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第57話 高まる緊張
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「ホリー、ありがとう。助かった。恩に着る」
町庁舎に戻った私をオリアナさんがそう労ってくれた。
「私は薬師です。傷ついている人を助けるのは当然のことです」
「だが、我々だけではあれほどまでに素早く治療することはできなかった。どれだけ重症なのかは私も視察したので知っていたし、チャールズからも助からない者がかなり出る見込みだとの報告を受けていたのだ。にもかかわらず、全員無事に退院できたのだ。いくら礼をしても足りないくらいだ」
「……お役に立てて良かったです」
正直ここまでお礼を言われるとは思わなかった。きっとオリアナさんは町の人たちのことを本当に考えているのだろう。
「ああ。本当に助かった。私も人族の中に奇跡と呼ばれる特別な力を使う女性がおり、彼女たちが聖女と呼ばれて崇められているのは知っていたが……」
これまでずっと真剣な表情をしていたオリアナさんだったが、突然ふっと表情を緩めた。
「こんな奇跡を見せられたら、私もホリーのことを崇めたくなってしまうな」
「え?」
「魔族の聖女ホリー、なんてどうだ?」
オリアナさんはまるでいたずらっ子のような笑顔でそう言ってきた。
その様子が今までとあまりにギャップがありすぎて、ちょっと怖いと感じていた印象が一気に吹っ飛んだ。
「やだ。私が聖女なんて名乗ったら、きっとちゃんと修行した聖女の人たちに怒られちゃいますよ」
「ああ、それもそうか」
「そうですよ」
私がクスクスと笑うと、オリアナさんも目を細めた。
なんだ。オリアナさん、やっぱりすごく優しい人じゃないか。
「ああ、そうだ。ホリー」
「なんですか?」
「忙しくて伝えられていなかったが、エルドレッド殿下より伝言だ」
「はい」
そういえばエルドレッド様とは私が病院で治療を始めた日以来会っていない。
「エルドレッド様はな。実は今回の件を受けてすでにキエルナへとお戻りになられた。エルドレッド様はホリーとニールに『最後まで同行できずに申し訳ない』と仰っていた」
「えっ?」
まさかもうボーダーブルクにいなかったなんて!
何も言わずに置いていかれたことはショックだったが、よく考えたら私はずっと病院に通い詰めていたのだ。
「殿下からは、ホリーとニールをキエルナの魔道具研究所まで送るようにと言付かっている。魔動車を出すので、出発する日を教えてほしい」
「わかりました。ありがとうございます」
こうして私たちはキエルナまで送ってもらえることとなったのだった。
◆◇◆
キエルナにある魔王城の一室で、エルドレッドは魔王とその側近たちに事の次第を報告していた。
「なるほど、シェウミリエの連中がゾンビを……。それは確かなのか?」
そう厳しい表情でエルドレッドに質問した男こそがエルドレッドの父親である魔王ライオネルだ。
「はい。状況証拠ではありますが、オリアナ町長が実際にシェウミリエの兵士が魔道具を持ち運んでいる現場を押さえています」
「……」
「それから、こちらの地図をご覧ください」
「これは……」
「魔道具が設置されていた場所に印をつけてあります」
「……見事に道よりもシェウミリエの側だな」
「はい。この領域は人族との衝突を避けるために地元の魔族が滅多に立ち入らないのだそうです」
「……普段はゾンビのあまり発生しないボーダーブルクで起きた魔道具による人為的なゾンビの発生、そしてその魔道具は文献に無く、魔族領のどの研究所でも研究すらされたことがない。そんな魔道具をシェウミリエの連中が持って侵入してきた、と」
「はい」
居並ぶ側近たちも厳しい表情をしている。
「エルドレッドよ。お前ならどう対応する?」
「……そうですね。状況証拠から考えると黒で間違いなさそうですが、魔道具は山中で拾ったと言い訳をされる可能性があります。我々は専守防衛を貫いて参りましたから、ひとまずはシェウミリエ帝国に対して領土侵犯への抗議までで留めるべきです。幸いなことに、今回のゾンビ事件で魔族に死者は出ていませんし」
「死者が出ていない? ボーダーブルクの薬師が手の施しようがないと匙を投げた者がいるそうだが?」
「いえ、大丈夫なはずです。ホワイトホルンに住む奇跡の使い手の少女を残して参りました」
その言葉に会議室がざわついた。
「……魔族に奇跡は使えない。難民の中に聖女がいたというのか?」
「いえ、彼女はホワイトホルンで育ったのだそうです。本人はホワイトホルンに帰ることを希望していますので、治療が終わり次第そのようにと手配してあります」
「……そうか」
魔王は何かを考えるような素振りをしたが、すぐに話題を戻した。
「まあ良い。お前たちはエルドレッドの意見についてどう考える? 宰相、どうだ?」
「そうですな。ゾンビの被害がシェウミリエ帝国の仕業と知られている以上、抗議だけでは終われないでしょう。他の町にも影響が及びますし、抗議だけではなく謝罪と首謀者の引き渡しを求めるべきです」
「ですがそれをすれば……」
「戦争になるでしょうな」
「ならば!」
「エルドレッド殿下、我々はすでに攻撃をされたのです。ゾンビを撒くなど、生きとし生けるものすべての敵です。本来であれば連中に死を与えてやるところですが、幸いなことに死者が出ていないとのこと」
「死者が出ていないのであればなおのこと、平和的に解決する道があるのではないか?」
「だからまずは抗議文を送るのですよ。どのみち、連中はこちらの自作自演だと言ってくるに決まっておりますがね」
「……」
「エルドレッド殿下、お優しいのはあなたの美徳です。ですが、お優しいだけでは同胞を守ることはできないのですよ」
エルドレッドは悔しそうに唇を噛み、俯いた。
「宰相、もう良い。エルドレッドも宰相も、共に抗議をするという対応では一致している。異論のある者はいるか?」
魔王の問いかけに誰もが首を横に振った。
「では抗議文を送るとしよう。宰相、文言は任せたぞ」
「ははっ」
町庁舎に戻った私をオリアナさんがそう労ってくれた。
「私は薬師です。傷ついている人を助けるのは当然のことです」
「だが、我々だけではあれほどまでに素早く治療することはできなかった。どれだけ重症なのかは私も視察したので知っていたし、チャールズからも助からない者がかなり出る見込みだとの報告を受けていたのだ。にもかかわらず、全員無事に退院できたのだ。いくら礼をしても足りないくらいだ」
「……お役に立てて良かったです」
正直ここまでお礼を言われるとは思わなかった。きっとオリアナさんは町の人たちのことを本当に考えているのだろう。
「ああ。本当に助かった。私も人族の中に奇跡と呼ばれる特別な力を使う女性がおり、彼女たちが聖女と呼ばれて崇められているのは知っていたが……」
これまでずっと真剣な表情をしていたオリアナさんだったが、突然ふっと表情を緩めた。
「こんな奇跡を見せられたら、私もホリーのことを崇めたくなってしまうな」
「え?」
「魔族の聖女ホリー、なんてどうだ?」
オリアナさんはまるでいたずらっ子のような笑顔でそう言ってきた。
その様子が今までとあまりにギャップがありすぎて、ちょっと怖いと感じていた印象が一気に吹っ飛んだ。
「やだ。私が聖女なんて名乗ったら、きっとちゃんと修行した聖女の人たちに怒られちゃいますよ」
「ああ、それもそうか」
「そうですよ」
私がクスクスと笑うと、オリアナさんも目を細めた。
なんだ。オリアナさん、やっぱりすごく優しい人じゃないか。
「ああ、そうだ。ホリー」
「なんですか?」
「忙しくて伝えられていなかったが、エルドレッド殿下より伝言だ」
「はい」
そういえばエルドレッド様とは私が病院で治療を始めた日以来会っていない。
「エルドレッド様はな。実は今回の件を受けてすでにキエルナへとお戻りになられた。エルドレッド様はホリーとニールに『最後まで同行できずに申し訳ない』と仰っていた」
「えっ?」
まさかもうボーダーブルクにいなかったなんて!
何も言わずに置いていかれたことはショックだったが、よく考えたら私はずっと病院に通い詰めていたのだ。
「殿下からは、ホリーとニールをキエルナの魔道具研究所まで送るようにと言付かっている。魔動車を出すので、出発する日を教えてほしい」
「わかりました。ありがとうございます」
こうして私たちはキエルナまで送ってもらえることとなったのだった。
◆◇◆
キエルナにある魔王城の一室で、エルドレッドは魔王とその側近たちに事の次第を報告していた。
「なるほど、シェウミリエの連中がゾンビを……。それは確かなのか?」
そう厳しい表情でエルドレッドに質問した男こそがエルドレッドの父親である魔王ライオネルだ。
「はい。状況証拠ではありますが、オリアナ町長が実際にシェウミリエの兵士が魔道具を持ち運んでいる現場を押さえています」
「……」
「それから、こちらの地図をご覧ください」
「これは……」
「魔道具が設置されていた場所に印をつけてあります」
「……見事に道よりもシェウミリエの側だな」
「はい。この領域は人族との衝突を避けるために地元の魔族が滅多に立ち入らないのだそうです」
「……普段はゾンビのあまり発生しないボーダーブルクで起きた魔道具による人為的なゾンビの発生、そしてその魔道具は文献に無く、魔族領のどの研究所でも研究すらされたことがない。そんな魔道具をシェウミリエの連中が持って侵入してきた、と」
「はい」
居並ぶ側近たちも厳しい表情をしている。
「エルドレッドよ。お前ならどう対応する?」
「……そうですね。状況証拠から考えると黒で間違いなさそうですが、魔道具は山中で拾ったと言い訳をされる可能性があります。我々は専守防衛を貫いて参りましたから、ひとまずはシェウミリエ帝国に対して領土侵犯への抗議までで留めるべきです。幸いなことに、今回のゾンビ事件で魔族に死者は出ていませんし」
「死者が出ていない? ボーダーブルクの薬師が手の施しようがないと匙を投げた者がいるそうだが?」
「いえ、大丈夫なはずです。ホワイトホルンに住む奇跡の使い手の少女を残して参りました」
その言葉に会議室がざわついた。
「……魔族に奇跡は使えない。難民の中に聖女がいたというのか?」
「いえ、彼女はホワイトホルンで育ったのだそうです。本人はホワイトホルンに帰ることを希望していますので、治療が終わり次第そのようにと手配してあります」
「……そうか」
魔王は何かを考えるような素振りをしたが、すぐに話題を戻した。
「まあ良い。お前たちはエルドレッドの意見についてどう考える? 宰相、どうだ?」
「そうですな。ゾンビの被害がシェウミリエ帝国の仕業と知られている以上、抗議だけでは終われないでしょう。他の町にも影響が及びますし、抗議だけではなく謝罪と首謀者の引き渡しを求めるべきです」
「ですがそれをすれば……」
「戦争になるでしょうな」
「ならば!」
「エルドレッド殿下、我々はすでに攻撃をされたのです。ゾンビを撒くなど、生きとし生けるものすべての敵です。本来であれば連中に死を与えてやるところですが、幸いなことに死者が出ていないとのこと」
「死者が出ていないのであればなおのこと、平和的に解決する道があるのではないか?」
「だからまずは抗議文を送るのですよ。どのみち、連中はこちらの自作自演だと言ってくるに決まっておりますがね」
「……」
「エルドレッド殿下、お優しいのはあなたの美徳です。ですが、お優しいだけでは同胞を守ることはできないのですよ」
エルドレッドは悔しそうに唇を噛み、俯いた。
「宰相、もう良い。エルドレッドも宰相も、共に抗議をするという対応では一致している。異論のある者はいるか?」
魔王の問いかけに誰もが首を横に振った。
「では抗議文を送るとしよう。宰相、文言は任せたぞ」
「ははっ」
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