
だが俺以外の全員が最初の時点で気付いており、売人の情報を得るために敢えて泳がせていたのだという。
さすが警備隊をしているだけあって鋭い。その可能性に俺はまったく思い至らなかった。
「リリス様、これなら大丈夫そうですね」
ヴィヴィアーヌさんがそう言うとダルコさんは小さく頷き、音もなく移動していった。ダルコさんは別の場所で監視しているウスターシュさんとパトリスさんに映像で本人と確認したことを伝えに行ったのだ。
「それにしても、アルテナ様のお力はすごいですね。こんなに暗いのにまるで間近で見たみたいです」
「でっしょ? アルテナ様はすごいんだから」
ヴィヴィアーヌさんの言葉にレオニーさんは胸を張った。するとヴィヴィアーヌさんは一瞬不思議な表情を浮かべたが、すぐにその理由に思い至ったようだ。
「ああ、そうだったわね。あなた、信徒になったんだったわね」
「そうよ。正しいものを記録してくれるなんて、こんなにありがたい女神さまはないもの」
そう。レオニーさんはなぜかあの駄女神の信徒になってくれたのだ。しかも毎晩、駄女神に祈りを捧げてくれている。
ありがたいといえばありがたいのだろうが、個人的には駄女神っぷりが信徒に伝染しないか不安だったりする。
あ、でも大丈夫か。何せ使徒なんてものをやっている俺ですら無事なんだからな。
と、そんなことを思っていると、フード姿の人影が現れた。
……監視対象の女性よりはだいぶ背が高いようだ。もしかするとこの町の平均と比較しても背が高いほうかもしれない。
そいつが女性の前で立ち止まると、女性は袋を差し出した。袋を受け取ったそいつは袋の中に入っていた硬貨を取り出して確認している。どうやら金額を確かめているのだろう。
それからそいつは袋を懐にしまうと瓶を取り出し、女性に差し出した。
女性はひったくるようにそれを受け取り、そのまま脱兎のごとく走り去っていったのだった。
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